【第30話:ふたたび】

「へぇ~! すごいじゃん! 戦闘メイドってやつ!? うわっマジかっけぇ!」


 軽薄そうなその言葉のあと、突然何も無かったその場所に、一人の男が現れた。


「西郷くん!?」


 目を見開き驚くユイナを、庇うように移動して動向を見守る。


 見た目はオレたちとそう変わらない歳に見えるが、勇者候補であり、今となっては魔族候補でもあると知ってしまったので、なおさら油断はできない。


 少し茶色がかった、男にしては長めの黒髪を鬱陶しそうにかきあげながら、痩せぎすの身体でゆらゆら揺れるように歩いて近づいてくる。


「よぉ~新垣さん、久しぶりじゃ~ん」


 余りにも無警戒なその態度に、余計に警戒を強め、


「戦いに来たんじゃなければ、それ以上近づくな」


 そう言って、魔剣の切っ先をサイゴウと呼ばれた男に向ける。


「なんだお前~? もしかして新垣さんのナイトってやつ~? くっくっく」


 何が面白いのか、癇に障る声で笑いながら、


「……で? 戦いに来たんなら、どうすんだよぉ?」


 そう言って突然、膨大な魔力を放出させた。


「くっ!?」


 周りで事の成り行きを見守っていた衛兵や他の騎士たちも、敵なのかと色めき立つ。


「ま、待って!? 西郷くんは本当に何しに来たの!? ボクなんかにいったい何の用なの!?」


 言外に追放したのに何の用だと言うユイナだが、まったく通じていないようだ。


「ん~? さっきまでは命令通りに~新垣さんを捕まえて、連れ帰るだけのつもりだったんだけどね~」


「それなら、用事があるのはボクだけだよね? ここの人たちには関係ないでしょ!? ボクがついて行くから、ここの人たちには手を出さないで!」


 そんな事は絶対にさせるつもりは無いが、今は西郷コイツの出方をみるため、オレは魔剣を握り締める手に力を込めながらも、その口を塞ぎたい衝動をぐっと我慢する。


 しかし、西郷コイツの言葉は、それにとどまらなかった。


「ん~面白半分に改造した魔物のせいで、なんかいっぱい死んじゃったみたいだから~、関係ない事ないんだけど~? 新垣さんがそれでいいなら、手を出さないであげようか? まぁ俺はちょっと新しい力を試してただけなんだし~、責任なんて微塵も感じてないけどね? くっくっく」


 その言葉に皆の視線が一気に剣呑なものになり、


「な!? あなた、今なんて言ったのですか!?」


 リズが堪えきれずに、思わず叫んでいた。


「お? 怒った顔も中々キュートだねぇ~♪ そうだ! その戦闘メイドちゃん結構タイプだし、一緒に連れてっちゃおうかなぁ? あ、それとさぁ、新垣さん。悪いんだけどさ~。さっきの面白い話を他の奴らに漏らされたら困るからさぁ……」


 そこで一旦言葉を切ると、その軽薄そうな口元に薄気味悪い笑みを浮かべ、


「ここで死んでよ」


 そう言い放ったのだった。


 ~


 その言葉を聞いた瞬間、オレの我慢は限界を超え、一息でサイゴウの眼前に踏み込むと、躊躇することなく魔剣を横薙ぎに振り抜いていた。


 だがその一閃は、サイゴウに届く手前、わずか数センチのところで空を切る。

 勇者として召喚された事で得た、高い身体能力に任せて瞬時に一歩下がったようだ。


「おぉぉ! ナイトくん、結構強いじゃん!」


 サイゴウが何かを言っているが、オレは戯言には耳を傾けず、ただ一心に魔剣を振るい続ける。


「おいおい、ナイトくん、ちょーこえーんだけどぉ」


 今はさっきの変異種戦の時のように力は解放されていないが、それでも体力は完全に回復しており、調子は悪くない。

 サイゴウは確かに高い身体能力を有しているようだが、それと比較して戦闘技術があまり高くないと踏んで、一気に畳みかけた。


「はぁぁぁっ!」


 そして、馬鹿にしていたサイゴウの余裕を、少しずつ、本当に少しずつ削り取っていく。


「ちょっ!? ま、待てよっ! くそっ!?」


 今頃になって慌てて腰の剣に手をかけるが、その身体能力とは対照的に、動きは素人に毛が生えた程度だ。


「覚悟しろ!」


 サイゴウを追い詰め、気合いを声に乗せて上段から剣を振り下ろす。


(貰った!)


 そう確信した瞬間だった。

 何か不快なモノを引き裂くような音が鳴り響き、剣が逸らされた。


「まじかよ!? 『仇怨きゅうえんの衣』を破りやがった!? しかも、なんで呪いが効いてねぇんだよ!?」


 サイゴウのその叫びに、ユイナがまさかと驚きの声をあげる。


「なんで西郷くんが闇属性魔法を!? トリスくん気を付けて! その闇魔法は、攻撃を仕掛けた相手にその攻撃を呪いで倍にして返すものだよ!」


 ユイナの『闇魔法』という言葉に、周りにいたものたちに動揺が走った。


 それはそうだろう。

 誰でも知っている事だ。


 勇者だけが使える『光魔法』に対して、『闇魔法』は魔族だけが使える魔法なのだと。


「な!? もう既に魔族化しているという事なのか!?」


 やはりさっきのユイナの話は本当だったのだ。

 ユイナと一緒に召喚された西郷コイツが闇魔法を使っているという事から、手記に書かれていた事が本当だという可能性が一気に高まった。


「くそぉぉ! なめんなぁ!! 最近手に入れた俺の本当の力を見せてやんよ~!」


 そしてその可能性は、今度は確証へと変わる。

 サイゴウの身体が浅黒く染まっていき、その身体からは魔力と共に瘴気までもがあふれ出したのだ。


 その変貌していく姿に本能に植え付けられた絶対的な恐怖心を煽られ、身動きを取る事ができない。

 口元は吊り上がり、背骨がボキボキと不快な音を響かせて、人ではない何かへと変貌していく。


「そんな……西郷くん……」


 変わり果てたかつての仲間を見て、ユイナはもう自分を取り巻く戦いの運命から逃げられないのかと、涙を流していた。


「なんで魔族化なんて……ひどい……」


 しかし、その涙は優しさの雫。


 卑下され、追放され、最終的には自分を殺すとまで言い放った相手なのに、そんな男が闇へと堕ちていく姿に心を痛めていた。


 優しいユイナらしいなと思いながらも、しかし、明らかに人外のモノへと変貌していくその姿に、オレはサイゴウコイツだけは倒さなければと決意を新たにする。


 するとそこへ、異変を感じたファイン兄さんが、青の騎士団を含む騎士や衛兵たちを引きつれて駆けつけてきた。


「何事だ! トリス! 何が起こって……って、おいおい……ソイツはいったいナニモノなんだ……?」


 最初に魔剣を構えるオレを見つけて問いただそうと声をあげたのだが、途中で変貌していくサイゴウが視界に入って思わず言葉を詰まらせたようだ。


「ファイン兄さん! あれはもう人じゃない! 魔族だ! それに……どうやら変異種もこいつが創り出したらしい!」


 こいつが今回の元凶だと聞いて、ファイン兄さんの瞳が怒りに染まる。


 しかし、短く力強く息を吐いて必要な冷静さを取り戻すと、周りを取り囲む騎士や衛兵、冒険者を見渡して、こう宣言した。


「動けるものに告ぐ! この目で見ていても信じられんが、魔族と聞いて放っておくわけにはいかない! ライアーノの街を! 国を! そしてそこに暮らす人を守るため、今ここでソイツを討つぞ!」


 ようやく終わったと思われた長く苦しい戦いは、その激しさを増し、ふたたび幕をあけようとしていた。

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