第237話 集結

「ちょっとミドラスに寄ってくんねえか」


 壮年の猫人キャットピープルが、御者台に座るネスタに体を乗り出す。

 その言葉にネスタは軽く頷いた。


「通り道です。問題ありません」

「悪いな」


 それだけ言って、また荷台に戻り幌へと寄り掛かる。


「キルロは首尾よくやっているのかな?」

「さあ⋯⋯。でも、きっと大丈夫」


 猫人キャットピープルの向かいに座る親子と思われる壮年の男と青年も同じように幌に体を預けた。

 手綱を握るネスタが馬車の速度をひとつ上げると、車輪の軋む音が大きくなって行く。北を目指す馬車の速度が上がって行った。





 空を埋め尽くしていた黒雲は消えた。

 最後の一羽が、空から力なく落下していく。

 凍り付いたリザードマンを蹴り砕く、造作もないほど呆気ない終わりだ。

 激流は凍てつき、脆く崩れる。

 肩で息をしていたカズナの呼吸も落ち着きを取り戻す。

 鋭い目つきで戦場を見渡していた。


「おつかれさま」


 シルがカズナの肩にポンと手を置く。

 弓なりの双眸が笑みを湛え、終わりを告げる。


「フゥー」


 カズナは天に向かい疲労と共に大きく息を吐き出した。

 終わった? 違うな。

 こちらに近づいて来るマッシュのギラついた視線は終わりを告げていない。

 予想通りだったのか。

 カズナはまたひとつ息を吐き、頭をリセットしていく。


「シル、カズナもちょうどいい。ドルチェナからの報告だ」


 シルの双眸から笑みが消え、瞳が滾る。

 探し物が見つかった、次こそ逃がさない。

 カズナは少し可笑しくなってきた。

 マッシュの言っていた通りじゃないか、こっちが一枚上手だ。

 恐るるに足らん。


「カズナ、おまえさん随分と余裕があるな」

「こっちの予想通りダ。分があるのはこちらダ。違うカ?」

「ハハ。いや、確かにおまえさんの言う通りだな。ふたりとも一度テントに戻って休もう」


 マッシュはそう言って、ふたりの背を押して行った。



 長く感じた戦いも終わってみれば数刻の時しか経っていない。

 その短時間で受けた人的被害は甚大。

 戦い終えた戦士達が疲れ切った体を投げ出していた。

 今はまだ嘆く事さえ忘れてしまう程の疲労感に襲われ、人々は俯く。

 救護テントからは怪我人が溢れ、治療師ヒーラーが休む事なく光球を落とし続けていた。

 キルロは前線がダメならと何度となく救護テントに向かおうとしたが、その度に腕を掴まれ押し戻される。

 見に行くだけでもと懇願したが、見に行くだけじゃ終わらんとクラカンが前衛ヴァンガードらしい、がっちりした腕で何度も止めていた。


「終わったわ」


 ブレイヴコタン(勇者の村)の代表、シャロンが日焼けした顔を入口から覗かすと、一斉に立ち上がる。

 テントの外は疲弊と終わったという安堵が包んでいた。

 キルロもハルヲも勇者達もその光景に厳しい表情を浮かべていく。

 想像を超える被害の状況に、もうひと波を越える力は残っているのか?

 体力は?

 気力は?


「よお、団長の出番だな」

「マッシュ! カズナ! シル!」

「あら、ヤダ。そんなに心配しちゃった? 大丈夫よ、これが愛の力ってやつじゃなくて!」

「いや、どうかな⋯⋯⋯⋯? まぁ、無事で良かった。ユラとフェイン、エーシャは?」

「エーシャは元気だ。ユラはそこのテントの中だ、フェインは分からん」

「フェインは途中ではぐれてしまっタ」

「ユトも見当たらないのよ」


 最悪の事態が頭を過り、この場に沈黙が訪れる。

 一同が難しい顔を見せ、誰もが言葉を待った。

 重い空気を突き破るガラガラと騒がしい車輪の音。

 一台の馬車が、入口へと飛び込んで来た。

 キルロはその御者台に座る人物に目を見張り駆け寄る。


「ネスタ!? なんでここに???」

「お久しぶりです。なんでとおっしゃられても、これでも中央セントラルの兵士ですからね」


 ネスタはいたずらっぽく笑みを浮かべ、荷台を差した。


「はぁー?! 親父、兄貴?? えええ? ヤクロウ!? 何やってんだ??」

「っていうか、エレナ!!!!! あなたどうしたの?」


 キルロとハルヲが荷台にいる人達に驚きを隠さない。

 この場所に似つかわしくない顔ぶれに、頭がついていかなかった。


「呼びつけておいて何やってるはねえだろう。お嬢はオレが連れてきた、おまえの所の団員だろう?」


 ヤクロウの言葉にヒルガとアルタも続けた。


「手伝いに来たぞ」

「そういう事だ」


 満面の笑顔を向けるヴィトーロイン家と仏頂面のヤクロウ、そして遠慮がちなエレナが荷台から降りて来る。

 その姿にキルロとハルヲは呆気に取られるだけで、そも光景に目を丸くしていった。


「ハルさん、キルロさん、みなさん無事で。キノー! 大丈夫? 無理してない」

「うん」


 エレナはキノをきつく抱きしめると、すぐに顔を上げた。


「ユラさんとフェインさんは? エーシャさんはどこですか!?」

「エーシャは元気だ。ユラは救護テントだ、フェインはまだ確認出来ていない」


 キルロの難しい顔を見つめ、エレナは口をきつく結んだ。


「大丈夫です。きっとフェインさんは大丈夫です。さっさと動きましょう」

「彼女の言う通りだ。私とアルタは治療師ヒーラーが必要な所に行きたい、どこかな? キルロ。おまえはおまえのすべき事をするのだよ。ここはまかせなさい」

治療師ヒーラーはこっちだ!」


 ドワーフの女性に案内され、ヒルガとアルタは救護テントの中へと向かった。


「こっちはどうすればいい?」

「薬剤師だろう、薬をたんまりと頼むよ」


 ヤクロウの言葉にマッシュが答える。

 ヤクロウはひとつ頷き続けた。


「回復薬か?」

「それと、疲労を回復する薬を頼む。あまり休んでいる時間がないんだ」


 ヤクロウはレグレクィエス(王の休養)の惨状を見渡して、マッシュを見つめる。


「難儀だな」

「だから、優秀な薬剤師を引っ張って来たんだ」

「まったく、おまえらは⋯⋯。おい! お嬢、手伝え。それとひとつ空いているテントと広めのテーブルを貸してくれ」

「こっちだ」

「行ってきます! 絶対元気に帰りましょうね!」


 エレナはそう言い残し、ヤクロウと共に案内されたテントへと吸い込まれた。

 一瞬何が起こったのか分からない程の困惑と混乱。

 結局、なんでここにいるはずじゃない人がいるんだ? 首を傾げているキルロにマッシュがニコリと笑う。


「オレが中央セントラル経由でお願いしておいた。間に合って良かったよ」

「いつの間に!?」

「エレナは声掛けていなかったんだが、ヤクロウが連れてきちまったか」


 開いた口がふさがらないとはまさしくこの事。

 困惑の色を濃くするキルロの隣でハルヲもまた困惑の表情をマッシュに向けていく。

 

「連れてきちまったって、一声掛けてくれても良かったじゃない」

「言わなかったっけ? すまんな」

「もう!」

 

 親父と兄貴がいれば救護テントは大丈夫だ。

 しかし、フェイン⋯⋯。


「すいませんです。寝ていました。終わってしまったのですか?」

「いや、本番はこれからだ」


 頭を掻きながら、救護テントからフェインが出て来ると、真っ先に気がついたマッシュが短い言葉で現状を伝える。

 無事で良かった。一同がその姿に安堵の溜め息を漏らす。


「ユトも心配ね」


 ハルヲがシルを気遣う、シルはハルヲの肩に手をやり弓なりの双眸から笑みをこぼす。


「大丈夫。しぶといやつだから」

「あ! ユトさんならそこで治療を受けています。ユラと一緒で重傷なので時間かかりそうですけど⋯⋯そういえばテントにキルロさんのお父様とお兄様にそっくりな人いましたよ。世の中にそっくりな人が三人いるって本当なのですね」

「あ⋯⋯フェイン、あれ本物だから」

「え? ぇぇぇぇえええええー! なんでです? どうしてです?」

「ヤクロウとエレナもいるから」

「ええええ??? ここアルバですか? 寝ている間に運ばれたのですか?」

「ま、細かい事は気にせず行こう。どうやら次が控えているらしいぞ」


 キルロの言葉でフェインの表情が一気に厳しいものへと変わった。

 一同がフェインとユトの安否に一息ついていると、またガラガラと入口が騒がしくなっていく。

 馬車が次から次へと飛び込んで来た。

 真っ先に降りたドワーフが怪訝な表情で辺りを見渡す。

 首を傾げ、呟く。


「これもう終わちまったのか?」

「終わっとらんわ。ヌシは遅えぞ」

「そう言うな、リグ。かき集めるのに苦労したんだ」


 【ブルンタウロスレギオ(鉛の雄牛)】団長、フィンが笑みをこぼした。

 素早い手つきで馬車から下ろす補充物資の量に、キルロ達は目を丸くしていく。

 その横にまた一台馬車が到着した。

 見覚えのある猫とエルフのハーフ、【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】団長のオットが義足と思えぬ軽やかな動きで馬車から飛び降りる。

 キルロを見つけると満面の笑みを浮かべ駆け寄った。


「やあ。随分と派手にやったね。これで終わり? ⋯⋯ではなさそうだね」

「言う通りこれからだ」

「ぎりぎり間に合ったって感じだ」

「オットもマッシュに呼ばれたのか?」


 オットは不思議そうに首を傾げて見せる。

 あれ? 違うの?

 思ってもいなかった反応を見せるオットにキルロは困惑するだけ。


「こいつは呼ばなくても来ると思って、声を掛けなかったんだ。な、来たろう」


 マッシュが満面の笑みを見せた。

 オットはそんなマッシュの笑みに苦い笑みを返す。


「何だかマッシュの手のひらで踊っているみたいで悔しいね。まったく相変わらず策士だ」


 オットはそう言うと眉をひとつ動かし苦々しい顔をしてみせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る