呪いの魔剣で高負荷トレーニング!? ~知られちゃいけない仮面の冒険者~【Web版】
こげ丸
第一章 『噛み合った運命の歯車』
【第1話:旅立ちの日】
朝日を受け、朱色に輝く剣を手に正眼に構えると、呼吸を整える。
ここはとある屋敷の庭先。
一つ一つの動作を確かめるように大きく振りかぶり、ゆるりとその切っ先を振り下ろす。
最初はゆっくりと、そして数を重ねるごとにその速度をあげ、最後は裂帛の気合いと共に振り下ろした。
無心で行うこと、約1刻。
今日最初の時を告げる鐘が鳴るまで、ひたすら型を繰り返した。
王国流剣術と、基礎魔法の鍛錬。
幼いころから続ける日課だ。
オレの名はトリス。
トリス・フォン・ライアーノ。
田舎町と揶揄される『地方都市ライアーノ』を領地に持つ、ライアーノ男爵家の三男だ。
領地を治める貴族の家だが、人口わずか3000人の街が一つだけの貧乏貴族なので、大都市の大店の商人の方が良い暮らしをしているだろう。
しかし、だからこそオレは両親に感謝の気持ちでいっぱいだった。
今日オレは、この世界で成人とされる15歳を迎える。
貧乏貴族の三男は、家を出て自立するのが宿命だ。
普通ならこれからの事に不安を抱くのだろうが、オレはこの日をどれほど待ち望んだことか。
なぜなら、オレは
冒険者として自由気ままに様々な
知らない街や土地を旅し、世界に7つあると言う迷宮都市を訪れ、迷宮攻略に挑むのも悪くない。
この世界のどこかに住む神竜と邂逅して、その試練に挑戦してみるのも良いだろう。
親からしてみれば、子供の見る夢だと笑い飛ばしてもおかしくなかった。
でも、両親はそんなオレの夢を笑わず、応援してくれた。
だから、感謝の気持ちでいっぱいなんだ。
しかも、両親は8歳の誕生日にとある一振りの剣をくれた。
過度な装飾などは施されていなかったが、漆黒から抜け出してきたかのような剣身にオレは一目で魅了された。
その剣は魔剣だった。
魔剣と言えば、一振りで大きな屋敷を建てられるほど高価だと言われているが、後から聞いた話では、鑑定魔法でもその効果がわからないからと、安値で譲って貰ったらしい。
でも、そんな事はどうでもよかった。
ただ嬉しかった。
両親の恩に報いるため、この魔剣に負けない実力を身につけようと思った。
当時のオレには、とてもじゃないが大きすぎてまともに扱えない剣だったが、だからこそオレは必死に鍛錬に打ち込んだ。
長男のファイン兄さんと一緒に王国流剣術を学ばせてもらっている時も、次男のセロー兄さんと魔法を一緒に学ばせてもらっている時も、常に一緒だった。
一緒に座学まで学ぶ羽目になったのは、当時は嫌で嫌で仕方なかったが……。
人の話を聞く限り、三男としてはかなり良くしてもらった方だと思う。
だから、本当に両親に感謝しているんだ。
しかしこんな事を考えるなんて、15歳の誕生日を迎えて少し感傷的になっているのかもしれないな。
そんな風に納得し、庭の横の洗い場で汗を流していると、オレを呼ぶ声が聞こえてきた。
「トリスお兄ちゃん! こんな日まで鍛錬してる~!!」
声を掛けてきたのは妹のミミルだ。
まだ10歳のミミルは、あどけなさの残る瞳でこちらを見て嬉しそうに手を振ると、肩までの短めのツインテールを揺らしながら、駆け寄ってきた。
兄バカだと思うが、金色に輝く髪と瞳に整った顔立ちのミミルは、将来絶対に美人になるはずだ。
「おはよう、ミミル。こんな日も何も関係ないよ。鍛錬は毎日続けるものだからな」
「でも、今日は成人の旅立ちの日でしょ?」
家を出る者は、成人の日の日中に家を出るのが縁起が良いとされている。
「旅立ちの日って言っても、お祝いのパーティーもやらないし、特に慌てる事もないだろ?」
「お兄ちゃんが嫌がるから、パーティー無くなっちゃったんだよね……」
余計な事を口走ってしまった。
楽しみにしていたパーティーが無くなったのを思い出し、ジト目でこちらを恨めしそうに見てくるミミル。
父さんと母さんが、二人の兄たちと同じように盛大にパーティーを開こうとしていたのを、オレが頼んで無くして貰ったんだから、この視線は甘んじて受けよう……。
「悪かったって。じゃぁ、朝ご飯食べにいくか?」
ミミルはその問いに元気よく頷くと、オレの手を取って屋敷に向かって歩き出したのだった。
~
この家の者として食べる最後の朝食は意外といつも通りだった。
料理人のオートンさんの作るスープやソーセージ、卵焼きなどは、これでそうそう食べられなくなるのかと思うと、その点は非常に残念だったが……。
「トリス。この後そのまま出ていくのだろう? もう荷物などの準備は出来ているのか?」
食後、皆で紅茶を楽しんでいると、父さんがそう尋ねてきた。
父ももう50手前という事もあり、髪に白いものが混じってきたな。
王都に行っている母さんが、年齢詐称してるんじゃないかと思うほど見た目が若いので、ちょっと対照的だ。
オレは食事中も肌身離さず持ち歩いている剣の柄をそっと撫でると、
「あぁ。もう準備は出来てるよ。そもそもこの魔剣があれば十分だし」
そう言って笑みを返す。
「トリスは相変わらずその剣命って感じだな。剣をかばって魔物にやられたりするなよ?」
「言えてるね。トリスなら本当に剣のために命を投げ出しかねない」
面白がって揶揄ってくる二人の兄に「うるさいな」と毒づくが、こんな会話ももうあまりする事はないかと思うと、少し寂しさがよぎった。
ファイン兄さんは、体格も良く、歳も10も離れているのもあって、よく喧嘩しては泣かされていた。
今は跡取りとして父について立派に政務をこなしているので、もう随分昔の話だが。
そのファイン兄さんと比べて、セロー兄さんはオレと同じくかなり小柄だ。
歳も3つしか変わらない。
剣術もからっきしだったので模擬戦などはほとんどした事がないが、その代わりにとても頭が良く、勉強をよく見て貰った。
セロー兄さんも、今はファイン兄さんの補佐として、徴税業務を受け持ち頑張っている。
「準備が出来ているなら良い。まぁまだ当分この街にいるから、何かあれば帰って……ん?」
父が話していると、慌ただしい足音が聞こえ、扉を叩く音が父の話に割って入った。
「セバステンか。入れ。何事だ?」
扉を開けて入ってきたのは、執事のセバステンだった。
いつも落ち着いている人なのに、今は珍しく少し慌てているようだ。
「ダディル様。大変でございます。予定より五日ほど早く、スノア様が街にご到着されたとの事です」
「なに!? スノア王女が到着されたのか!?」
このエインハイト王国の第二王女『スノア・フォン・エインハイト』様。
聖属性の魔法の使い手で『青の聖女』と名高い彼女は、神の奇跡と称される高度な治癒魔法を使って治癒の施しをするため、自ら率先して国内各地を巡っている。
そんな正真正銘の聖女様ご到着の知らせだった。
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