第3話 銀髪赤目のアルビノみたいな
噂をすればなんとやら、ではないけれど。
サークル活動の後、私は図らずも若林くんと二人きりになっていた。
サークルの後は、皆で夕食を食べに行ったり、たまに飲み会をするのがお決まりになっている。
一年生は先輩に奢ってもらえるので、気詰まりは感じつつも、なんだかんだで私もありがたく参加させてもらっていた。
ただ今日は、サークル活動中に図書館で借りた資料を使っていたので、食事の前に本を図書館に返却する必要があった。それで遅れて行くと申し出たところ、同じく返す本があるからと、彼もまた図書館についてきたのだ。
最初は当たり障りのない会話をしていたが、早々に話題が尽き、現在もれなく沈黙状態である。
気まずい。
気! ま! ず!! い!!!
私たちは滞りなく本を返却し、図書館を出たところだった。これから先輩たちが先に行っている定食屋への約十五分間の道のりを、彼と二人で歩かねばならない。
やっふぅマッジかー!?
既にかんっぜんに話題の弾切れなんですけど!!!
たったの十五分だというのに、とても果てしない時間のように感じる。
環とはぽんぽんと話ができるし、時間がいくらあっても足りないくらいなのに、どうして私はこんなに話題に窮しているのだろうか。環とはいつもなんの話をしてるんだっけ。……性癖の話か。
しかし、ろくすっぽ話をしたことのない純朴(予想)な彼に、まさか私の性癖の話をするわけにもいかない。ただの変態である。いや既にもう手遅れなただの変態なんだけど。
そうだ、環は若林くんと同じ授業だって言っていた。環の話をしてみようか。今日、環としていた話でもふれば、十五分くらいはなんとかしのげるんじゃないか。今日はなんの話をしてたっけ。
……性癖の話と、若林くんがモテるかどうかって話だ。
できるか!!!!!
こうして、一人脳内大パニック状態でわたわたしていたが、隣に距離を置いて歩く若林くんは、そんな私をよそに涼しい顔だ。いや見抜かれてても凄い困るんだけど。
ちらりと伺ったその横顔は、やっぱりどこか冷たく見える。
多分、一緒に来てくれたからには嫌われてはいないんだろうけど、きっとそんなに私に興味もないんだろう。
くっそー、余裕だな!? 慌ててるのは私だけか!? 別にこれくらいの沈黙、コミュ力の高い人間はものともしないのか!?
なんだか悔しくて、そして手持ち無沙汰でもあったので、私は何気なく空を見上げた。
今夜は満月だ。輝く月は、私たち二人の姿を克明に照らし出し、月明かりだというのに地面へくっきり影を落としていた。
あまりに明るすぎる月のせいで、まるで心の奥底まで照らされ心情を見透かされているような気持ちになり、どうにも所在ない。
と、柄にもなくそんなことを考えていると。
「……ぐ」
隣から、苦しげな声が聞こえた。
何事かと声の方を向けば、隣にいたはずの若林くんの姿がない。
正確には、見上げるようだった彼の頭の位置が、随分と下になっていた。膝をついて、地面にうずくまっている。
「どうしたの!?」
「いや。大丈、夫。ちょっと、ふらついた、だけ」
「だいじょばないよ!? 凄い苦しそうだけど、どうしよう、誰かに連絡」
「大丈夫。きっと、すぐ、落ち着くから」
息が荒い。首元を押さえ、ぜいぜいと肩で息をしている。
もしかして喘息、とかだろうか? 詳しくないから分からない。本当に、大丈夫なんだろうか?
図書室にはぎりぎり駆け込めたが、この時間帯、大学の診療所は既に閉まっている。入学したばかりで周辺の土地勘がないので、近くに病院があるかどうかも分からない。
先輩に連絡しようか。けど彼の言うように本当に一時的な可能性もある。おおごとにしたら、いたたまれないのは彼の方だ。
もう少し落ち着いて、本人に事情を確認しての方がいいかもしれない。けど、このままだったらどうしよう。
私、この人の事情を何も知らない。
動揺する頭で、思案していると。
じっと、彼に凝視されていることに気がついた。
私が冷たいと思っていたその目が、熱を帯びたように大きく見開かれている。
こんなに精彩な彼の表情を。今まで私は、見たことがなかった。
短く、息を呑む。
こんな場面でありながら、私は場違いにも。
ひどく、綺麗だと思って。
それに、見惚れてしまっていた。
「……それ」
「え? ああ」
彼の視線は。私の二の腕部分に注がれていた。
今日は初夏の陽気で、少し暑い。だから上着を脱いで、半袖になっていた。
その二の腕には、絆創膏が貼ってある。昨日ぼんやり歩いていたら、ざらざらした壁に激突し、思いの外、派手に出血してしまった傷だ。
彼はそこから視線を外さぬまま、ちろりと赤い舌で唇を舐めた。おそらく何気ないのだろうその仕草が妙に妖艶で、私はまた固まってしまう。
「ごめん。我慢、できない」
「え?」
半分以上は上の空で、何の話だろう、と思い首を傾げると。
彼は、にわかに私の手首を掴んだ。
「ちょっと血ィちょうだい」
今なんて?
一体どこから取り出したのか。
彼は今、右手にカッターを握り、左手で私の手を掴み。
ちきちきちきと、カッターの刃を出している。
待って待って待って待って待って。
はい?
流石に我に返り、いや逆に我を失ったのかも知れないけど、とにかく混乱して、私は口を引きつらせながら瞬きばかり繰り返してしまった。
間抜けなことをしている場合ではない。のは、重々分かりきっているのだけれども。
でもうん、察して欲しい。感じて欲しい。この盛大な困惑を。
なにこれ。
は?
どういうこと?
そんな私の挙動不審な様子に気付いたのか。
彼は至極、真面目な表情で、なだめるように言う。
「大丈夫。ちょっとチクっとするだけだから」
「注射!?」
「大丈夫。慣れてるから、注射より痛くない」
「だいじょばない予感しかしないよ!?」
待って待って待って、何の二次元だコレ。
どういう展開だコレ。
「ちょっと待って落ち着こう!? 冷静に話をしよう!? 何がどうしてそうなるの!?
アッ輸血!? そゆこと!? でも待って血液型は」
「僕、……俺、は。血を、舐めないと、駄目なんだ」
今なんて?
吸血鬼ナイズな中二病?
いや、それにしても。いくらなんでも、それは。
「これ、なら。……信じて、くれる?」
荒い息をつき、崩れ落ちそうになりながら。
震えそうに心許なさげな、か細い声で。
彼は潤んだ瞳を私に向けた。
月明かりに照らされた彼の髪は。
吹きすぎた夜風と共に、銀色に染まっていた。
そして私を見つめる彼の瞳は、真っ赤な血の色に。
いよいよ私は、硬直するしかなかった。
白い肌に、細すぎる体躯。
銀の髪に、赤い瞳。
冷たい眼差しの中に垣間見えた、燃えたぎるような熱。
儚さと憂いを湛えた、まるで物語の中にしか存在しないはずの少年が、そのまま大きくなってしまったかのような、ひと。
……あああちくしょう!
環には、ああ言ったけど!
なんだこの人! なんだコイツ!?
超絶、性癖じゃないか!!!!!
いや待って私。落ち着いて。
性癖こじらせている場合じゃない。
ほんっとうに、そんな場合じゃない!!!!!
……つまり。
これは、平たく言えば。
唯一無二の正義こと
出会ったお話。
私こと、
いやどうでもよくないわ。死活問題だわ。
だってほら、何しろ。
今まさに、私の目の前には、刃の出されたカッターが掲げられているのだから。
性癖は心のオアシスっていっても。
枯渇すると心が死ぬっていっても。
あれ、これ。
物理的にヤバそうじゃない?
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