【第32話:魔族の力】

「ちょっと妬けますけど、今は我慢しておきますわ」


 そう言ってわざと頬を膨らますスノア様は、相変わらず見惚れてしまうほど魅力的だったが、次の言葉でオレもユイナも気持ちを切り替え、引き締める事になる。


「でもユイナさん、急いでください。信じられないですが、かなり劣勢のようです……」


 何がとは言うまい。


 ユイナの肩越しにスノア様が見つめるのは、魔族と化した『サイゴウ』たった一人相手に、完全に劣勢に立たされている青の騎士団の姿だった。


「魔族と言うのはこれ程の強さなのか……」


 確かに青の騎士団は、怪我がほぼ治っているとはいえ、体力的にはかなり辛い状態だっただろう。

 だが、それを差し引いても、予想以上の力の差だ。


 今もサギリス様と副団長が中心になって、何とかその攻撃を凌いでいるが、サイゴウの様子を見る限り、まだ全く本気を出していないようにも見える。


 ロイスさんも含め、魔力を込めて効果を発揮させる魔法剣しか持たない騎士たちは、『仇怨きゅうえんの衣』のせいで攻撃できず、周りに被害が及ばないようにするのがやっとだった。


 そして、唯一魔剣を所持しているサギリス様が、積極的に攻勢に出ているのだが、ゆらりと揺れてその剣を躱し、ふたたびあの黒い光球の闇魔法をばらまく。


 騎士たちもさすがに闇魔法を全て防ぎ続けるのは難しく、何人か怪我を負う者が出始めると、その怪我人の数は加速度的に増えていっていた。


 (このままでは不味い!!)


 心の中でそう叫び、焦り、どうにかさっきの力を使えないかと考えていると、ユイナがオレの名を呼ぶ声に思考を中断する。


「と、トリスくん……」


「どうした? 今、リズにこの魔剣をどこかに隠してきて貰おうかと考えてたんだが?」


「え? どういう事? ちゃんと説明しなさいよ。冒険者」


 スノア様とリズにはまだ全てを話し切れていなかったので、必要な部分だけを言葉にする。


「実はオレのこの魔剣は呪いの魔剣らしくてな。魔剣に主と認められると、なんらかの力を抑制するような強い呪いを受ける事になるようなんだ」


 そう話始めたのだが……。


「なっ!? そんな魔剣捨てなさいよ!?」


「何言ってるんだ!? 今後使い続けるかは別にしても、捨てれるわけないだろ?」


「そんなの取っといても意味ないじゃないですか!? そもそもそんな魔剣モノ触りたくないです!」


 いつしか軽い言い争いになっていた……。


「トリスくん」


「魂持つ魔剣って言えば、御伽噺にも出てくるような伝説の魔剣だぞ!?」


「悪い方の伝説じゃないと良いですけどね! それに姫様に何かあったらどうするのですか! もっと姫様から離れなさい! しっ! しっ!」


 さらに言い争いが激しくなってきたその時、ユイナがオレの後頭部をはたいた……。


「トリスくん!! さっきから呼んでるでしょ!」


「っ!? な、なんなんだ? 今、リズに魔剣をだなぁ……」


「だからボクの話を聞いて! その魔剣を持ったまま、さっきの力を使えないか、ボクに試させて欲しいんだ!」


 そう言って、例の蝶をモチーフにした仮面を付けると、それとは別の、顔の上半分を隠すタイプの仮面を取り出した。


 ん……何か嫌な予感がするぞ……。


「つけて」


 そう言って、その新たな仮面を持つ手をオレに突きだすユイナ。


「……えっ?」


「だから『えっ?』じゃない! 早く、つーけーてっ! 今は説明している時間も惜しいの! ボクを守ってくれるんでしょ!!」


 そう言われると、断れないじゃないか……。


 オレは渋々その仮面を受け取ったのだが、少し驚いた。

 何か特殊な金属で出来ているようで、まるで空気のように軽く、薄かったのだ。


「本当につけないと……ダメなのか?」


「ボクの作った作品がそこまで嫌!?」


 渋るオレをジト目で見つめるその視線に耐え切れず、覚悟を決めて仮面を付ける。


 だが、オレ自身には特に何も変わったところはなかった。

 その見た目以外は……。


「その仮面はまだ試作品なんだけど、ボクのこの仮面と同様の隠蔽効果以外に、ボクの魔力と同調して魔法の効果を高める効果がついてるの」


 そんな効果の仮面をオレがつけても意味がないのではないか?


 そう尋ねようとした時だった。


「お前ら、な~にコソコソしてんだ~?」


 さっきまでサギリス様と切り結んでいたはずのサイゴウが、突然目の前に現れた。


「なっ!? 早い!?」


 現れると同時に振り抜いてきた片刃の剣を、咄嗟に魔剣を振り上げて打ち払う。


「ほら? どうしたどうした? ナイトく~ん、そんなんじゃ新垣さんを守れないぞ~?」


 最初の一撃こそ上手く防げたが、次々と繰り出される斬撃に、一瞬で防戦一方へと追い込まれる。


「くっ!?」


 サイゴウの居場所を見失っていた青の騎士団が、慌ててこちらに向かっているが、サギリス様が足を引き摺っている姿が目に飛び込んできた。


 かなり深い傷らしく、サギリス様がロイスさんを呼び、自身の魔剣を託しているようだったが、今から駆け付けて貰っても、間に合わないかもしれない。


 それほどの猛攻だった。


「それになんだ~? その変な仮面は~? 何かの干渉を感じるけど、魔族となったオレにはどうも効果が無いようだぞっ! っと~」


 そして、とうとうサイゴウの剣を受け流し損ねて、オレは脇腹に浅くない傷を負ってしまう。


「かはっ」


 すると、口から血を流し、片膝をついてしまったオレへの興味を失くし、サイゴウはユイナの方に足を向けてしまう。


「ま、待てよっ!!」


 そう言って追い縋ったのだが、これは、焦りからくる悪手だった……。


「もう、死んどけよ?」


 振り返り、道端の石でも見るような冷めた視線をオレに向けると、よろめくオレに凄まじい速さで剣を振り下ろす。


「しまっ!?」


 だが、訪れるはずの痛みは襲ってこなかった。


 代わりにオレに届いたのは、鋼同士が打ち合う激しい金属音。


「なに諦めてるんですか!? 冒険者!」


 リズが咄嗟に割り込んで、サイゴウの片刃の剣を短剣で受け止めてくれていたのだ。


 しかし……リズの技量をもってしても、完全に受ける事は出来なかったようだ。

 スノア様の悲鳴を聞いて、その視線を追いかければ、リズの肩から血がじわりと溢れ出してきているのがわかった。


「リズ!? お、おまえ!?」


 オレが驚き視線を向けると、苦悶の表情を浮かべたリズが、痛みを堪えて口を開いた。


「く、悔しいですけど、たぶんあなたが倒れたら私たちは全滅です。さっきの変異種戦で見せたあの力が必要なんですよ。わかり、ました、か? 冒険……しゃ……」


 脇腹の痛みを押し殺して飛び出すと、牽制でサイゴウに魔剣を突き出す。

 その隙に崩れ落ちるリズを抱きしめると、オレは残った力を振り絞って何とかサイゴウから距離を取った。


「あ~ぁ~! せ~っかくお持ち帰りしようと思ってたのによぉ!」


 低能な台詞を吐くサイゴウを苦々しく睨みつけるが、こちらに下卑た視線を向けてきたかと思うと、その身に纏う雰囲気を一変させる。


(くっ……なんて威圧だ!? さっきの力で本当に対抗できるのか? しかし、どうすれば……)


 その時、スノア様がサイゴウの隙をついて、オレとリズに高位の治癒魔法をかけてくれたが、距離が離れていたため、その効果は減衰し、何とか止血がされただけにとどまった。


 さっきの力があれば「もしかして」と思いはするものの、今にも斬りかかってきそうなサイゴウを前に、オレはどうする事も出来なかった。


 もうここまでかという考えがよぎった瞬間だった。


「詠唱上手くいった!! トリスくん! ボクの魔法を受け取れーーー!!」


 ユイナの叫ぶ声が聞こえ、オレの身体が暖かい魔法の光に包まれる。


「これはっ!?」


 そして……再びあの全能感がオレを支配したのだった。

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