君の血の味は少しうるさい

佐久良 明兎

1.紅ノ月

第1話 君の血の味は正直うるさい

 彼の口元から滴り落ちていたのは、血だった。


 煌々と私たちを照らす、明るすぎたあかい満月のおかげで。黒い筋のようになって垂れるそれが、確かに血液で、決して何かの見間違いなどではないことが分かる。

 これが真昼の太陽の下だったとしたら。きっと彼の白い肌に、さぞかしその鮮血が映えたことだろう。


 それに、そうだ。

 そもそも私は、彼の口元に付着した液体の出どころを、一部始終を、この目でしっかりと見ていたのだ。




 ――私の、血だ。




 彼は私からそっと目を逸し、「ごめん」と今にも消え入りそうになって身をすくめた。


「ごめん。こんなこと、するつもりじゃなかった」


 掠れた声で、後悔に苛まれたように言うその人は。

 目の前にいる彼は、私のよく知る友人、若林わかばやし紅太こうたその人だった。


 けれども私は。

 よくよく知っているつもりでいて、その実、彼のことなんて、ちっとも分かってはいなかったのだ。


 私の意思とは関係なく、手が、指先が、小刻みに震える。

 慌てて震えを止めようと、私は自分の頬にその手を押し当てた。

 やはり震える唇を必死に押し開きながら。いつの間にか、からからに乾いてしまった唇を舐めて湿らせ、私は満月を背に立ちすくむ彼を見上げる。









「……それ、なんて二次元?」













 つまり。

 これは、平たく言えば。


 『変態という名の淑女』 わたし 『ギムナジウム系大天使な吸血鬼』 推し と、

 出会ったお話。


 私こと、望月もちづき白香しろかという名の変態が、二次元もびっくりな性質を持つ性癖ドストライクな人物こと若林紅太という名の唯一無二の正義と、事故が如くに出会ってしまった……という、クッソどうでもいいお話である。



 いやどうでもよくないわ。死活問題だわ。

 だって性癖は心のオアシスだから。枯渇すると心が死ぬし。そうじゃない?



 それに。



「君の血の味は」



 私の間抜けな反応を見るや、その憂いを湛えた顔に怪訝な色を浮かべ。しかしすぐ、いつもの調子を取り戻して彼はそう言うと。

 垂れた血液を、ぺろりと舌で舐め取り。私の皮膚からも垂れるそれを、長い人指し指で掬い取った。

 左手で私の頬を押さえ、逃げられないようにすると。その赤で染まった右の人差し指を、まるで紅をさすように、私の唇へ、つ、と塗りつける。


 捕食者に睨まれた被食者のように。

 私は、動くことが出来ない。


 長い睫毛を少し震わせ、目を細めると。

 『吸血鬼の末裔』こと『推し』こと、私の友人であるはずの若林紅太は、その赤い目で私の瞳をじっと覗き込み、妖艶に微笑んだ。



「本人と同じように。やっぱりちょっと、うるさいね?」



 本当、死活問題だ。

 こんなことを、目の前でされて。






 ――どうして、平然としていられるだろう?

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