第三章 ライダー

第20話 スリーピー・ホロウ

 灰魔館の広い庭には古びたガレージがある。

 木造でかなりの広さがあり、ムクロの運転する車も整備の行き届いた状態でそこに置かれていた。

 車以外にも色々な物が置かれ、ガレージ兼物置のように使われているが、その一角に一台のバイクが置かれている。

 青いボディのオンロードバイクで、太い四本のマフラーと大きな一つ目のヘッドライトが特徴的だ。

 ガレージの中に置かれている乗り物の中で、このバイクだけはムクロのものではない。

 このバイクの持ち主は神無だ。

 彼女の趣味は意外にもバイクに乗ることなのだ。

 というのも、彼女は幼い頃から休日の朝に放映されている子ども向け番組を欠かさず視聴している。

 その番組の一つに男の子向け特撮ヒーロー番組があるのだが、彼女はその番組に登場するヒーローが颯爽とバイクに乗る姿に大変感銘を受けたのだ。

 そして、成長した現在、自らも免許を取得し、同じようなバイクを購入したというわけである。

 正直に言えば、バイクに乗るよりも自分自身で走った方が小回りも利き、何より速いのだが、神無はバイクに乗ることをいたく気に入っていた。

 今日も朝の子ども向け番組の視聴を終え、日課となっているバイクいじりに精を出していた。


「ふぅ~しゅぅ~りょ~」


 気の抜けるような独り言と共に、チェーンのメンテナンスを終えると、着けていた手袋を外し、一息つく。

 神無はガレージの窓から見える晴天を見つめ、今日何をしようか考えた。

 折角こんなに天気が良いのだ。

 少し遠くに愛車を転がすというのも悪くない。

 何よりこういう日にこそツーリングに行かなくてはバチが当たるというものだ。

 そう考えた神無は整備道具を片付けると、ライダースーツに着替えるためガレージを出る。

 軽い足取りで玄関に回ると、丁度玄関前に立つ背広姿の男が目に入った。


「あれぇ? 新妻さん?」


「よっ、神無ちゃん。王様いるかい?」


 新妻と呼ばれた冴えない風貌の中年男は、片手を上げながら挨拶した。



 ※



「ほい、賄賂」


 そう言いながら、新妻は机の上に白い正方形の箱を置いた。

 暁は訝しげな表情でその箱を開く。

 箱の中には何とも間抜けな表情をした鳥型の饅頭がぎっしりと敷き詰められていた。

 中身を確認した暁は蓋を閉じるとムクロに手渡す。

 ムクロも箱の中身を確認すると、「今日は緑茶にしましょう」と言って部屋を後にした。


「……毎回思うけど、お土産選ぶセンスないよね新妻さん」


「えっ!? 可愛くないかその饅頭!!?」


 新妻は首を傾げる。

 心底心外そうにしている新妻を見てため息をつくと、暁は本題に入る。


「で、今日は何の用件で? わざわざ降安部こうあんぶが来るってことはデモニアこっち関係なんだろうけど」


 世間話もなく本題に入ろうとする暁に苦笑いを浮かべながら、新妻は鞄からタブレットPCを取り出すと、スタンドで立たせ机の上に置いた。

 画面を暁の方に向けると、そこには夜の大通りの映像が映し出されていた。


「何これ? 動画?」


「まぁ、見てなって」


 暁は画面を注意深く見つめた。

 映像の場所には見覚えがある。

 昼間は人通りの多い場所で、暁もそこをよく通る。

 現に映像の中でも、何人もの人が行き交っていた。

 そんな人の動きを目で追っていると、突然映像にノイズが走る。

 カメラの不調かと思った次の瞬間、が弾丸のような速さで通りを通過した。

 あまりの速さに、通りを歩いていた人々はその衝撃で体勢を崩し、中には吹き飛ばされる者もいた。

 周囲の建物や車の窓ガラスにはヒビが入り、通過した物体の速さが尋常ではなかったことを物語っていた。

 辺りが騒然となったところで映像は途切れ、映像はそこまでのようだった。


「特殊防護の施されていた監視カメラのほとんどが衝撃でやられてたよ。唯一無事だったのがこの映像を撮った一台だけだった」


「今何か通ったよね? 何なのあれ」


 暁の質問に答える代わりに、新妻は鞄から更にある写真を取り出す。

 その写真を暁に手渡した。


「その映像から降安部で解析したのがその写真だ」


「これは……バイク?」


「ああ」と新妻は頷く。

 写真に写っていたのは、青白いヘッドライトを光らせた黒いフルカウルバイクだった。

 弾丸のような速さで走るバイク。

 明らかに人知を超えた代物だ。

 しかし、それ以上に暁を驚かせたのはそのバイクのライダーだった。


「これ……首なくない?」


 そう、バイクのライダーの首から上には本来あるはずの頭が存在せず、代わりにヘッドライトと同じ青白い光が一筋の線となって写っていた。


「コイツのせいでもう物的、人的合わせて数十件の被害が出てる。中には死亡事故に繋がったものもな」


「真夜中に走る首なしライダー……なるほど。新妻さんが僕のところに来るわけだ」


「そういうわけだ」と言いながら、新妻は応接間のソファーに深く座り直した。

 暁は写真を見ながら、頭を掻く。


「コイツに関して何か手がかりとかは? 登録コードとか」


「いや、登録はされてないな。登録漏れか意図的に登録していないのか……それとも……」


「最近になって覚醒したか……か。となると、手がかりはこの映像と写真だけってことか」


 暁はもう一度写真を注視した。

 その写真を見て、暁はまた別のあることが引っかかった。


「何かコイツ変な格好してるなぁ」


 写真に写るライダーの格好はやけに特徴的だった。

 黒い全身タイツに銀色の手袋とブーツ。

 タイツの上には赤い色のプロテクターを身に付けた奇抜な格好だった。


「ああ、そのことならうちでも話題になったよ。何でもそりゃあ……」


「あ! 『ジャスティス・ウルティマ』だ!」


 突然二人の会話に割り込んできたのは、いつの間にかいた神無だった。

 暁の手に持つ写真を奪い取ると、目をキラキラと輝かせていた。


「は? ジャス……何?」


「『ジャスティス・ウルティマ』だ。何でも今子どもに人気のヒーロー番組らしい」


「何? つまりは……コスプレ?」


 暁は呆れたように新妻を見る。

 新妻は真剣な表情で黙って頷いた。


「まさか……現代のスリーピー・ホロウ伝説の正体が首なし騎士ではなく、首なしコスプレライダーとは……」


 隣で未だに目を輝かせる神無を尻目に、暁は頭を抱えた。

 とにかく、この首なしコスプレライダーを捕らえなくてはならないのだ。

 どうしたものかと、暁は暫し思案に耽るのだった。

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