第230話 マッシュ・クライカの逡巡

 光の種? 何かを現しているのは間違いないが、お伽話の話だ、想像すらつかんな。

 マッシュは考えるのを諦め、無駄な努力はしない事とした。

 何人もの人間がマッシュと勇者ふたりのやりとりに耳を傾け、マッシュと同じように頭を悩ます。

 この短時間で状況が目まぐるしく動く様は、ジェットコースターのように乱高下を繰り返す。


「それについては、向こうが落ち着いたら話そうか」


 アステルスが、戯れるキルロ達を差していった。

 いつの間にかキノもその輪に加わり、ハルヲやシル達とはしゃいでいる。

 その姿は微笑ましくもあり、緊張感が欠落しているようにも見えたが、その姿に安堵を覚えるのもまた事実。

 と、それとエーシャだ。

 あいつ、あの様子だと知ってやがったな。


「エーシャ。おまえさん、この事を知っていたろう」

「ははー、バレた。まぁね、でも聞いたのはここ(スミテマアルバレギオ)に入れて貰おうと思った頃だよ。結構最近」

「なんで、教えてくれなかったんだよ」

「いやぁ、だって私が言っても信じて貰えなかったでしょう。やっぱり勇者様から言って貰わないとさ。ねぇ~、アルフェン」


 アルフェンはいきなりの投げかけに少し困惑して見せたが、すぐにいつもの笑顔を見せる。


「ウィッチであるエーシャも僕達と同じく、救済者メシアに仕えし一族なんだ。先にエーシャと出会っていたから救済者メシアが見つかるまでは、ウチで預かるつもりだったのに、エーシャにはとても悪い事をしてしまった。勇者のパーティーにいた方が安全だと思っていたからね」

「もう、いいわよ。過ぎた事だし」


 エーシャは肩をすくめて見せた。

 いろいろなものを最初から仕組んでいたのか? まさかオレ達も? いや、オレは自分の意思で入団したし、こっちから誘ったのはフェインだけ? いや、フェインも面接に来たひとりだから自らの意思になるのか。

 何から何まで仕組んだわけではない? あんまし深く考えなくていいのか。

 逡巡しているマッシュをアルフェンは一瞥する。


「何から何まで仕組んではいないよ。特に君達に関してはハルヲンスイーバ・カラログース以外、僕らはノータッチだよ。彼が自らの意思で選んだ。僕が言ったのは何より信用出来る人間を仲間にしなさいって言っただけ。至って普通の助言でしょ」

「まぁ、確かに⋯⋯」


 まるで、心を読んでいるかのようのアルフェンの言葉。

 これだから勘のいいやつらは敵わんよ、マッシュは嘆息しながらアルフェンを一瞥した。


「なぁ、アステルスもアルフェンも話を聞いたって事は、キルロがアントワーヌを疑っているって分かっているんだろう? その辺りはどう思っているんだ、オレは正直、まだ信じ切れない部分もある。どうだ?」


 話を聞いていたウォルコットが割って入った。ストレートな物言いで気になる事を問いていく。

 受け入れると決めたが、煮え切らない心持ちはどうにもならないって所か。

 真剣な眼差しを向けふたりの言葉を待った。

 マッシュも確かに気になっていた。

 団長も気にしているに違いない。

 ふたりの言葉をその口からやはり聞きたいものだ。

 アステルスとアルフェンのふたりは溜め息をつきつつ、重い口を開く。


「正直な所、残念って所かな。何と言っても兄、身内だしね。信じたくないというのが本心だけど、事実は冷酷だね」


 淡々と語るアステルスの言葉にウォルコットは眉をひそめる。

 勇者は救済者メシアに付き従う、キルロがクロと言ったらそれに従うが、クロとは思っていないのか⋯⋯いや、残念って事はすでにクロと考えているんだ。


「キルロ・ヴィトーロインの言う通り、兄が反勇者ドゥアルーカである可能性は高いよ。彼が言った通り、残念な事にいろいろなものがピタリとあてはまってしまうしね。僕もひとつ、兄が反勇者ドゥアルーカだと、彼が言っている理由とは別の理由で、しっくり来てしまう事があるんだ」

「それはなんだ? しっくりくる事って?」


 団長が言っている事以外に当てはまる⋯⋯。

 マッシュはアルフェンの言う、もう一つについて考えてみたが、これもまた思いつく事柄がなかった。

 

「エーシャの襲撃事件。殺さずに再起不能にした。まあ、しっかり再起したけど。エーシャの価値を知っており、エーシャの役割を知っている人物が関与している事は想像がついたけど、反勇者ドゥアルーカがウィッチの事を知っているとは、とても思えなかった。知る術を持っていないからね。ただ、兄が関与しているとなると話しは別。すべてが噛み合ってしまう」


 アルフェンの言葉にマッシュが少し違和感を覚えた。

 何だ? 何か引っ掛かる。

 目を閉じ、深く逡巡する。

 ウィッチの役割と価値。

 殺さなかったって事は、価値や役割を利用したい⋯⋯。

 あ! そうか。


「反勇者じゃない! 反救済者って事か⋯⋯。いや、ちょっと何かがしっくりこない⋯⋯。でも方向性として間違ってはいないはずなんだが⋯⋯」

「マッシュ? 何を言っているのだ??」

「ウォルコット、アントワーヌは別に勇者に抗おうとしているわけじゃないんだよ! 救済者に抗おうとしている? いや、抗うってのが何かしっくりこない⋯⋯」


 マッシュは漠然と何かが掴めそうで掴めない感じがもどかしかった。その場をうろうろと歩き回り、落ち着かない様を見せている。


 アントワーヌは救済者メシアをどうしたい?

 消したい? 

 消してどうする?

 ひとりでぶつぶつと呟くマッシュに、アステルスとアルフェンのふたりにウォルコットは怪訝な表情でマッシュを見つめた。


「勇者である者が、救済者メシアを消してどうする? ウィッチをどうしたかった?」


 見えそうで見えない苛立ちに髪を掻きむしった。


救済者メシアになりたかったりして⋯⋯だったり⋯⋯なんてですねぇ。あ、でもどうやったってなれませんですね⋯⋯」


 フェインが照れを隠しながらボソッと呟く。

 マッシュはその言葉に目を剥くと、フェインの両肩を握り、激しく体を揺さぶる。


「それだ! アントワーヌは救済者メシアになりたいんだ! 辻褄があった」

「どういう事だ?」


 相変わらず怪訝な表情のウォルコットが、さらに困惑を深めていく。

 周りで話を聞いていた者達も顔を見合わせて、首を傾げている。

 アステルスとアルフェンも例外ではなく、笑顔は消え困惑の表情を浮かべた。


「どういう事だい? それは。兄は救済者メシアになりたい? なろうとしていると君は考えたのかい?」

「そうだ。アントワーヌは救済者メシアになりたいんだ。団長の言ったようにここを足掛かりにしてミドラスと中央セントラルを落とす気だ。その道中、嫌でも【イリスアーラレギオ】、【ノクスニンファレギオ】、【ブルンタウロスレギオ】、【ブラウブラッタレギオ】そして【スミテマアルバレギオ】が迎え撃つ。それを潰す事が出来れば、あとは簡単だ。世界をリセットし、自らが光の種を最北、最果てへて運べば新しい救済者メシアの誕生だ。そしてその過程でウィッチが必要と判断しているんだ」

「うーん、でも、それは無理だと思うよ。光の種は向こうにはないもの」


 アルフェンが肩をすくめた、その言葉にマッシュはピクリと反応する。

 ウォルコットは眉間に皺を寄せながら口を開いた。


「こっちから奪う気なんじゃないのか?」

「無理だね」

「作るってのはどうだ? 詳しくは知らんがオットとライーネが調べている文献に伝承の内容が多いんだろう? 伝承を自らの手で作ろうと研究していた可能性は?」

「あるな」

「いや⋯⋯、どうだろうか」


 ウォルコットの意見にマッシュと勇者ふたりで意見が分かれた。

 ウォルコットの意見は辻褄が合うし、アッシモの役割も説明出来る。


「アステルス、アルフェン。ウォルコットの言う事はあり得るぞ。誰がモンスターを増やせると思った? 誰がデカイ化け物を操れると思った? 有り得ないと思う事は逆に危険だ。ウィッチは作れないから殺せなかった。他は準備が出来たと考えてもいいのではないのか? 世界をリセットして、自らが救済者メシアとなる。アッシモがそれを支える。有り得ない事をやってのける前人未到の挑戦にヤツの脳味噌は震えているかも知れんぞ」


 アステルスとアルフェンの顔はより厳しいものになっていく。

 有り得ないと思うのは危険というのはまさしくその通りだ。

 現に今、自分の兄弟が裏切りここを危険に陥れるという、有り得ない状況がここにある。

 次はこの世界全体を陥れるかもしれない⋯⋯。


「確かに、マッシュ・クライカ。君の言う通りだ。有り得ない事が有り得る可能性はとても高い。しかし、困った兄だね。なんとしても止めないと」

「あんた達が頭の固い輩じゃなくて、助かるよ」

「残るはセルバね」


 横でやり取りを見守っていたリベルが口を開いた。

 微笑みを絶やさない細い眼が、見開くと瞳の奥が滾る。

 冷ややかにも見えるその表情から怒りが溢れ出していた。

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