第221話 本当の切り札
ムクロと亞咬がエントランスに場所を移した時、暁と緋彩もまた大ホールを飛び出し、移動していた。
広い廊下を併走しながら、二人は互いの刃を何度もぶつけあう。
その最中、緋彩は懐からまた別の種を取り出し、自分の血を振り掛ける。
すると、種は一瞬で発芽し、薄紅色の葉を大きく広げる。
発芽した植物は、『植物』と言うには些か不釣り合いな姿をしていた。
口のように合わさった葉の先には獣と同等かそれ以上の鋭い牙を生やし、茎の先にはカマキリを思わせるような巨大な鎌を光らせている。
何より、根を節足動物の足のように動かし唾液を撒き散らし向かってくるその姿は、とても植物と呼べるものではなかった。
「ふんっ!!」
暁は群がってくる『植物』の形をした怪物を魔剣の一閃で切り裂く。
切り裂かれた怪物は耳障りな悲鳴を上げると、しおしおと
「驚いた。人を操るだけじゃなくてこんなこともできるんだ」
「そうですよ。こう見えて多芸なんです」
「デザインのセンスは最悪みたいだけどね」
「なら、他にはこういうのはどうでしょう?」
そう言うと、緋彩は再び自分の血を塗した種を投げ放つ。
種は発芽し、今度はまた別の怪物へと姿を成していく。
茎と根が絡み合い、四本の脚に牙の生え揃った大きな口を形作る。
生まれたのは全身を蠢く茎や根で形作った大きな四足の獣だった。
獣は体中を伝う粘液を周囲に撒き散らしながら、低く不気味な産声を上げた。
「醜悪……やっぱりセンスは最悪だ」
「行け……『トリフィド』」
『トリフィド』と名付けられた怪物は口を大きく広げ、口内に並んだ牙で引き裂かんと暁に飛び掛かってくる。
暁は両手で魔剣の柄を握ると、その大きく開かれた口めがけて刃を振るう。
魔剣の刃を口で受け止めたトリフィドは、唸り声を上げながら牙を立てる。
魔剣の刃とトリフィドの牙が擦れ合い、ギリギリと金属音が鳴る。
魔剣を咥えられ、暁の動きが止まる。
その隙を緋彩が見逃すはずがない。
動きを止めた暁に向かって、緋彩が右手に形成した植物の刃で斬りかかってくる。
「くっ……!」
緋彩の攻撃に反応した暁は、咄嗟に魔剣から手を放し、後方に跳ぶ。
魔剣を手放した暁を見て、緋彩は笑みを浮かべた。
「もらったっ!!」
緋彩の植物の刃が、突然その切っ先を伸ばす。
鞭のようにしなりながら伸びた鋭い切っ先の狙う先は、暁の心臓だ。
切っ先が暁の胸を貫こうとした瞬間、激しい金属音と火花が散る。
緋彩の刃は、暁の心臓を貫くことはなく、その切っ先は魔剣の腹で防がれていた。
「なっ……魔剣はさっき手放したはずっ!?」
「『魔剣』は僕の思いのまま……消すのも、出すのもね」
「んっ!?」
緋彩は背後を振り向く。
自分の背後には、己が従僕のトリフィドがいる。
しかし、その口には咥えられているはずの魔剣がなかった。
(なるほど……魔剣を手放すと同時に元の魔力に分解……そして手元で再構築したのか)
あの一瞬のうちに、そこまでの魔力操作を行う暁の実力に、緋彩は感嘆する。
そして、同時に歓喜した。
「ふふ……ふはははははははははっ!!」
「?」
「流石だ!
「よくわかんないけれど、それは褒めてくれているのかい? 全然嬉しくないよ」
「それだけに残念至極。 なぜそんな
「紛い物?」
「それですよ。その『魔剣』とかいうの。貴方の本当の力はそれではないはずです。力の一端は既に目覚めているはずだ」
「何……!?」
(コイツ……まさか『聖剣』のことを言っているのか?)
暁は緋彩の笑みを見て、唇を噛む。
確かに、『魔剣』は元来暁が制御出来ない自分自身の中に眠る力である『聖剣』の代わりに暁自身が編み出した術だ。
『聖剣』を本来の力とするならば、確かに『魔剣』は紛い物と言えるかもしれない。
しかし、そんな事情を知らないはずの緋彩の口から『聖剣』のことが出てくるとは思わなかった。
(ますます何者なんだコイツは? 正体が全然掴めない……!?)
「あ、そうか」
緋彩が何かを思いついたように手を叩く。
そして、自分の右手の植物の刃を解くと、さらに呼び出したトリフィドすら自らの手で消滅させた。
突然、武装を解除した緋彩に、暁は訝し気な視線を送る。
「……どういうつもりだ?」
「いやね。貴方が本来の実力を出すためには、まだ揺さぶりが足りなかったなと思って。だから、やっぱり使うことにしたんです。
「え?」
緋彩の言葉の意味を問いただす間もなく、暁の頭上の天井が崩れ、瓦礫が落下してくる。
暁は背後に跳んでそれを躱すと、すぐに体勢を立て直し、魔剣を構えた。
感じたからだ。
暁のよく知る、しかし異質な魔力の気配を。
「……予想はしてたけどやっぱりね」
「彼女に植え付けた『種』も特別製です。いやはや、親子揃って手がかかりましたよ本当に」
天井を砕き、瓦礫と共に下りてきた彼女に、暁は表情を険しくする。
ずっと姿を見せていなかったから、もしやとは暁も考えていた。
そしてそれは、最悪の形で実現してしまった。
「これが俺の本当の……貴方に向けた切り札です。名付けるなら、『血塗られた花嫁』ってところですかね」
「つくづく最悪なセンスしてるね……なぁ、姫ちゃん?」
暁は目の前に立つ純白の花嫁衣裳に身を包んだ姫乃に語りかける。
しかし、姫乃は何も言葉を返さない。
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