第233話 激流と黒雲

「ユラーーーーーッ!」


 カズナの叫びが轟く。

 ユラに降り注ぐ飛竜ワイバーンの脳天に蹴りを入れた。

 その刹那、リザードマンに飲み込まれていくユラの姿が視界に飛び込む。

 無防備に転がるユラの元へとリザードマンを薙ぎ払い、道を作っていく。

 思うように繋がらないユラまでの道程にカズナは苛立ちを隠さない。いくら薙ぎ払えども、その道程を感情の無い縦長の瞳孔がぬるりと塞いでしまった。


「どケッー!」


 カズナの咆哮にフェインもただならぬ気配を感じ、すぐに飛び込んだ。

 状況は最悪に近い、フェインはつり上がる瞳をさらに険しくさせ拳を振るう。

 盾を力なく構え、地面に転がるユラが見えた。

 抉れた脇腹に血溜まりを作り、浅い呼吸を刻んでいる。

 すぐそこのユラに届かないもどかしさがふたりを苛む。


「大丈夫か!?」


 リグが大楯でリザードマンを押し返していく。

 その一瞬をつきカズナはユラの元へ飛び込んだ。

 カズナはユラの両脇に腕を突っ込み急いで立たせ、フェインが力まかせにふたりを引きずり脱出を図る。


「はぁああああ!」


 フェインが吠え、最大速で現場から遠ざける。

 力なくうな垂れるユラを睨み、必死に引きずった。


「あとはまかせロ」


 カズナはフェインにそれだけ言い、ユラを抱きかかえレグレクィエス(王の休養)の治療用テントへ駆ける。

 息が弱い。

 蒼白の顔面は血を流し過ぎていると言っている。

 急げ。

 走れ。

 間に合え。

 兎の足は誰よりも早くユラを運ぶ。

 入口を抜け、真っ直ぐ治療師ヒーラーのいるテントへ飛び込んだ。


「重傷ダ! 誰か頼ム!!」


 飛び込むなりカズナは叫んだ。

 呻きすら上げる事の出来ないユラの姿に、エルフのマーラが顔を一瞬しかめ、すぐに鋭い視線を向けていく。


「【スミテマアルバレギオ】ね。大丈夫、任せて」

 

 落ち着きあるマーラの言葉にカズナは大きく頷き、ゆっくりとユラを寝かした。

 大切なものが壊れないように。

 簡単に砕けてしまうガラス細工を扱うように丁寧な手つきで、そっとマーラの前に置いた。

 マーラはすぐに詠唱を始め、ヒールを落としていく。

 その姿を確認し、カズナはまたリザードマンの大群へと駆け出した。



 飛竜ワイバーンの黒雲が頭上を覆い始め、矢のように地上に降り注ぐ。

 次々と降り注ぐ特大の矢が、リザードマンを相手取る戦士ファイター達を恐怖に陥れた。

 目の前に集中すると、頭上から特大の矢が降り注ぎ、頭上に気を取られると黒い大群に飲み込まれてしまう。

 前衛ヴァンガードの壁はすでに決壊し、大群が激流のように押し寄せて来ている。

 そこら中から叫びが上がり、誰もが体に傷を負っていた。


「どいて! 【雷光ブロンテ】」


 雷光を横一閃。

 焼け焦げたリザードマンの体がプスプスと煙を吐き、地面に投げ打っていく。

 エーシャがヘッグの手綱を握り締める。

 次はどこ? その隻眼が忙しなく危機を探す。

 地面を睨み、空を見つめ、その隻眼が険しい表情を見せる。

 降り注ぐ特大の矢を睨み、一瞬の逡巡。


「ヘッグ! 行くよ!」


 ヘッグの俊足が降り注ぐ飛竜ワイバーンへと向いた。



 弩砲バリスタを撃ちまくる。

 体が反転しそのまま落ちるもの、羽ばたきが止まりそのまま落下するもの、その豪砲は次々に空に穴を開けていく。

 だが、黒雲に穴は開かない。

 リザードマンの激流も、並ぶ砲台に迫る。

 焦りはミスに繋がる。頭の芯は常に冷たく。

 ハルヲは冷静に現状を見つめていた。

 自分に出来る事を的確に、今は飛竜ワイバーン

 迫り来る激流を注視しながら、空を睨んだ。

 エッラとふたり、淡々と撃ち、落とし続ける。

 次。

 次。

 次⋯⋯。

 迫る激流の足音が地響きとなり足元から伝わって来た。

 心臓が高鳴る、激流の姿をはっきりと視界に捉える。

 それでも黒雲に穴を開けるべく、撃ち続けた。

 

「あっぶねえー、間に合った」


 傷だらけの犬人シアンスロープ、コクーと同じように傷だらけのナワサが弩砲バリスタの前へ立ち塞がった。

 ふたりとも頭から流れ落ちた乾いた血の跡が生々しい。

 そんな姿ながらもハルヲに笑顔を向けた。


「ハルちゃーん、久しぶり。下は任せて、全力で食い止めちゃうから」

「こっちも守ってくれよ」

「てめえはてめえで何とかしろ」


 砲座からエッラが軽口を叩く。

 この緊迫した状況でも軽口を叩き合う【ブルンタウロスレギオ(鉛の雄牛)】の連中にハルヲの心持ちも軽くなっていった。


「宜しくね」


 空中を睨みながら、コクーとナワサに言葉を向けた。


『任せてよ!』


 ハルヲからの言葉にふたりは俄然、やる気を見せて行く。


「ハル、オレも忘れるな」

「マッシュ!?」

「回復薬ないか? あれに備えたい」


 マッシュは激流の方を向いた。

 ハルヲは撃ち続けながら、頷く。


「クエイサー!」


 奥で待機していたクエイサーがタッタッタッタッと軽い足取りを見せた。

 サーベルタイガー用に作ったベヒーモスの外套を被せられ、美しい白い毛並みを黒く隠していた。


「右側のバッグに入っている」

「貰うぞ」


 空を睨みながらハルヲが言うと、マッシュはクエイサーのサドルバッグからアンプルを数本取り出し、まず一本渋い顔しながら飲み干した。


「コクー! ナワサ! ハルヲンスイーバ特製だ。飲んでおけ」


 アンプルをとふたりは受け取ると、すぐに飲み干した。

 渋い顔を見せながらも、笑顔を見せる。


「こいつは効くな」

「気合入り直した」


 迫り来る激流を睨み、ふたりはやる気を見せる。


「それじゃあ、ハル行って来る。上は頼むぞ」

「全部撃ち落としてやるわ、任せて」


 ハルヲは撃ち続けながら、そう答えた。

 互いの信用に応えようと、瞳に力を込める。

 マッシュはゆっくりと体を揺らしながら、激流へと歩み寄っていく。


「おまえさん達、準備はいいか? 弩砲バリスタはこちらの生命線だ。守るぞ」

弩砲バリスタじゃなくて、ハルちゃんを守る」

「ナワサ、たまにはいい事言うじゃん。それよ、それそれ」

「おまえさん達、相変わらずだな。まぁ、確かにハルに何かあったら団長に合わせる顔ないからな。行くか」

「おう」


 三人は静かに顔を見合わせた。

 武器を握る手に今一度力を込めて、激流へと飛び込んで行く。



 入口付近にまで、上空から降り注ぐ特大の矢が散見し始めると、地上で激流の抗う人々を嘲笑うかのようについばんでいくのも見え始めた。

 鳴り止まない、悲鳴と怒号。

 弓師アーチャー魔術師マジシャンを率いる、シルの顔は曇る。

 落としても、落としても。

 吹き飛ばしても、吹き飛ばしても。

 止まらぬ矢の雨と、黒い激流。

 矢を放ちながら、必死に状況を精査していく。

 入口から激流へと躊躇なく飛び込むカズナの姿が見えた。


「そうよね⋯⋯。リベル! ここは任したから!」

「ちょっと、シル!」


 弓なりの双眸は厳しく見開く、矢筒を背負いカズナの後を追う。

 一撃必殺で激流を進むカズナの後ろで、矢を構えた。


「カズナ! 下はお願い。上は何とかするから!」

「わかっタ!」


 シルはカズナの後ろで大きく息を吐き出した。

 激流に降り注ぐ、特大矢の雨へと迫って行く。

 降り注ぐ特大の矢へ一矢を放ち、抗った。

 シルに眉間を射抜かれた飛竜ワイバーンが、激流へ飲み込まれて行く。

 休む事の無いシルの連撃。

 間髪入れずに二の矢、三の矢と放ち続けた。

 地面に転がる飛竜ワイバーンの眉間から流麗な動きで矢を引き抜き、流れる動きのまま射抜く。

 矢筒から取り出しは射抜く、飛竜ワイバーンから引き抜いては射抜く、止まる事のないシルの演舞が続く。

 流れるように無駄のない流麗な動き。

 誰もマネする事の出来ないシルの動きを背中で感じながら、カズナも目の前の激流に抗う。

 回し蹴りを横一閃、鉄の塊がリザードマンの頭蓋骨をまとめて粉砕していった。

 シルを狙う牙をカズナの拳がへし折り、カズナに伸びる必中の矢を、シルの矢が亡きものへとしていく。

 止まらない、ふたりの動きに躯の数は飛躍的に増えていった。

 ふたりの動きが呼び水となり、幾人もの弓師アーチャー戦士ファイター達を救うべく前線へと駆け出して行く。

 ウォルコットは剣を槍に持ち替え、降り注ぐ飛竜ワイバーンを斬り刻んだ。

 動ける負傷者が中のテントから入口へ槍を積んで行く。

 戦士ファイター達が槍を掴み、また前線へと駆け出して行った。

 動けなくなった人、動かなくなった人、悲しみに耽る間もなく人々は動く、動き続ける。

 これを切り抜け一矢報いる、それだけを胸に戦場を駆け抜けていく。

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