33.王都『セントラルフォレスト』

 夕刻になり、ぽつぽつと光が浮き始める。

 王都各所に設置されている、魔力塔は日中で蓄えた光を魔法に変換し夜間の光源として球体に形成し都市を照らすのである。

 本来なら目の届きにくい裏路地や、建物の陰なども明るく照らすことが出来るため、夜間の治安は他の街に比べて良いものであった。


 これは世界でも王都セントラルフォレスト特有の技術であり、この光景を見に外からも観光客が訪れる程である。


「おかえりなさいませ、奥様」


 掃き掃除していた一人の青年は、門から入って来たケイを見て会釈する。

 使用人の服を着た彼は眼に大きな傷を負い、髪の一部が白くなっている。年齢はサナエと同じ世代であった。


「ただいま~。シロウくん、お義父さんはいるかしら~?」

「当主は緊急の呼び出しで王宮にとんぼ返りです。お客様ですか?」


 シロウはケイとサナエの後ろに居る見慣れない二人を見て尋ねる。本日はもう来客の予定はなかったと記憶していた。


「そうよ~、挨拶してちょうだいな」

灰木史郎はいぎしろうと言います」

「桜光陽です」


 丁寧にお辞儀をするシロウに対して、光陽も敬意を含めて自己紹介を行う。


「桜……? 奥様、彼はどういった経緯でしょうか?」

「あの人の息子よ」


 あの人と言う言葉で察したシロウは、もう一度光陽を見る。


「……この事はヤエさんは知っているのですか? いや、そもそも『本家』は――」

「その件は後で説明します」


 有無を言わさない力強さを感じたシロウは出過ぎた真似だったと悟り、わかりました、と頭を下げる。


「なんか悪いな」

「いえ、貴方の事は奥様の指示に従います」


 一歩置いた形で警戒されているか。シロウの取る距離感が逆に安心できるものだ。

 すると、ルーは光陽に後ろからのしかかる様に抱き着くと、彼の横から顔を出す。


「結構できるだろ? 貴様」

「……こちらの方は?」


 見透かすような瞳に不思議と不快感を感じない。シロウは使用人としてルーに対応する。


「我はルー・マク・エスリンだ。寝る部屋は光陽と同じ部屋でいいぞ」

「こいつの言う事は無視してくれ」

「おいおい、照れるなよぉ。添い寝する仲だろ~」

「状況と場を弁えろっての!」

「じゃあ、いつも寝る前の膝枕は今日は無しにするぞ?」

「そんな事実はどこにもねぇ!」


 急にわちゃわちゃし始めた光陽とルーにシロウはどのように対応したものかと困り果ててしまった。


「ねぇ、ねぇ、シロウ。ボクも帰って来たんだけど?」


 シロウはサナエを見て笑顔に対応する。


「おかえりなさいませ、お嬢様。当主との稽古をサボってどこに行っておられたのか。ぜひともお聞かせ願いたいものですよ」

「うっ……お祖父ちゃん何か言ってた?」

「特に何も。ただ、今の時期は一人で王都外に出るには良い治安ではありません。そのくらいは意図してもらわなければ出禁を進言せねばならなくなります」

「だってさ! ずっと戦争中だし……アスルに『五柱』が出たって言うし……薬を買いに行くついでに話を聞きに行くのも良いでしょ!」

「何一つ、許容できる事はありません。当主がお戻りになったら話があると思いますので、今度は逃げないように」

「はい……」

「ふふ。シロウ、先に湯あみをするから着替えを持ってきておいて。皆、疲れてるから、その後に食事の準備をするわ~」

「わかりました」






 【勇者】。

 【魔王】が支配する大陸に隣接している西の国――ビリジアルに召喚されたという話はレッドフォレストにも伝わっていた。

 最近の情報では天空都市に居を構えていた【魔王】を討伐したという情報はギルド経由で聞いていたものの、それよりも更に古き【魔王】が居ると言う事から、今はそちらの討伐に動いているらしい。


 太古より存在する【魔王】の名前はアンラ・アスラ。


 西に伝わる太古の災害の名前としても知られており、近年までは【魔王】とも認識されていなかった。

 ソレが意思を持つ存在であると判明したのだ。そんな存在が隣の大陸に居てはビリジアルも気が休まるどころではない。

 【勇者】とその一行は最古の【魔王】を討つために、その側近である四天王を先に倒すべく旅をしているとの事だった。


「このレッドフォレストに四天王の一人である【最強】が居ると聞いた。オレたちはそれを倒しに来たんだ」


 緊急の招集にて、集まった将軍達とレッド国王は謁見の間で不遜な態度の【勇者】を見ていた。

 【勇者】一行パーティは全部で三人。一人は杖を持った女の魔法使い。もう一人は武器を持たない女格闘家。最後の一人は顔に傷を持ち大剣を背に持つ男だった。


「【勇者】カイ殿。我が国の状況を貴殿は把握しているのかな?」

「ああ、隣国と戦争中なんだろ? オレたちの目的はソレを終わらせる事でもある」


 王も含め、その場の将軍達、全員が目を丸くする。ゲンサイだけが呆れたように軽く息を吐く。


「事態はそう簡単ではない。しかし、貴殿が【最強】を退けることが出来れば可能性が出てくる」

「そのつもりだ。アンタたちに声をかけたのはオレ達の意志をちゃんと伝えておこうと思ってね。和平は考えているんだろ?」

「無論だ。兵も民である。平和であることを望まぬ者はこの国にはいない」

「なら利害は一致したな。オレ達が【最強】を倒そう。それでアンタたちは和平を進めればいい」

「利害の一致と言ったが……君は我が国に何を求めている?」


 カイはニッと笑って要求を告げる。


「『ドラゴンの心臓』を貰いたいんだ」


 その言葉に機密として扱っていた『心臓』の事を彼が知っている事実に驚きを隠せなかった。


「カイ殿。その情報はどこで?」

「ギルドからだよ。なんでも、ドラゴンの『心臓』を保管してるそうじゃないか」


 彼の口調は事の重要性をまるで分かっていない様子である。おそらく、サウラ経由で話が行ったのだろう。


「【魔王】に勝つために必要なんだ。無限に魔力を生み出すアイテムなんて、有能に使える【勇者】が持っておくのが当然だろう?」

「あ、アイテム?」


 思わずレッドは声が上ずった。

 確かにドラゴンの『心臓』は魔力を無限に放出している。しかし、その魔力に乗せられた怨念に近いドラゴンの意志は【英雄】以外に逆らえるモノではないのだ。

 何の耐性もない存在がその手に持つだけで、無限の魔力とドラゴンの意志に支配されるだけだろう。


「オレが欲しいのは『ドラゴンの心臓』ただ一つさ。【最強】の討伐報酬って事でよろしく頼む」






「話にならん」


 【勇者】一行の退室後にレッドは将軍たちを残したまま、先ほどの件について頭を抱えていた。


「『心臓』を求めるとは、中々、豪胆な若者じゃわいのう」

「ですが、彼は事の重要性をまるで理解していない」


 楽しそうに笑う情報部将軍のレミリーとは裏腹に防衛将軍であるカーティスは【勇者】という存在が史上に伝わっている程に偉大なモノではないと判断していた。


「だが、実力はあるようだ」


 言動はともかく、その身に宿る実力は偽りでないとゲンサイは見抜く。実際に戦いを見たわけではないが、自力だけ見れば『本家』の伝承者にも匹敵するかもしれない。


「陛下。ここは【勇者】に任せてみてはどうでしょうか?」


 【勇者】の意見を肯定したのは意外にも軍事部将軍のレジェドだった。


「意図を聞こう」

「はい。こちらが戦力を割かずとも【最強】を退ける、又はダメージを与えることが出来ると考えられましょう」

「もし【勇者】が【最強】を倒したらどうする? 『心臓』を渡すのかいのう?」


 前提はソレなのだ。『ドラゴンの心臓』こそ、この話の中心であり決して無視できない事柄である。


「ふん。奴は『心臓』を直に見たわけではあるまい。適当に魔力を込めた偽物でも渡せば問題はないだろう」

「国としての信用はどうなりますか? 【勇者】を欺いたとギルド経由で世間に知られれば取り返しのつかない事になりますよ」

「どこぞの馬の骨に『心臓』を渡すよりはマシだ」

「確かに【勇者】の言動は責任のあるような様子ではなかったな……」


 ゲンサイでさえもレジェドの意見には同意できるほどに【勇者】の考えは浅いものだった。


「皆、少し落ち着け」


 意見がまとまりそうにない議論は国王レッドの一言で正常に戻される。


「レジェド将軍の提案が我々の取る最善と言えるだろう。今は国の評判よりも民を護る事を考えよ。戦争を終戦させ、近隣諸国と和平を結ぶ。国の体制が落ち着けば『ドラゴン』に頼らずともよくなる。『心臓』をどうするかはそれからでも遅くはあるまい」

「それでは【勇者】にはなんと?」

「彼には【最強】を退けた後に、和平が成ったなら『心臓』を渡すと伝えよ。それまでに偽物を用意しておくのだ。この件は極秘とする」

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