27.鉄砂
殺し屋は一流になればなるほど姿を現さずに標的を殺害する。
時には遠距離から殺し、時には毒を使って殺し、時にはすれ違いざまに急所を破壊する。
魔法を使った病殺という代物まで暗殺の選択肢にある
姿を見せる殺し屋。有名どころでは『“本家”の木』と『二大凶手』の二つ。
今宵、光陽とサナエの前に現れた三人は姿を晒した。
それは単なる愚か者か、それか一流以上のどちらかである――
「っと」
「っ! ここは――」
少し高いところから現れた光陽とサナエはそれぞれ無事に着地すると、何処に飛ばされたのか周囲を確認する。
足元は砂利。周囲には無数のコンテナが置かれ、錆びた鉄骨が天井を張っている。
夜空には雲に半分隠れる月。所々の影がより深い闇を生み出していた。
「街外れにある古い駅? 一瞬でここまで飛ばされた?」
サナエは何が起こったのか理解に時間がかかっていた。人を飛ばす魔法など聞いたことが無い。
「現実のままだな。オレまで飛ばされたという事は」
外部要因の魔法。考えられるのはあの三人目が引き起こした特殊として部類される魔法だろう。
ルーが言うには、基本的な魔法の他に極まれに個で特殊な魔法を保有することがあるらしい。特殊であるが故に対策が取り辛く、要所で使われれば成す術もないほどに強力であるとのこと。
「それがコレか」
「サーライトさん! 来る――」
サナエは何かが動く気配を感じて咄嗟に跳び離れる。闇を動くのは無数の鎖。蛇のようにうねりながら迫ってくる。
光陽はその場で強く踏みしめると【玄武】『震撃』を放ち、鎖を弾き砕く。
「へぇー」
サナエは感心しつつ『震撃』を上手くかわし、少し離れたところに着地する。
「足を止めるな!」
背後の闇から現れる多関節の義手が彼女を拘束しようと巻き付く――
「すごいなぁ。サーライトさん、見えてるの?」
背後からの奇襲にサナエは気づいていた。その場に座る様に開脚して拘束をすり抜けると、後ろを振り向きつつ敵の足を払う。
「【朱雀】『天脚』」
態勢を崩した背後の敵へ、サナエは足の裏を叩きつけた。
「!?」
まともに受けた敵は二、三度跳ね、義手を地面に突き立てながら這いつくばる様に耐える。
「なるほど。大体君たちの事はわかったよ」
サナエを襲った敵は再び闇へ紛れた。
「直接戦闘は嫌いらしいな」
光陽も敵の動きからどのような部類の存在なのかを分析する。敵の能力は奇襲に寄った技量であるらしい。
「さっきの二人組か」
「たぶんね。色々と疑問もあるけど――」
使われていない旧停車駅は闇が深い。地の利は敵にあるが、それよりも警戒しなければならない事がある。
「転移を使う奴が一番問題だ」
「同意だよ」
実力で優っていても搦め手では相手が数段上手だ。次の転移を狙っているかは分からないが、最も警戒しなければならない能力だろう。
「まぁ、搦め手であればこちらが上か」
「何か手でもあるの?」
「時間を稼げ」
派手に戦い続ければルーがこちらを見つける。そうなれば状況は好転するだろう。
「列車に間に合わせるなら、後二十分だよ」
「貴様の父親と同じだな。我々を嘗めている――」
闇から聞こえる声に二人は意識を向ける。月明かりに半身だけ姿を現した殺し屋は一人だけだった。
「手足はヤツに送り付ける――」
光陽が踏み込み、敵の顔面に【玄武】『一門』を叩き込む。しかし、『一門』を受けたのは人の形を模した砂鉄だった。本体は光陽をすり抜ける様に入れ違うとサナエに向かって歩く。
「おい」
光陽は振り返りつつ、敵の背後に踏み込むが、まとわりつく砂鉄がその動きを強く拘束する。
「なに!?」
まるで全身に枷をはめられた様に身体が動かない。四肢を動かす起点を押さえつけられているため『震撃』で払うことが出来ない。
「大した力だ。我ら“鉄砂”の操鉄に耐えることが出来るとはな」
本来なら骨を容易く砕く拘束に光陽は耐え抜いていた。少しでも力を緩めることは出来なかった。
「桜早苗。父を恨め」
「…………」
暗殺組織『
数多くある裏社会の組織の中でも、決まった拠点を持たない事で知られる暗殺組織である。
構成員は10人に満たず、指令が無い間はフリーの殺し屋として個々で活動しているため、その姿を捉える事が難しい組織である。
頭目より指令があれば参集し標的を始末すると言った組織形態であり、彼らは闇から闇へ移動する。
そして、『鉄砂』には代々、継がれていく特殊な装備があった。
“山の隠者”と呼ばれる『鬼族』の魔導研究者によって発見されたその魔法を手に入れた『鉄砂』は並みの暗殺者たちでは想像もつかない暗殺技術を確立した。
土魔法の系統でも特殊な派生――鉄操魔法である。
魔力を練り込んだ特殊な砂鉄を自在に変化させ、矛として、盾として、拘束具として扱う。暗闇で行使する事で視認することも困難となり、音もなく対象を殺害できる彼らだけの暗殺手段である。
殺害率九割と言われている『鉄砂』の標的となったのはホワイティルの王族の一人娘。その警護には桜エトが就いていた。
そして、桜エトは依頼を達成する為に単身で『鉄砂』と相対。現れる刺客を始末し、更に『鉄砂』の頭目と対峙した。
彼は『鉄砂』の頭目とその構成員の半数以上を始末し、組織としての機能を失わせる事で依頼を完遂したのである。
生き残った構成員は桜エトに復讐するべく行動を開始する。
桜エト本人とは正面から戦っても敵わない事を知り、その身内を狙う方向に行動を決め確実に始末することを計画した。
その標的となったのが桜エトの娘である桜サナエであった。
闇が手を伸ばす様に、砂鉄が月明かりの元に現れるとサナエの身体を拘束するように空間を流れてくる。
「一つ言いたい事があるんだけどさ」
コンテナの隙間に少しずつ空気の流れが生まれ始めていく。
「君たちの事、何も情報が無いと思ってる?」
サナエは準備運動のように爪先を地面に軽く当てると、その場に空気の流れを生み出した。
「情報が割れた暗殺者ほど弱い存在はない。君たちは手を引くべきだったとボクは思うけどね」
「……小娘が」
瞬間、サナエはその場から僅かに身体を傾けると、闇の中から飛来してきた暗器を見ずに躱す。
しかし、砂鉄は彼女を取り込むようにその身体を這って行く。
「『【朱雀】神風の舞』」
完全に身体が拘束されるよりも早く、サナエは動いた。空間を循環する様に流れ始めた気流に乗った無駄のない
「ほらね。やっぱり弱いよ」
半回転しつつ宙に浮いた回し蹴りを受けた『鉄砂』の一人は、咄嗟に防御したにも関わらず、壁に強く叩きつけられた。
「これは――」
気流で加速しているにしてもこの威力は身体強化も重なっているか――
着地するサナエの背後を取った『鉄砂』は義手から麻痺針を出現させ彼女へ突き立てる。
「【白虎】『白尾』」
彼女の意思に応じる様に空気の流れがその攻撃を大きく逸らした。サナエの得意とする風魔法と【白虎】との相性は日に日に重なり始めている。
「【朱雀】『天脚』」
頭部を撃ち抜かんとする程の蹴打を受けた義手の『鉄砂』は半回転をして地面に叩きつけられた。砕けた仮面の下では気を失っている。
「殺しが目的だったら、最初で達成できたかもね」
敵の敗因は彼女を生け捕る事に重視していた事だ。殺すことが目的であったのなら、こうはならなかっただろう。
「……
闇の中から出てきた最後の『鉄砂』は全身を闇で覆っていた。
サナエは先ほど以上の『天脚』を食らわせるが、片腕で受け止められる。
闇に見えるのは表層を覆い、耐久性を強化した砂鉄。それも当人の意思によって矛にもなる『鉄砂』の殺害手段の集大成。
「死ね」
「【玄武】『重撃』」
波打つように変形する砂鉄がサナエの顔面を貫く直前で止まる。
重い衝撃が静かに『鉄砂』の背後から体内に響いていた。拘束が解けた光陽から放たれた防御を無視する一撃に、口の端から血が流れ出る。
「貴……様――」
光陽が生きていたことに驚きつつも、サナエを放し態勢を整えるために闇の中へ。
「お前たちはすぐに視界から外れようとする」
敵は、まだ光陽の間合いに居た。闇へ逃げる『鉄砂』の背後へ追撃するように一点を穿つ衝撃が通り抜ける。
「【白虎】『穿牙』」
放たれた衝撃は砂鉄を散らし、その先にある臓器と背骨を破壊する。
「能力を過信し過ぎたな。それと、強い執着は敗北につながる」
桜エトに復讐するあまり、サナエに固執し過ぎた事が最大の敗因であると光陽は告げるが『鉄砂』二人の意識は既に事切れていた。
「助かったよ。サーライトさん」
殺される寸前だったとはいえ、サナエは特に焦った様子もなくいつも通りだった。
「後少しで死んでたぞ。よくけろっとしてられるな」
「いや、サーライトさん魔法使ってなかったでしょ? あれくらいの拘束なら注意を引けば簡単に脱出してくれると思ってたからさ」
サナエは光陽が魔法を使って脱出する機会を狙っていると考えて引き付けたのだった。
「……結果オーライか」
「どうしたの?」
「いや……何でもない」
実際には敵が砂鉄を全て自身に引き寄せた為に動くことが出来る様になったのだが、結果論だったことは黙っておくことにする。
「それよりもまだ居るぞ」
参戦しない三人目の存在を警戒しなければならない。すると、いつの間にかサナエが倒した義手の『鉄砂』が消えている事に気が付く。
「やれやれ。ようやく仕事かのぅ」
すると、三人目の存在が月明かりの下へ現れた。
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