第112話 デモニア対騎士

 暁とレナスがぶつかり合い始めた頃、大通りでは既に姫乃、メルとマルキダエルが激しい戦闘を行っていた。

 走り交う自動車の激流の中を、その屋根を足場にし、三つの影が夜の光の下に何度もぶつかり合っていた。


「ちぃっ!」


 姫乃は血糸を伸ばし、マルキダエルを捕らえようとする。

 しかし、マルキダエルも同じ轍は踏まないとばかりに放たれる糸を巧みに避ける。

 その間隙を縫うように、空を飛ぶメルもマルキダエルに近接攻撃を仕掛けるが、その攻撃すら先読みしたかのように避けてしまう。

 しかも、その合間合間にマルキダエルの攻撃が、何度もメルにヒットしていた。


「いってぇっ…………何だよあの攻撃!」


 メルは殴られた右肩を見る。

 真紅のドレスを突き破るほどの拳打は、強固なメルの皮膚を赤く腫れさせていた。

 しかも今尚、焼けるような痛みがじわじわと感じられる。

 ただの拳打ではないことは明白だった。


「対デモニア体技『七星闘法ディーパー・アーツ星拳ドゥーべ』。そして、法儀礼済みディオニウム製の手甲と足甲。どれも化け物あなたたちを殺すために我々が作り出した武器です。よく効くでしょう?」


「クソ野郎が……!」


 マルキダエルは着地したトラックの上で得意気に笑みを浮かべる。

 眉を上げるメルとは対照的に、姫乃は不安定な足場ながら軽やかで大胆な動きを見せるマルキダエルに敵ながら感心していた。


(凄い動きだ……もう普通に拘束するのは不可能か…………なら)


 姫乃は伸ばしていた糸を手元に引き戻すと、羽根を広げ、近くを飛んでいたメルを呼び寄せた。


「何だよ?」


 メルは少し苛ついた様子で、姫乃の立つ車に近づく。

 攻撃が一向に当たらない、カウンターで何度も殴られたと色んなことがあるが、高威力・高範囲の攻撃を得意とするメルはこの街中では実力が発揮できない。

 そのことがメルを苛つかせる一番の要因になっていた。

 それを感じ取っていた姫乃はメルを宥めるように言った。


「悔しいが、この場所ではヤツの動きの方が上だ。捕らえるのも、攻撃を当てるのも難しいだろう」


「クソッ……俺の息吹ブレスなら、あんな野郎一瞬で消し炭にしてやるのに…………!」


「ああ、そうしよう」


「はっ!?」


 姫乃の言葉に、メルは驚き目を丸くする。

 姫乃の表情に笑みはない。

 至って真剣な顔をしている。

 メルは姫乃に恐る恐る尋ねる。


「まさか……本気で言ってないよな?」


「本気だが?」


 姫乃はメルにだけ聞こえるように、口を動かす。

 メルはそれを聞いて、再び驚いたように目を広げるが、すぐに目つきを変えた。


「…………できるのか?」


「考えはある。上手くいくかは別としてな」


 姫乃の含みのある言葉に、メルは難色を示す。

 しかし、他に手が思いつかないのも事実なため、メルも最後は折れた。


「分かった。ただし、ヤバそうだと俺が判断したらすぐに手を出すからな」


「ああ。助かる」


 そう言うと、メルは空高く飛んでいき、夜闇の雲間に見えなくなった。

 メルを視線で見送ると、姫乃は自動車を跳び移り、マルキダエルのいるトラックの上にたどり着いた。


竜人ドラゴニュートの姿がありませんね。どうかしましたか?」


「別に。ただ、お前の相手は私がするというだけだ」


「一人で?」


「そうだ」


「嘗めているんですか?」


「どうだろうな?」


 はぐらかすような姫乃の態度に、マルキダエルは姫乃が何か企んでいることはすぐに分かった。

 しかし、それ以上に自分一人で相手をするという姫乃の言葉に、マルキダエルは強い屈辱を感じていた。


(作戦なのだろう……何か小細工をしようとしているのだろう……そのための時間稼ぎ、そのための一対一…………だが、不愉快だ)


「実に不愉快だっ」


「?」


「一時とはいえ、私を一人で相手どるとは耐え難い屈辱。化け物の分際で何たる侮辱。貴様たちは『星痕騎士団我々』というものを何も分かってはいない。少し相手をしてわかった。貴様たちの力は我々に遠く及ばない。そのくせ一人で相手をするだと?」


「…………」


「嘗めるのも大概にしておけよ化け物がっ」


 マルキダエルの今まで見せたことのない、凄まじいまでの憤怒の感情。

 如何なる時も不敵な笑みを浮かべていたマルキダエルの豹変に、姫乃は少したじろいだ。

 しかし、すぐに気を持ち直し、指先から血糸を生成する。

 そして、その血糸を編み込み、無数の紅い蝶を作り出した。


「…………何だそれは?」


「『血縫術ブラッド・ファブリクス・アーツ血の幻妖蝶ファルファーラ・オブ・ロッソ』…………」


 蝶は血糸で出来た羽をはためかせると、ふわりふわりと宙を舞い始める。

 夜の光に輝く蝶の紅い羽は何とも幻想的であった。

 マルキダエルは、その光景に一瞬心奪われる。

 しかし、すぐにに見とれた自分を恥じ、更なる怒りに身を震わせた。

 その最中にも、蝶は次々と分裂し、瞬く間に辺りを紅い羽で埋め尽くしてしまった。

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