第5話 図書委員
「それでは委員会を始めます」
放課後。新年度初めての委員会。
図書室の大きなテーブルに三学年の生徒が集まり、進行をする司書の先生に目を向けていた。
僕は一年に引き続き図書委員に入ったけれど、この図書室の独特なにおいというか雰囲気というか、それがとても好きで落ち着く。
図書室では静かにしなければいけない。
そんな、どの学校でも当たり前な決まり事のおかげか、この部屋とそれ以外の校舎の場所とでは同じ空間とは思えない、まるで図書室が校舎から切り離された孤立した場所に思えて。
ぼっちにはぴったりな場所だと感じていた。
とはいえ……図書室の雰囲気に似合う人が図書委員に選ばれているとは限らないのである。
図書委員って、本が好きな人が集まるんでしょ?
そんな誤解をする人が多いかもしれないが、実はそうでもない。
まあ、いるにはいるんだろうけれど、たいてい、委員会の仕事がめんどくさい人が集まるのだ。
かくいう僕もそうで、図書委員って、当番をすることが週に二回くらいくらいしかないし、みんなで集まって何かに取り組むことがほとんどない。
学級委員と比べれば、労働力や人間関係のコストパフォーマンスがかなり良い。みんな大好きでしょ? コスパ。
実際、今ここにいる人たちも先生に目は向けているものの、話を聞いているのか分からないようなぼーっとしている人が多い。
てか、ウトウトしてるやつまでいるしな。
「早速ですが、委員長に立候補したい方いますか?」
はい、と挙手をする三年生を横目で確認した後、なんとなく左隣に座る綾瀬を見やれば、彼女は真剣に話を聞いているようだった。
始まってから特に動きはないな……。
なんてスパイみたいなことを思っていると、不意に右隣から圧を感じる。
「せんぱい、委員長になった人、真面目そうですね?」
ふわっと甘い香りが漂う。
耳元で囁く彼女――南咲良は、口元を隠すように添えていた手を胸元に下げた。
制服の下に着た淡いピンクのセーターが袖から見え、そこから指先がちらりと現れる。
ニヤニヤする南に思わずのけ反るも、
「なに」
と左隣の綾瀬に小さな声で言われ、すぐさま姿勢正しく椅子に座りなおした。
背中に冷や汗が流れる。
おいおい、南があざといのは分かってるけど、綾瀬さんの本性急に来ちゃったよ。「なに」だけで恐怖で震え上がっちゃうところだったよ。
小声なのに耳に突き刺さるんですけど。
やっぱ綾瀬との委員会は大丈夫じゃないかもしれない。
「ぷふっ、せんぱいの顔エモっ」
は? なにもエモくねんだけど。僕怖がってるんですけど。
あるよね、エモいとか言っとけばいいみたいな風潮。
あまりエモいって言うなよ、バカに見えるぞ。
クスクス笑う南にぶつけたい気持ちをグッと堪え、委員長に選ばれた三年生に顔を向けなおす。
……はあ。
見ての通り、南も図書委員だった。
どういうことだよ……。
図書室に入ってくる南を見たときには、それだけで疲労感が襲ってきた僕だったが、右に座ってきたときには失神するかと思った。
席は自由だと言ってたけどさ……。一緒に入室してきたクラスメイトの子とか寂しそうだぜ?
僕は綾瀬と南に挟まれ、すごく居心地が悪い。
ああ、あんなにぼっちに相応しいはずだった図書委員が早くも懐かしいな……。
「それでは例年通り、図書当番はクラスごとで、ローテーションしながらやっていきます。最初は三年A組からで、一年生が当番の時は私が付くので――」
きっとこの先も絡んでくる南と、一緒に活動をせざるを得ない綾瀬とのこれからを思い、僕は胸が苦しくなるのだった。
なんなら息も苦しいです。
はい。
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基本仕事の確認が主だったため委員会はすぐに終わり、僕は早足で校舎を出る。
終わった後、南が僕を何かに誘ってきそうな気配を感じたのでソッコーで昇降口に向かった次第だ。
委員会のことは考えないようにしようと、夕焼け空を眺めながら歩いていると。
「あら、お兄さん、こんばんは」
「あ……こんばんは、おばあちゃん」
いろいろ詰め込まれた買い物袋を持った、おばあちゃんに会った。
「学校の帰りですか?」
「そうですね……」
このおばあちゃんとは、去年の春、僕が高校に入学する直前の春休みに知り合った。
知り合ったとはいっても、今のように買い物袋を提げたおばちゃんが転んだのを見かけ、散らばった食材を拾うのを手伝っただけなんだけど。
あれ以来、たまに見かけるたびに挨拶を交わすくらいの関係になっていた。
名前は知る由もないので、おばあちゃんと呼んでいる。
「その袋、持ちましょうか?」
「いいんだよ、気持ちだけいただきます」
「あ、はい」
「それよりも、お兄さん陽木の高校生かい?」
「あ、そうです」
「うちの孫も同じ高校だねえ」
「へえーそうなんですね」
「とてもいい子でね、ぜひ仲良くしてね」
「あ~……はい」
微笑むおばあちゃんに、僕は曖昧な返事をした。
「そろそろ行かないとね。それじゃあね」
「はい、また」
言っておばあちゃんはゆっくりと歩き出す。
仲良くか……。
申し訳ないけど、僕には聞けない頼みだな。
そもそも名前も知らないし、僕はひとりで生きるのだから。
僕はすーっと伸びている自分の影を見てから、帰路についた。
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