第11話 罪と償い、そして……
「待って……待ってください……」
ふらんに支えられた志歩が、ふらんの助けを離れ、ゆっくりと弱々しく自分の力で歩き出す。
倒れそうになりながら、何とか暁の元に辿り着くと力が抜けたかのようにその場に座り込んだ。
「里歩……」
志歩が、
その瞳からは幾筋もの涙が頬を伝っていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……里歩……ちゃん……」
何度も何度も、志歩は「ごめんなさい」と繰り返した。
その言葉は、志歩が先ほどうわ言のように呟いていた言葉だった。
その言葉を聞き届けたかのように、分身体は既に日が沈んだ夜の闇の中に消えていった。
空には一つ、たった一つだけ小さな星が輝いていた。
そして、志歩の首筋にも一つの輝きが。
『デモニア・コード』――――。
バーコードのようなその紋章は、その者が魔力を持つ存在、デモニアであることの証。
双崎志歩はこの時を以て、完全なデモニアとなった。
※
「やっほー、お邪魔しまーす」
「……帰れ」
放課後の生徒会室。
そこにひょっこりと現れた暁に、一人で仕事をしていた姫乃は露骨に嫌そうな顔をした。
「んもーっ! せっかく姫ちゃんが頑張ってる姿を見学しに来たのにぃ……」
「止めろ。余計気持ち悪い」
「それだと僕がいつも気持ち悪いみたいじゃないか?」
「自覚がなかったのか……」
クネクネと気持ち悪い動きをする暁に対して、姫乃は呆れたように頭を抱えた。
そんな姫乃の様子も気にもせず、暁はパイプ椅子を引っ張り出し腰を下ろす。
図々しく寛ぎだした暁に、姫乃は溜息をついた。
「双﨑さんなら今日はいないぞ。妹さんのお見舞いに行くそうだ」
「ふーん……」
暁は興味がないような風にどこからか取り出したスナック菓子の袋を開けて無遠慮に食べ始めた。
そんな暁の様子を見て、「本当はそれが目的だったくせに……」と姫乃は心の中で思っていた。
「……良かったな、双﨑さん」
「ん~……そうだねぇ……」
暁はスナック菓子を宙に放り投げ、口でキャッチするような食べ方をしていた。
デモニアとして覚醒した後、志歩は妹とのことを話してくれた。
小さい頃からいつも一緒で、何をするにも妹は自分の真似をしてきたこと。
趣味、服装、好み……妹は何でも自分と同じでないと気が済まない
周囲の人々は、両親を含めその光景を微笑ましく見ていたらしいが、志歩は違った。
何をするにも真似をする妹が煩わしくて仕方がなかった。
自分の真似ばかりをする妹がいる限り、私はいつまでも
思春期を迎え、自己との葛藤が始まりつつあった志歩はそう思い詰めるまでになっていた。
その思いは、そのまま自然と妹への憎しみへと変わっていった。
その気持ちは年を重ねるごとに大きくなっていき、二人が小学五年生になった時にあの事故が起こった。
家族でピクニックに七佐山の展望台に行った時、景色を見ていた妹を驚かしてやるつもりで、その背中を軽く押した。
しかし、手すりが老朽化していたのか、妹はその体ごと展望台から落下。
生死の境を彷徨うも、何とか一命は取り留めた。
だがその代償として、妹は全身の自由を失った。
自分が妹を押したばかりに。
自分が妹に憎しみを抱いたばかりに。
何もできず、毎日毎日ベッドで横になることしか出来ない妹を志歩は見ていられなかった。
治療費のために忙殺される両親の姿を志歩は見ていられなかった。
そして、言えなかった。
妹を、家族をこんな風にしたのは自分であると。
「それが原因で、眠っていた魔核の活動が始まり、デモニアとなった……。まるで罪を犯して怪物になった物語の主人公のようだな」
「その罪悪感が無意識に
「双﨑さんが言ってたよ」
「ん?」
「『逢真先輩に言われて、ようやく気づくことが出来ました』って」
「そりゃあ良かった」
「まぁ、あの時は少しカッコつけすぎだったがな」
「男がカッコつけなくてどうするよ。特に女の子の前では」
※
分身体が消えた後も、志歩は自ら命を絶とうとした。
妹が落ちたところから身を投げて。
しかし、それを止めたのは暁の言葉だった。
「死ぬことは『償い』なんかじゃない。ただ自分の罪から逃げてるだけだ。どんなに苦しくても、自分の犯した罪の重さに押し潰されそうになっても生きて償わなきゃいけない。それが『罪を償う』ってことだ」
「逢真……先輩……」
「『灰色の魔王』の名の元に命じる。新たな愛すべき臣民、双崎志歩。生きろ。そして、妹のために悩み苦しみ続けろ。それが君の『償い』だ」
志歩はその場に泣き崩れた。
今まで抑えてきた反動からか、志歩の涙はしばらく枯れることはなかった。
※
「あれから妹さんや両親にきちんと話したらしい。本人もその時初めて知ったらしいが、妹さんは双﨑さんが押したことに気づいていたらしい。それでもずっと黙ってたんだな……姉が責められると思って……」
「そっか……」
暁は椅子に深くもたれ掛かる。
姫乃も動かしていたペンを机に置くと、椅子に背もたれながら大きく伸びをした。
「なぁ、暁……」
「何?」
「今度、繁華街にある『K’s』っていうファミレスに行かないか?」
「え……姫ちゃんまさか……ついに僕にデートのお誘いを……」
「双﨑さんがそこでバイトを始めたんだ。治療費を少しでも稼ぐためにな。その様子を見に行くだけだ。深い意味は断じてない。あ、神無とふらんにはもう話してあるぞ」
バッサリと否定され、暁はガックリ肩を落とす。
あからさまに落ち込んだ様子の暁を見て、姫乃はニヤリと笑う。
「もちろん、『王様』の奢りだからな」
「鬼かあなたは……」
「ああ、『吸血
畳み掛けるような姫乃の言葉に、暁は苦虫を噛み潰したような顔をする。
そんな暁の顔を見て、姫乃は噴き出して笑った。
《第一章 完》
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