入学した



 合格の知らせは嬉しかった。狙っていた通り、特別生に選ばれたことに安堵する。


 実技では足元に防御魔法陣の書かれた”かかし”に魔術を放つテストがあったのだけれど、威力を高めすぎて陣ごと破壊してしまったのだ。


 陣がどの程度の防御能力を持つのか把握できていなかったし、威力調整の出来ないやつと思われたに違いないから、不安だった。



 だから、特別生の通知が来たときは本当にほっとした。



 学費のことで家に迷惑をかけたくはない。


 それに特別生で居続けることはオレにとって重要なことだ。


 優秀な生徒程高等な魔術書にアクセスしやすいのではないか。そういう打算もある。



 魔術学校は、王国一どころか大陸随一の蔵書量を誇る、広大な図書館を有すると聞く。


 そこならばオレを男に戻すためのヒントも見つけられるかも知れない。


 それが魔術学校へ通うオレの当初の目的だった。


 はずだった。



 男に戻る方法を見つけた時どうするのか。


 今は考えないでいたかったし、何より物事を深く考える暇もない慌ただしさというのがありがたかった。


 入学の準備で忙しかったのだ。



 なにせ全寮制の学校だ。


 行けば次の長期休暇まではしばらく村には戻れない。


 手続きもそうだし、荷物の準備でも大わらわだったのだ。



 服は、少し悩んで男物と女性物両方をカバンに詰めることに決めた。


 我ながら優柔不断だと思う。




 そんな慌ただしさの中、季節は過ぎていく。


 夏も終わりかけたマドモの月。秋のはじめ。


 ひどくあっさりと、オレ達が村を旅立つ日はやって来る。




 出発当日。


 まだ日も登りきっていない早朝。


 オレはグランの家の前に集まっていた。


 フラック領から今年入学するのは、オレ達3人だけのようだ。


 広い庭に居るのもグランとフリックと、年老いたメイド。それに俺たちの家族だけだった。


 天蓋のついた割と高そうな馬車が横付けされているのを見て、どぎまぎした 馬車で行くんだよね。トラウマなのだ。


 グランが用意してくれたのだという。感謝すべき事なのは、わかっているのだけれども。




「じゃ、ガキども。適当に頑張ってこい」



 リンバはあっさりと言った。



「リンバ、お前、もうちょっと言うことあるだろう。暫く会えないのだぞ」



 グランが嗜めるようにリンバを見上げた。その目はすでに赤く充血している。



「いや別に今生の別れってわけでもねえし。苦手なんだよ、こういうのよ」



 リンバが頭を掻きながら苦笑いを浮かべると、グランが溜息混じりに笑った。「やれやれ。お前はそういうやつだよ」



 グランは表情を整えると、オレ達に微笑みかけ、良く通るバリトンの声で言った。



「君たちは村の誇りだ。私達はいつでも君たちを思っているよ。フリックも、その。なんだ……元気でやりなさい」



「はい、お父様!」


「はい」


「……」あ。シエルは立ったまま寝てる。朝早いからね。



「ソレイユ、君からは?」



 グランが促す。



「頑張ってこい!」



 ソレイユも、まるでお使いを頼むような気楽さだ。まったく、この夫婦は。


 片手を上げてにっこりしたあと、ソレイユは腰をかがめてオレの耳元で囁いた。



「アレ来たら、シエルに相談しな。言いづらいなら保健医でもいいし。最初はびびるかもしんないけど、冷静にね。


 それとさ、シエルのことも守ってやってくれると嬉しい。あの子、あんたのこと本当に好きだからさ」



「……うん」



 オレにはまだ、生理は来ていない。


 でも近いうち、たぶん来るってソレイユは言っていた。


 ……嫌だなあ。



「? どうしたの? エカルテ。変な顔して」



「な、なんでもないよっ!」



 フリックが怪訝そうにオレの顔を見ていて、慌ててソレイユから体を離した。


 恥ずかしい、って。思っていた。


 そんな気持ちで心がいっぱいで、自分のことで一杯で。


 ソレイユの後半の言葉の意味を深く考えることはしなかった。



「はっ! おはようございまふ」



「はい、おはようシエル。行ってらっしゃい」



 ソレイユがにっこりとシエルの頭を撫でる。


 別れにあたって、このマイペースっぷり。シエルはオレなんかよりよっぽど強いのだ。



 行ってきます。


 そう言って、オレ達は馬車に乗り込んだ。


 流れていく景色をいつまでも眺めていた。





 王立魔術学校は、直轄領であり王都でもある魔術都市ソオにある。


 王都北東部一帯を、広大な学校の敷地がまるまる占めている。学舎だけでなく職員と生徒の寮、魔術・魔道具の研究施設。さらには商店街なんてものまである。まるきり一つの街なのだ。



 到着直後はその熱気に圧倒されたのを覚えている。


 人間もいれば、一部に動物の特徴を持つ亜人もいるし、猫や犬やトカゲが二足歩行しているようにしか見えない獣人もいる。



 ありとあらゆる人種がそこには居て、王宮と村しか知らなかったオレにとって、衝撃的な光景だった。


 だけど、魔族はついに見なかった。


 それがどういう事を意味するのか、この時にオレは少し考えるべきだったのだ。



 入学式が終わり、引率の教師のもとクラスへと移動する。


 クラスは四つ。成績順に、『プリンシバル』『プルミエ』『スジェ』『コリフェ』と言う名前がつけられている。



 が。


 ややこしいので、オレは内心でA~Dクラスと呼ぶことに決めた。


 オレとシエルのクラスはAクラス。フリックはBクラスとなった。



「――良いですね。特別生として恥じない行動を期待します」



 オレ達の担任は40代に見える、カドリーという名の女性教師だ。


 目が釣り上がり、教鞭を勢いよく振るその姿は、とても厳しそうに見える。


 これから大変そうだなあなんて思った。



 カドリーの口から今後のカリキュラムの説明が淡々と行われ、最後に各自の自己紹介をするようにと指示がある。



 うわっ。皆の前で自己紹介なんてするんだ。


 なんて言おう。とにかく無難が一番だよね?


 順番が来るのを、オレは自席でどきどきしながら待っていた。



「シュシュ・オー・バーデンよ。よろしく」



 一人の少女がまるで演説するかのように堂々と自己紹介しいた。


 オレははっとして体ごとそちらに向けた。


 隣の生徒がとても不審そうにオレを見たけど、それどころではなかった。


 バーデン。



 間違いなく、バーデンと言った。


 オレは彼女の顔を、不躾になんども見直した。


 見覚えのある顔だった。



 腰まで伸びた、手入れの行き届いたプラチナブロンドの髪。衣服こそオレ達と同じ制服だが、髪飾りには大きな真っ赤なルビーが輝いている。それにあのきつい目元。


 間違いなく、バーデン公爵の三女であり、オレの従姉妹、シュシュその人だった。

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