エトワル



「はぁ……」



 オレは溜息一つついて、ヴァロッテ達3人に向き直る。


 杖を突きつけたまま、ヴァロッテはにやりと口の端を上げた。自信満々って顔。



 そんなにすごい杖なんだろうか。


 杖は黒板指し用のスティックになんとなく似ているなって思った。


 長さはそれを収納したときと同じぐらいだ。



「やる気になったようだな、エカルテ・シルフィード。それでこそ俺のライバルだ」



 芝居がかった口調でヴァロッテは両手を広げる。


 11歳とは言え、体はかなり大きいし結構様になってる。


 っていやいや。いつライバルになったのさ。



「やんない」



「え?」



 両手を広げたポーズのまま、ヴァロッテが固まる。



「やんないよ。先生に怒られるし。人に魔術使っちゃいけないって、きつく言われてるでしょ?」



「なんだ、びびったのか? 臆病者め」



「エカルテのやつ、びびってやがる」「うん。ヴァロッテ君強いもん」



 アルノーとサディの追従を聞きながら、ヴァロッテは満足そうにうなずいて、挑発的な目をオレに向ける。


 男の子同士ならここでかっとなるところなのかなあ、なんて思いつつ、私はますます脱力したい思いに駆られる。はあ。



「そうだよ。びびってるよ。だって先生に怒られたくないし。私達1回怒られてるんだし、ヴァロッテだって次は無いって言われてる。今からでも考え直したら?」



「いや本当にびびってるとかいうなよ。相手しろよ!」



「いやだ」



「ばれないからさ」



「いーやーだー」



「な? ちょっとでいいから」



「やーだー」



「困るんだよ! お前が相手してくれないと」



「困る?」



 さっきまでの自信たっぷりな表情はどこへやら。両手を合わせて、懇願するような顔でオレに近づいてくる。



「お兄ちゃんの杖、こっそり持ち出してきたんだよ。ばれるとやべえんだよ。次回はないんだよ。頼むから! な!」



「知らないよ。私に付き合う義理なんてないし。ちゃんと杖は返しときなね」



 ふいと顔を反らし、歩き始めた。


 これ以上相手してらんないし。



「おい、待てよ。待てったら!」



 追いすがる声が背中越しに聞こえていた。


 後ろから撃たれるかな、とか警戒はしていたけれど、結局その気配も感じることはなかった。


 ほっと一安心。


 と思ったら、また後ろから違う声。




「エカルテ・シルフィード! 待ちなさい!」



 今日はよくフルネームで呼ばれる日だ。



「今度は何」



 溜息混じりに振り返り直す。早く前に進ませてよ。


 ヴァロッテたちを押しのけて、ずんずんと肩を怒らせて歩いてくるお嬢様。


 あっという間にオレに追いついて、両肩をがしりと掴まれた。



「話があるの」



「は、はあ?」



「おい、シュシュ! エカルテは俺と先に勝負するんだぞ!」



「黙りなさい! 魔術をエカルテ・シルフィードに使用させるかと期待してのぞき見ていれば、相手にすらされない。まったく期待はずれですわ!」



「うぐっ……」



 ヴァロッテを睨み、一喝。凄まじい声量に彼は一歩後ずさった。


 昔からずいぶん気が強かったけれど、ここまでとは。


 オレ、なにかしたっけ。エカルテとしては一切接点がないはずなのに。



「シュシュさん、覗いてたの? なんで?」



 オレが問うとシュシュは「あっ」と口元を手で隠す。そのままもごもごと「そんなこと言っていませんわ」と頬をさっと染める。



「いや、もう遅いし。ばっちり聞いちゃったし」



「そんなことはどうでもいいんですの! ずっと見張ってきたけど、あなた全くボロを出さないしもう我慢の限界なのよ! まどろっこしいのよ! 聞いちゃったほうが早いに決まってるわ!」



「あ、また見張ってたって言った。ボロ? 私なにかしたっけ?」



「あっ」



 再び口をふさぐも、何もかも遅い気がする。



「エカルテ、なんかもてもてだねえ」



 シエルがのんびり言うのは、全力で否定したい。


 なんなんだ今日は。



「お前ら、俺を、無視するな!」



 何かがはち切れたような声に、オレとシュシュ、それに皆が顔を向ける。


 ヴァロッテが杖をオレ達に向け、魔術を行使している。


 それは杖の力なのか。以前見た彼の火球よりも遥かに巨大なものが既に生成されている。



「え。あ。なんだこれ。制御できない!」



「ヴァロッテ!?」



「ちょっとあなた! よしなさいよ!」



 オレとシュシュの叫び声虚しく、彼自身も泣きそうな顔をして悲鳴を上げている。「違うんだ、とまらないんだよ!」



 ますます火球は大きくなって、大人一人分くらいの大きさに成長している。


「う、うわあああ!」



 ヴァロッテの絶叫と同時、火球が放たれた。まっすぐオレとシュシュ目掛けて飛んでくる。



「シュシュ!」



 オレはとっさにシュシュの前にでた。


 考える暇なんて、無かった。「アンスール・イス」



 同程度の水の玉を作り上げ、火球にぶつける。


 お互いの属性を食い合い、相殺されぱちんと小さな音を立てて、かき消えた。



「ふう。間に合ってよかった。シュシュ、大丈夫? 怪我してない?」



 つい、とっさに背中を押してしまった。


 彼女は地面にへたりこんだまま、オレをきょとんと見上げている。


 うう。怒られないと良いけど。



「エト、ワル?」



 その手を、ぼんやりとした表情で握って、彼女は呟く。


 懐かしい、その名前を。



「え?」



「もしかして、あなた――」



 おずおずと手を握り、彼女は立ち上がる。


 まじまじとオレの顔を見つめて、大きく目をしばたかせた。


彼女はもう一度つぶやいた。



「エトワル……?」

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