【第41話:ブースト】

 父さんからの指名依頼を受けた翌々日、オレはユイナと一緒に領主館に訪れていた。


「トリスは酷いですわ。一昨日も来ていたらしいではないですか。どうして、わたくしのところには顔を出さなかったのです?」


 そして一昨日、スノア様に挨拶すらしなかったことを、珍しく長々と怒られている真っ最中だ……。


「いや、一応どうしているか様子を伺ったんですよ? でも、何やら来客中だという事でしたので……」


 今回は、あの・・旅立ちの日のように、会わないでおこうと思ったわけではない。

 もう色々と秘密を共有する立場になってしまったし、スノア様からの推挙で英雄制度を受け、これから仮面の冒険者としても活動する事になったのだから。


「まぁ、そうなのですね。ん~それなら仕方ないですわ。許して差し上げます。でも……また暫く会えなくなるのですから、もう少し気を使ってください」


 少し伏し目がちにこちらを見ながらそう言うスノア様に、少し胸の鼓動がはやくなるのを感じたが、気付かぬふりをして言葉を返す。


「申し訳ありません。指名依頼の件に気が焦ってしまって……」


 本来なら指名依頼の話が終わった後、待ってお会いするべきだったのだが、子供の頃からいつか指名依頼を受ける冒険者になるのを憧れていた事もあり、少し恥ずかしいが内心では嬉しくて浮かれていたのかもしれない。


 それが家族からの依頼で、その内容がミミルの御守りだとしても……。


「別に謝って欲しかったわけではないです。まぁでも、トリスですしね……。それに、せっかく見送りに来てくれたのですから、もう少し楽しい会話をしましょう」


 スノア様は既に王都へと向けての出発準備を終えており、このあとそのまま魔導馬車に乗って旅立つことになっている。

 本当はもう少し早く出る予定だったそうだが、ライアーノ領うちの現状に憂慮されて、自身の近衛である『青の騎士団』に命じて色々と手伝ってくれていたようだ。

 もちろん自身も『青の聖女』の名が示す通り、街の者に治療を施してまわられていて、それは街の者たちからも感謝の言葉と共に伝え聞いていた。


 その後、リズのやっかみなども受けつつ、この数日の出来事や、昔の事に話の花を咲かせて楽しい時間を過ごした。


 話も一区切り付いて少し落ち着いた頃、


「本当ならトリスとユイナにも一緒に来て欲しいところなのですよ。ですが、さすがにそんな事をすると、仮面の冒険者の正体に気付く者も出てくるでしょうし……あっ……」


 突然スノア様が何かを思いついたように両の手を合わせた。

 そして、嫌な予感に身構えるオレとユイナに「何ならずっと仮面をつけてついて貰おうかしら?」と続ける。


「ちょ、ちょっと待ってください!? いくらなんでもずっとアレ・・を付けたままってのは勘弁してください」


「はは、ははは。流石にボクも出来ればずっと仮面付けっ放しと言うのは……」


「ふふふ。冗談ですわよ。じょ・う・だ・ん」


 あまり冗談に感じられない事に引き攣った笑みを返していると、


「あらあら? トリスは何を慌てているの? またスノア様に揶揄われた?」


 母さんが話に割り込んできた。

 だが、母さんには仮面の事は話していないので、今度ミミルに魔法を教えて貰うセルビスさんについて尋ねてみた。


「ところで、母さん。セルビスさんって、どんな人なんですか?」


 その問いかけに、少し「ん~?」と考えるそぶりを見せてから、母さんは口を開いた。


「セルビスお婆ちゃん? ん~、普段は良い人よ? 普段は」


 なぜだろう? 何か母さんのその回答に凄くひっかかりを覚えるのは……。


「えっと……そうすると、普段じゃない時って言うのは……?」


「そうね。農業の話をする時は気をつけてね。……わりと本気で」


 なにその最後にボソッと呟いた一言……。


「ま、マムア様? わりと本気でって、どど、どういう事なんでしょうか?」


 ユイナが不安そうに、そう尋ねる。


「あの人、セルビスお婆ちゃんって、農業に人生かけてるから、命賭けてるから、だから農業の事は絶対に・・・悪く言わないで。前にそれで……あっ、そろそろ出発の時間ね!」


(あ、これ絶対何かあるやつだ……)


 逃げるようにその場を離れていく母さんの背中を眺めながら、農業の話は出来るだけしないようにしようと心に誓ったのだった。


 ~


 スノア様と母さんの見送りが終わり、オレとユイナは今日も冒険者ギルドが提供してくれた鍛錬施設にやってきていた。


 最近は依頼を受けない日の大半は、ここに来てオレの力やユイナの光魔法、そしてそれらを使った二人の連携などの練習をしている。


 ユイナは光魔法は元々得意で、全て無詠唱で発動する事が出来るのだが、全属性耐性向上の魔法は発動にかなりのタメが必要らしく、オレは何度も効果を切っては受ける事を繰り返していた。


「ゆ、ユイナ……これって毎回効果を切る必要があるのか? 溢れる力の落差が凄くて、この鍛錬の後はいつも身体のいたるところが痛いんだが……」


 初めてこの訓練をした時など、全身極度の筋肉痛のような症状の上に、節々が痛く、魔力も枯渇するような状態に陥り、ユイナに回復魔法をかけて貰っても、暫く立ち上がる事すらできなかった。


「トリスくんがブーストしてる時にかけると、何か効果が弾かれるような感じがするから、練習にならないんだよ~。それにどれぐらいのタメでブースト出来るか感覚を覚えておきたいの。しんどいかもだけど、もう少し練習させて」


 そういう風に言われると、断るに断れない。

 実際、短いタメで魔法をかけてもらうと、仮面をつけていても魔剣の呪いが上回ってしまい、呪いに打ち勝って能力を解放する事ができなかった。


 ちなみにユイナはこの能力を解放する事を『ブースト』と呼んでいる。


 オレが「解放された方が元々の能力だから、ブーストって変じゃないか?」と聞いたんだが、「ブーストって呼び方ってカッコイイでしょ? カッコイイは正義だから!」と謎の理論を展開して熱く語り、とりあえずオレたちの間では『ブースト』と呼ぶことに決まった。


 そして今日もへとへとになるまで『ブースト』を繰り返し、全身の痛みに耐えながら訓練を続けるのだった。

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