第164話 試胆会

「じゃあ、みんなちゃんとペアに別れたね?」


 栄子が確認の音頭を取ると、全員がOKのサインを出す。

 いよいよ栄子主催の肝だめし大会が始まろうとしていた。

 場所は別荘から少し離れた森で行われる。

 ルールは二組に別れ、栄子が決めたルートで森の中を進み、森の奥にある道祖神の石碑に置かれたキャンディを取ってくるというものだ。

 事前に引いたくじにより、次のような組と順番になった。

 最初は、デモンストレーションを兼ねて栄子と姫乃が。

 次に神無とイヴ、ふらんとメルの順番が続き、最後に暁と澪夢が行くということになった。

 勿論、この肝だめしはただの肝だめしではない。

 澪夢のために栄子によって色々仕組まれた催しだ。

 現にくじには細工が施されており、澪夢が暁とペアが組めるようになっていた。

 最初に出発した栄子と姫乃のペアがキャンディを手に戻ってくる。

 時間にしておよそ十分ほどだろうか。

 みんなに取ってきたキャンディを見せると、包みを開けて口の中に含んで見せた。


「昼間のうちに私があらかじめ道案内のプラカードを設置しておいたから迷うことはないと思う。ただ森の中は結構暗いから足元には気を付けてね」


 そう言うと、栄子は手にしていた懐中電灯を神無とイヴに渡す。

 こうして、作為に満ちた肝だめしは始まった。



 ※



 『作為に満ちた』とは言ったが、最初のうちは普通の肝だめしが続いた。

 今のところ違いがあるとすれば、全く悲鳴が聞こえないということだろうか。

 よくよく考えると、この場にいるのは暁と栄子を除けば皆人間ではなく、闇の住人たるデモニアである。

 今更暗がりで試す必要もないくらい肝が据わった者たちしかいない。

 彼女たちからすれば肝だめしもただの夜の散歩でしかなかった。


「ただいま」


「お、帰って来た」


 三組目のふらんとメルが帰ってくる。

 手には、しっかりと小さなキャンディの包みが握られていた。


「ったく……森の中は虫が多すぎる。お化けより厄介だぜ」


「だから虫除けスプレーをした方がいいよって言ったじゃない…………」


「嫌だ。鱗が汚れる」


「鱗…………?」


「何でもねぇよ。それよりほら、キャンディ」


 栄子は首を傾げながら、しかめ面のメルから差し出されたキャンディの包みを受け取り、ゴミ入れに入れる。


(これで三組終了…………思ったよりみんな度胸あるのね)


 デモニアのことを何も知らない栄子は、何事もなく淡々と進む肝だめしに若干物足りなさを感じつつも、いよいよ来たかと顔を上げる。

 次は、今回の主役(栄子の中では)であるペアの順番だ。


「じゃあ、次は僕らの番だね」


「はっ……はい! 行きましょう」


 ふらんから懐中電灯を受け取った暁と澪夢は、森の深い暗闇の中へと消えていく。

 二人の背中が見えなくなるまで見送った栄子は、そそくさと姫乃の方へ駆け寄って来た。


「さ、姫乃ちゃん。出番だよっ」


「…………いきなりなんだ?」


「もう! 肝だめしの最中も思ったけどテンション低いよ!! そんなんじゃ大事な役目も果たせないじゃない!」


「大事な役目……?」


 眉間に皺を寄せ、訝しがる姫乃に栄子は何度も頷くと、ポケットから紙を一枚取り出し姫乃に差し出す。

 姫乃は差し出された紙を受け取ると、さらに眉間の皺を深くさせた。


「何だこれは…………地図?」


「そ。実は私がプラカードを置いたルートには、別にショートカットできる裏道があるのです」


「これはその地図ということか。で、それを私に見せてどうするつもりだ?」


「はい、これもね」


「おい!?」


 何の説明もなく、栄子は姫乃に大きめの紙袋を手渡す。

 少しムッとした姫乃だったが、紙袋の中身を見て栄子が自分に何をさせようとしているのか察しがついた。


「黒髪のカツラに…………白いワンピース…………さっきの映画に出てたヤツか」


「そ。わざわざ似たような衣装を準備したんだから。よろしくね、おどかし役」


 笑顔でサムズアップをする栄子に、姫乃の眉間の皺は取れない。

 表情の晴れない姫乃に、栄子は頬を膨らませた。


「もう姫乃ちゃん! 『何で私がそんなことしなくちゃならないんだ』って顔に書いてあるよ!」


「そこまで気づいてるなら自分でやってくれ。第一何で二人をおどかす必要がある? 今は二人きりなんだからソッとしておいてやったらどうだ?」


 自分で言った、『二人きり』というワードがチクリと胸を刺す。

 しかし、その痛みから気を逸らすように姫乃は唇を噛むと、紙袋を栄子に突き返す。

 突き返された紙袋を、栄子はさらに姫乃に押し返した。


「分かってないなぁ姫乃ちゃん」


「何が?」


「あの凛々沢さんの様子だと、二人きりになってもそのシチュエーションを上手く活かせないかもしれないでしょ? だから、私たちで少し背中を押してあげるの!」


「押してやるって…………これでか?」


 姫乃は紙袋から取り出した長いカツラをぶら下げて見る。

 この夏の夜に身につけるには、少し蒸し暑そうな代物だ。


「そう。ホラー映画を観てる時に確信したの。凛々沢さんのあの怖がりよう…………きっと驚かせば、自然と逢真くんにすがりつくはず。密着する体と体…………交わる二人の視線…………きっと二人の仲は急速に縮まるわっ!!」


「………………」


 力説する栄子の言葉を聞けば聞くほど、姫乃の気持ちは沈んでいく。

 おどろかし役…………ということは、栄子の言う通りになるとすれば、その光景を間近で見ることになる。

 もし、そうなれば自分が冷静でいられるか自信がなかった。

 加えて、姫乃にはもう一つ懸念することがあった。

 せめて、そのことだけでも正直に伝えようと姫乃は口を開こうとする。

 しかし、そのことを告げる前に、栄子は姫乃の背中を押して急かした。


「さあさあ姫乃ちゃん急いで! 二人が帰って来る前に先回りしないと!!」


「ちょっと待ってくれっ…………私はっ…………!」


「私は他にやることがあるから! 姫乃ちゃんにしか頼めないの! ね、お願い!!」


 栄子は両手を合わせて、頭を下げる。

 彼女なりに、澪夢の力になりたいと一生懸命なのだろう。

 深く、必死に頭を下げる栄子に、姫乃は何も言うことができず、出ようとしていた言葉の代わりに大きなため息をつくのだった。

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