ヨシエさん、うるさいです~小さいおばさんのいる生活~
宇部 松清
第0話 みくちゃん、振られる
「みくちゃん、僕と結婚してください」
待ちに待っていたこの言葉を、私は、何だか映画でも見ているかのようにというのか、とても冷静に聞いていた。
プロポーズの相手、コウちゃんとは、3年半ほど付き合っている。いや、そのうちの約半年は距離を置いてたから、そこはノーカンか。結婚の話はかなりはやい段階で持ち上がったけど、コウちゃんはなかなかプロポーズしてくれなかった。
いまならわかる。完全に私に問題があったからだ。
「みくちゃんさ、無駄が多くない?」
「何が?」
「何ていうか、少し節約とかさぁ。料理苦手なのは知ってるけど、いまはほら、混ぜるだけとかそういうのもあるじゃん。全部お惣菜だと食費オーバーだよ」
「だけど、私も忙しいし……」
「忙しいって、みくちゃん、フリーターでしょ。言っちゃ悪いけど、僕より時間はあるはずだよ」
「何、女だから、家事は全部私がやれってこと? あーやだやだ、時代錯誤も甚だしいわぁ」
「そんな! 僕はただ……」
「ただ? 何よ、そんなにその混ぜるだけのやつが食べたいなら、コウちゃんが作れば良いじゃん。私は
と、そんな喧嘩がきっかけで、コウちゃんは部屋を出て行った。
ここはコウちゃんと家賃とか光熱費を半分こしている部屋だ。だから私だって、フリーターだけど、ちゃんと稼いで支払っている。コウちゃんはしばらく弟のところに住むと言って、それでも月末になれば約束の半額分を私がバイトに行っている間にテーブルの上に置いておいてくれた。
ま、お金を置いてってくれるということは、そのうち帰ってくるでしょ、なんて、クズ丸出しな思考で、何の焦りもなく過ごしていた時。
「みくちゃん、何にも変わらないんだね。僕はもうほとほと呆れはてたよ。もう駄目だ、別れよう、僕達」
「は?」
コウちゃんが出て行って2ヶ月目のことだった。
「すぐに出て行ってっていうのは可哀想だから、あと4ヶ月待つよ。その分の家賃と光熱費は払うけど、その後はもう知らない。さっさと解約するから」
そんな。
たった4ヶ月で新しい部屋探さないといけないわけ? しかもあれじゃん、一人で払うってなったら、風呂とトイレ一緒になってたりするやつじゃん。生活の質、下がるんですけど。
やっぱり私はクズ丸出しで。
コウちゃんが、残ってた荷物をてきぱきとまとめて再び出て行ったのが21時半のこと。
専業主婦オーケー(パート可)って言ってくれていた優良物件に見放され、しばし絶望に打ちのめされていた私は――、
「とりあえずお腹空いたし、24マートでお菓子と惣菜買ってこよ。あと、ビールだな」
と、鍵と財布とスマホを持って部屋を出た。
ヨシエさんと出会ったのはそんな時だった。
これは私が、謎の小さなおばさんと出会い、彼女を観察しながら「ああはなるまい」と自身を奮い立たせ、そして、再び彼を振り向かせた、という話なのだが、その奮い立たせた部分と振り向かせた部分はちょっと割愛させていただく予定だ。
それよりも、この、『ヨシエさん』という奇妙な生き物との生活をご覧いただきたい。
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