第205話 狼煙の燻り
剝き出しの木目が囲む、
そこに置かれた長いテーブルに腰を掛けていた。
ブラブラするのも飽きたし、これと言って何も起きない。
ガトの潜入事件の直後、アルバの警備は格段に厳しくなった。
それでも何人か、オーカから潜り込んだバカなヤツらを2、3発ぶん殴ったが、ここ最近はそんな事もなくダラダラと過ごす。
ヒマだ。
今や、リブロの最大の敵を退屈だった。
テーブルにだらしなく顎を預け、ゆるやかな時間に身を委ねる。
ヴィトリアの街は性に合わないし、アルバに遊ぶ所などない。
「ヒマだーーー!!」
とりあえず叫んでみたが、そのあとは溜め息しか出てこない。
「リブロさん、ここでしたか」
「コラットか、どうした」
「リブロさんに会いたいと、この間の
顔なじみの
この間の猫? ガト? 戻ってきた? どういう事だ?
ちゃんとオーカに戻って、なんか伝言でも預かっているとか?
あるな、それ。
「よし、いいヒマ潰しになるかもしれん。行こうか」
コラットの肩に手を回し、入口へと意気揚々と向かって行った。
「⋯⋯⋯⋯おい、おい、小僧、おい!」
薬品の匂いが充満する執務室、ヤクロウがグニグニと足蹴にしていく。
カーテンを閉め切った、とても健康的とはいえない部屋。
ヤクロウはやり切った達成感と安堵感に上機嫌だった。
床に散らばった、殴り書きのメモが舞い上がるとキルロが上半身を起こしていく。
目の下にクマを作り、この空間と同じように健康的にはとても見えない。
布団代わりにしていた、走り書きのメモの山を蹴散らし大きく伸びた。
「なんだ、次は何をする? ふわぁ~」
大あくびと一緒に面倒臭そうに声を掛けた。
ヤクロウがひとつ睨み、指でつまんだ紫色の粒を見せる。
小さな、いかにもケミカルな色合いの粒にヤクロウは満面の笑みを浮かべた。
「出来たぞ!」
「うん? ううん? おおー!? 出来たのか! すげえ! 早かったな!」
キルロはその極彩色の粒を見つめ感嘆の声を上げた。
これで、あのただれたエルフ、ヤルバの言葉を引き出せる。
「ただしだ。あくまでも試した分けじゃねえから、理論上の完成って言った方が近い。だだ漏れしている快楽物質を強引に堰き止めて正気に戻す⋯⋯多分な。治る分けじゃねえから、また快楽物質が溢れ出せば薬の効能はジエンドだ。どのくらいの時間、堰き止めるかは分からん。その程度の物と考えてくれ」
「分かった」
ヤクロウから怪しい色合いを見せる抗楽剤を受け取り、胸のポケットへ大事にしまった。
準備は出来た、リブロの元へ急ごう。
「ヤクロウ、助かったよ!」
「どうせ頼むなら、こういうのにしてくれよ。事務仕事とかは性に合わん」
「分かった、分かった。考えておくよ。じゃあまたな」
キルロは生返事を返し、部屋をあとにした。
さて、リブロはどこほっつき歩いているのやら、仕方がない探すか。
アルバのメインストリート⋯⋯というほどのものでもないが、市場の立つ通りをまずは探した。
そういや、あいつは待っている間、何していたんだろう?
そんな事を考えながら通りを進んでいく。
すっかり、ほったらかしにしていたな。
なんか人が多くないか? 街を見回しながら少しばかりの違和感を覚える。
見知った後ろ姿を見つけ、声を掛けた。
「ヨルセン!」
「領主様」
「リブロを見なかったか?」
「入口か待機所だと思いますよ」
「ありがとう、行ってみるよ」
笑顔のヨルセンに礼を言い、待機所へと向かった。
入口から中を覗く。
長いテーブルにリブロと見知らぬ
真剣な顔つきで何やら話し込んでいる姿が映った。
「リブロ! この人達は?」
「よお、現れたか。こいつらは⋯⋯まぁ、ちょっとした知り合いだ。オーカの話を持ってきた。あんたもこっち来て話聞こうや」
オーカ、マッシュ達の現状。
キルロはひとつ頷き、リブロの横に腰を下ろした。
茫然自失。
客間に座るエルフ達は、しばらく一点を見つめ思いに耽った。
目を閉じる者、テーブルを睨む者、天井を仰ぎ見る者、真っ直ぐ前を見据える者。
誰もが考えたくもなかった現実を直視する。
直視出来ない現実を、直視しなくてはならなかった。
「ねえねえ、他には思い当たる節ってないの? 何か手掛かりとか隠れているかもよ」
バラバラだったエルフ達の視線がエーシャに向けられる。
ユトが普段しない険しい顔を見せた。
「あの【吹き溜まり】での事後処理。僕とカイナが中心となって動いたけど、仕切りはカイナだった。僕はそういうキャラじゃないしね。カイナの言われた通りに捜索し、何も出なかった。カイナのいいように動かされていたとしたら、あそこに隠されていた重要な何かはカイナが破棄、または持ち出したのかも」
ユトの言葉を受けてハルヲは何かに気が付いた。
なぜこうも悪い方へは簡単にストーリーが出来てしまうのか。
「そうか。その何かをあの焼けた小屋へ隠した。持っている事がばれると
「ほとぼりが冷めた頃を見計らって、回収に向かった所を兄妹に目撃された。そんな感じかしら」
シルも同じような絵図を描いた。
ピースが上手くはまっていく、
「
「そうね。そう考えるのが今となっては至極当然ってとこかしら」
ユトとシルのどこか覇気のないやり取り、次々と見えてくる事実に目を背けてしまいたい。
今までの全てが虚であり、事実は隠蔽されていた。
さすがのシルも精神的に参ってしまう。
ハルヲは横目でチラリとシルの表情を覗く、疲れた顔見せている。かと言って、投げ出すわけにも行かない。
いや、投げ出すという言葉はシルの頭の中にはきっとないはずだ。
追い打ちと分かっていても言わなくてならない、ハルヲは重い口を開く。
「今回の獣人街での爆発はカイナの自作自演だった可能性は否めない。そう考えると、さっきユトが言ったように嘘の情報をばら撒き、焦燥感を煽る。何を持って機としたかは分からないけど、捨て身でシルパーティーの壊滅を狙った」
ハルヲの言葉に思い当たる節があるのか、エルフ達は大きく嘆息し、嘆く様を見せていく。
カイナも重症を負ったが、唯一動けた。
爆発する事は知っていた、構える事なら出来る。
ハルヲの言葉を受け、マーラは俯きながら口を開いていく。
「扉を開けたのはカイナ。もし、その扉に鉄の板でも仕込むなりすれば、自分だけは助かる道を作れるわ。それに開けるタイミングも今考えればおかしかった」
「開けるタイミング?」
ハルヲがマーラの言葉に引っ掛かりを感じ、小首を傾げた。
ユトはマーラの言葉に目を剥いていく。
「確かにそうだ。普通ならシルの号令で開けるのに、あの一瞬、シルの言葉を待たずに開けた。その一瞬の違和感に僕はマーラを突き飛ばせた」
「シルどう? なんか覚えている?」
シルはこめかみを指で揉み、急速に積み上がる疑惑の束を整理していた。
厳しい目を向ける、徐々に瞳に力が戻る。
逡巡しながらも口を開いていった。
「そう、あの時一瞬違和感を覚えて思考が止まった。それで考えようかと後ろに身を引いた所にあの爆発。アイツは勝手に開けて引き金を引いたのだ⋯⋯」
まるで自分自身に言い聞かせるかのように、シルは言葉を紡いだ。
肯定されていく事実を、否定したい心がまだ残っていたのか。
自分自身を吹っ切る為に紡ぐ言葉と、事実なら許す事の出来ない愚行。
シルの中でカイナに対して、追跡者の顔を見せていく。
「そうか、アイツはある意味失敗したのだ。ユトの機転、ハル達の救助。殲滅するはずが出来なかった。次はどう動く? 潜伏? いや⋯⋯、失敗したのだ。何かで補填する動きを見せるはず」
シルは集中を上げていく、呟く言葉にユトやマーラ、ハースがシルに向かう。
反撃の狼煙が静かに燻り始めた。
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