第6話 婚約者激変?せまる危機 1
「叔父さん、わたし夢みたい」
「ソフィアは変わっているね。こんなことに興味をもつ女の子はあまりいないよ」
「わたしそんなに変かしら?」
「そんなことはない。ソフィアは見た目がフレデリック兄さんだけれど、好奇心旺盛なところはお祖父様に似ているのかもしれないな」
「お祖父様?!光栄だわ、お祖父様はお元気かしら」
ソフィアは、店での打ち合わせの後、叔父と新しい事業の見学をすることになった。
叔父は、今まで農業関係で仕事をしていたが、すべて事業は売却してしまった。
これからやることは、服飾関係の仕事だという。農業関係で学んだ食の知識を活かして、今度は異業種で力を拡大して、ゆくゆくは服と食が融合したものをつくり出したいという。
ソフィアたちは、衣服をつくる工場に視察にきた。たくさんの女性達が働いている工場。身寄りのないものや、子どもをかかえた若い女性が多い。
品質がいいが経営手腕がともなわない、高齢の工場長から引き継いだという工場。そこは古い建物だが、設備はしっかりしていた。
ここで作った服を、商人などの中流層へ売るという。そこは、ソフィアにとって興味が尽きない場所であった。
同じ製品を、次々に作り上げていく。それはまるで職人芸である。女性たちであっても、手に職をもち、素早く、そして質の高い製品を作り上げる。
出来上がった製品を何度か試着してみたが、オーダーメイド品とそう変わらない服。布の頑丈さを考えたら、安くて丈夫であり、それなりのデザイン。
服を手に取りやすい値段で楽しめる、それは女子の夢だ。
「あのご婦人のお仕事は、素晴らしいわ。あの方、お仕事はどれくらいしているの?叔父様」
「彼女は工場の古株で、布の裁断から縫製までほぼどんな工程もこなすことができる。責任者の役割を担っているよ」
「もう高齢であるのに、仕事のはやさは誰より正確で素早い」
職人というと、男性が主だったものとこの世界では考えられる。だが衣服関係の縫製は女性達も熟練の職人のような技術をもっている。
率先して、女性を雇いたいと思っていると叔父はいう。
「ここで作るお洋服と、オーダーメイドで作る服。それぞれのよさを活かして作れると楽しそう」
「そうだね。服の形や用途によってもどちらの方法がいいかは違ってくるだろう。まだまだやりがいがありそうだ。その前に経営を健全化させないことにはね」
そうして二人はあれこれ話をしながら、工場をあとにした。そして叔父はこのまま他の店との打ち合わせがあるというので、そこで別れることにした。
叔父が手配してくれた馬車に乗り、自宅まで戻ることになるソフィア。だが、家に帰ると明らかに貴族のものだろう馬車が自宅前に止まっていた。
「誰かしら?約束なんてしていないのに」
これからソフィアは夕飯の用意をしなければならない。夕飯が終わったら、夜には今日みた服からいろいろ使いたいアイディアをまとめたかった。
製作意欲が尽きない。もしかしたら、母が知り合いの貴族に送ってきてもらったのかもしれない。それならば、すぐ家の前からいなくなることが多いのだが。
ソフィアは馬車から降りて、門を開けようとした。すると背後から気配を感じた。背後に感じる視線。背筋に冷や汗をかいた。思わずびくっとその場から離れた。
「誰?!」
「ソフィア、待っていたよ」
「オスカー様……」
そう、数日前すれ違った元・婚約者がいた。こんな夕刻に尋ねてくるなんて何のようだろう。オスカーは相変わらず美形であるが、影が薄い。無気力であるのか、目に力がないのだ。
しかし、今日のオスカーは目には力がある。感じる視線の温度は冷たい。ソフィアは怖かった。
「もう、私たち会うべきではないと思うの。会う理由もないでしょう?オスカーのお母様も嫌がられるわ」
「お母様か……、ソフィアは人が悪い。わたしが…‥俺が母親という言葉を出せば引くと思っているのだろう?」
「オスカー様?」
オスカーの声色が変わった。
自分のことをいつもは物腰柔らかく、『わたし』と呼ぶのだが、今は『俺』と言わなかっただろうか?力のない柔らかな口調が、いつもよりも乱暴にも聞こえた。
ますますオスカーの変化に、ソフィアは怖くなる。
「俺は、婚約破棄について聞いていない。母が勝手に決めてしまったんだ。俺が、地方へ視察に行っている隙を狙ってね。返答を濁していたから」
「なぜ?わたしはもう貴族ではないのだし。もともと身分は、釣り合わない婚約でしょう?オスカーのお母様は、その点を気にされていたのだし当たり前の結果でしょう」
「ソフィアと俺の祖父同士の約束だ。親同士の約束で結婚を決めたわけではない。祖父に直談判してきたが、なぜか俺が承諾したという話になっていた」
「男爵と、侯爵。それでも釣り合いがとれないのに、平民と侯爵では考えられないことです。オスカーが拒否しても、世間はどう思われるでしょうか」
「結婚は、ソフィアと俺で決めればいい」
「ご冗談を。二人できめたことなんて、一つもありはしなかったではないですか」
ソフィアはいつもオスカーが自分の意見を言わないことを知っていた。幼いころ、オスカーは可愛いらしく、まるで天使のような美貌であった。
だが、その容姿のせいで、いじめられることもあった。それに泣き虫でもあったのだ。そんなオスカーと一緒に遊び、友人としての時間はそれなりに過ごした。
だがあることをきっかけに、オスカーは母親のいいなりになってしまった。
自分を主張をしない。自分の意見を口にしない。
ただの人形のように、親に都合のいい子になった。
「では、ソフィアはもう俺のことをいらないってことなのだな」
「ちょっと……オスカー様。そういう話をしてはいません。わたしたちそんなことを思うほど、お互いに気持ちがありましたか?」
「思い?それなら一つだけだ。ソフィアを離さない。だから自分は人形になってやったんだから親の」
無表情のオスカーの表情がゆがむ。
だが、それも一瞬。表情は冷たく、だが鋭利な笑顔に変わる。
こんな表情をしたオスカーをみたことがないソフィアは先行きが不安になってきた。
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