【第58話:グールの変異種】

 漲る力を惜しげもなく使い、足元を爆散させて一気に加速する。

 風を置き去りにして進むオレにようやく気付いた2体のゾンビがこちらを振り向くが、その時には既に魔法剣を抜き放ち、その体を上下に二分していた。


「はぁぁ!!」


 裂帛の気合いを乗せて更に加速したオレは、一気に群れの中心に踏み込むと、


「炎よ!」


 溢れる魔力を叩きつけるように基本魔法を使って、右手にいたグールを業火で包み込むと、左手の2体のグールに斬り込んだ。


「なっ!? あいつまだ本気じゃなかったのかよ!?」


 遠くでラックスの声が聞こえるが、今更なので捨て置く。

 それより……、


「やっぱ仮面のにいやん凄いな!」


 メイシーが追いつき声をかけてきたことに、正直少し驚いた。

 どうやら彼女もまだ本気では無かったようだ。


(ブーストしているオレの本気の疾走にもう追いついたのか)


 内心の驚きを隠して視線だけ向けて答えると、近くにいたゾンビを袈裟切りにして靄へと変える。

 今までのように全ての魔物を二人でという訳にはいかないが、この中心にいる魔物だけなら何とかなりそうだ。


 しかし、その時だった。


「くっ!? 早い!?」


 今のオレでも気を抜くと避けれないほどの速度で、黒い拳が目の前を通り過ぎていく。


 グールの変異種だ。


 下手をすると、あのゴブリンジェネラルの変異種に匹敵するだろうその動きに驚いていると、振るった右拳をそのまま振り抜き、一瞬オレに背を向け、そこからさらに左の裏拳が飛んで来た。


「ぐっ!?」


 まさかの格闘術に意表をつかれ、オレは魔法剣の腹で拳をまともに受けてしまった。

 さすがにブースト状態なのでそれでダメージを受けるような事はなかったが、それでも軽く吹き飛ばされる。


「仮面のにいやん!?」


「大丈夫だ! だが、こいつ普通の魔物の動きじゃない!!」


 魔物の中には剣を使いこなすもの、弓や魔法を使うものなど、イレギュラーな存在が数多くいるのは頭では理解していたが、まさか変異種の上にそのような無手の使い手の動きをしてくるとは思っていなかった。


 オレは吹き飛ばされた勢いを利用して、更に後方に自ら飛んで一旦距離を取ると、追撃してきたグールの変異種を逆袈裟に振るって魔法剣で迎え撃った。


 今持っている剣は魔剣では無いが、それでも青の騎士団の正式装備であり、優秀な魔法剣だ。

 魔力を通して切れ味をあげた魔法剣は、手を十字にして受けようとしたグールの変異種のその腕を、少しの抵抗だけで斬り飛ばした。


 しかし……、


「あかん! まだや!」


 メイシーの声が聞こえた瞬間、オレは腹に強烈な衝撃を受けて、今度は大きく吹き飛ばされた。


「がはっ!?」


 グールなどのアンデッド系の魔物は痛覚が無い。

 冒険者なら誰でも知っているような当たり前の事なのに、オレは両手を斬り飛ばしたことで隙を見せてしまったようだ。

 ブーストしていても、こういうちょっとした判断の甘さが、まだまだ経験が不足していると思い知らされる。


「仮面のにいやん!?」


 メイシーが魔球を縦横無尽に振るって変異種のグールを牽制し、その隙に駆け寄ってきてくれた。


「にいやん! 大丈夫……か? ……え? なんでケロッとしてんねん!?」


 オレは既に立ち上がって、魔法剣を構えていた。

 おそらくブーストしていなければ、骨を砕かれ、内臓をやられていただろう。

 それほどの衝撃だったのだが、あいにくブーストしているオレにはそこまで深刻なものではなかった。


「いや……人よりちょっと頑丈なんだ」


「どこがちょっとやっ!?」


 メイシーのツッコミを受けている間にも自然治癒は進み、受けた痛みもひいたようだ。


「ま、まぁ、話はあとにしよう。それより悪かったな。少し油断した」


 あまり納得していない様子のメイシーだったが、とりあえずこのままオレに任せてくれるようだ。


 しかし、オレたちがこうしている間に、どうやらグールの変異種も体勢を立て直していたようで、気付けば斬り飛ばしたはずの両手が復活していた。


 以前サイゴウと戦った時のように黒い靄が両手を形成して、修復してしまったようだ。

 おそらく今度こそ本当の『瘴気修復』だろう。


「厄介な……」


 魔剣があれば少々修復しようが、それを上回る攻撃で殲滅するのも容易だろうが、魔法剣だといくら魔力を流しても強度と切れ味があがるだけなので、技で圧倒するしかなさそうだ。


「だけど、それこそ望むところだ」


 オレは、つい笑みをこぼしてしまっていた。

 このブースト状態の身体を使いこなす特訓を続けていたのは、こういう時のためだろう。

 その成果を試す、絶好の機会だ。

 オレの中の熱いものが高まるのを感じ、その想いのままにオレは駆けだしていた。


「はっ!!」


 グールの変異種の目前まで一気に詰め寄ると、魔法剣に魔力を通して一閃する。

 わずかに傷を負いつつも、一歩下がってそれを躱す変異種に向けて、オレは更に間合いを詰めると、今度は連続の突きを次々に放っていく。


 すると、今度こそ避けきれず、体にいくつもの風穴をあける変異種。

 嫌がるように振るった奴の拳を、剣の柄で叩き落とすと、そのまま抜刀術の要領で逆袈裟に斬り上げ、胸に深い傷をつけた。


 が、まだ終わらせない。


 オレはすぐさま剣を斬り返して袈裟に振り抜き、今付けた傷を上書きするように深く斬りつけると、止まらず腹のど真ん中に深く穿つ突きを放ち、天に向かって刀を振り上げ左肩を吹き飛ばした。


 だが、まだだ! まだ終わらせない!


 オレはそのまま勢いを乗せて宙に舞うと、変則的にあの技に繋げる。


「落葉の舞い!」


 そして、宙を舞う体をくるりと捻ると、そのまま袈裟に振り抜いた。


 着地と共に空気の震えが伝わってくる。


 魔剣を用いた時ほどではないが、斬撃に魔力を乗せて放ったことで、変異種は消し飛び、あとにはカランと瘴気核が転がり落ちた。


 残心から少し気を緩める。


「ふぅ……何とか魔剣の導きなしでも再現できたか」


 こうしてオレは、グールの変異種を打ち倒したのだった。


 ~


「こっちも終わったで~。あのでっかいのはたいしたこと無かったわ。しっかし、仮面のにいやん……カッコよすぎやろ?」


 そう言ってニカっと笑いながらメイシーが近づいて来る。


「それに、向こうもあと数匹やから任せて大丈夫そうやな」


 メイシーが指さす方を見てみると、衛兵と他の冒険者たちが、残ったゾンビを追い詰めているところだった。


「あぁ、そうだな。あれぐらい任せておかないと逆に嫌味を言われそうだ」


「はははっ! ほんまやで! 仮面のにいやん、美味しいとこ持っていきすぎやわ」


 グールの変異種およびそのコロニーの壊滅は、何とか無事に終わる事が出来た。


 しかし、オレは何か引っかかりを覚えていた。

(こんなに頻繁に変異種が現れるものなのだろうか? 何か嫌な予感がする……)


 そして、その予感はソラルの街に戻って来てから現実のものとなってしまう。


「だから! 何度も言っているではありませんか! こちらにトリスという冒険者が来ているはずなんです! 取り次いでください!!」


 そこにいたのはギルド職員に詰め寄るメイドのミシェルだった。

 オレは嫌な予感に突き動かされて、慌てて駆け寄り声をかける。


「どうした!? ミシェル! 何があった!?」


「なっ!? だ、誰ですか? あなたは?」


(そうだ。まだ仮面を付けていたんだった……)


「お、オレはトリスの友人の冒険者だ。何があった? 力になる」


 そう繕って尋ねるオレに、ミシェルは目に涙を浮かべ、


「ふ、二人組の男に襲われて、ミミル様とユイナ様の行方がわからないんです!」


 そう叫んだのだった。

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