第179話 洞口
「フェイン!」
一心不乱に岩をどけていた。
隠れていた洞口の隠れていた口が不気味に姿を現し始める。
その大きくない洞口を前に妙な胸騒ぎを憶え、背中に一筋の汗が流れ落ちた。
「どれ、代われ」
ウルスがフェインに声を掛けると、振り向いたフェインの顔は額の汗に土埃がこびりつき顔を土だらけにしている。
体中も土埃にまみれ、体を起こすと一緒に汗をぬぐった。
「おつかれさん。フェインの読み通りだな」
キルロが労うと土まみれの顔で相好を崩した。
隠された洞口。
何を隠したかった?
イヤな感じしか伝わらない。
ウルスとユラのドワーフコンビが作業を始めると、みるみるうちにその隠れていた口が全容を現した。
「行こう」
細かい事は言わなくても全員の思考は同じ方向を向いていた。
この隠された口にオット達が飲み込まれたに違いないと。
洞窟の中は自然に作られた、なんの変哲もない一本道だ。
少し狭い洞窟内を急ぎ足で進む。
気が逸る。
気が付くと急ぎ足は小走りになっていた。全員が感じる危機感と焦燥感。
急げ。
しばらくも行かないうちに、道は閉ざされた。
積み上がる岩が行く手を阻む。
「どう思う?」
「どうもこうもないじゃろ。道を開けるだけじゃ、娘! 手伝え」
「ユラだ! 名前くらい憶えろ、クソジジイ」
キルロの問いかけに答えるや否や、ドワーフコンビが再び岩をどかし始めた。
「あのよ、あのよ、そっちじゃなくてこっちからだろうが」
「何言っておる、そこからいったらここがいかんだろうが」
ふたりは罵り合いながらも慣れた手つきで岩をどかしていく。なかなか奥が見えてこない様にジリっと焦燥感がにじり寄った。
「おーい! 上が開いたぞ」
ユラの声に上ろうとするキシャを、マッシュが止める。
「団長、急げ!」
マッシュの声に急いでキルロが上へと昇り、微かな光を頼りに中を覗き込んだ。
「なんか空間が見える! なんだ?! この臭い?」
立ち込めるすえた臭いに、肉の腐った悪臭が漂ってきた。
生臭さともいえるイヤな臭いに吐き気を覚え、魔法が灯る枝を空間へと投げ入れた。
!!!
「おい! 灯り寄こせ! 早く! ハルヲ! バックパック持って来てくれ」
灯りを受け取るとすぐに空間へと体を投げ入れた。
岩の上を転げ落ちるように中へと入っていく。
人がいる、何人もの人がいる。
ただ、立っている人、座っている人がいない。
全員が地面に倒れている。
ハルヲがすぐに見つけた燭台に火を灯すと、徐々にその光景が明らかになっていった。
血だまりに浮ぶ人、転がるダイアウルフ
いくつもの肉片が地面へと転がっている。
吐き気を催すほどの腐臭を忘れてしまう凄惨な光景が広がっていた。
「キルロ!」
口を布で塞ぐハルヲが布切れを差し出していた。
すぐにハルヲと同じように口と鼻を塞ぐ、それと同時にやるべき事を思い出す。
「誰か!!」
ハルヲが叫ぶ。
うつ伏せになっている人間を返し、確認していく。
「おい!」
キルロもハルヲに続く、ひとりひとり確認していく。
声を出し、反応を見ていく。
誰もが思う、地獄だと。
絶望的状況だと。
それでも微かな望みにかけてふたりは声を掛け続ける。
「なんだ⋯⋯これ⋯⋯⋯⋯」
キシャが絶望に飲まれる、フェインが隅で嘔吐する、エーシャがやっとの思いで中に入り絶句する。
キシャが血だまりに膝をつき、先の戦いで仲間を失いギリギリつないでいた気持ちがプツリと切れてしまった。
ついた膝がじわじわと濡れていく、流れ出た生乾きの血が膝を濡らしていく。
くやしさが力になっていかない、怒りになっていかない。
悲しさだけが心を満たし体に力が入っていかない。
パシッ!
両頬に小さな手が打ち付けられた。
「悲しむのはあと! やるべきことをしなさい! 副団長!」
ハルヲがキシャの頬を叩く、絶望するにはまだ早い。
キシャが顔を上げると【スミテマアルバレギオ】のメンバーが布で口を覆い生存者を必死に探していた。
キシャもゆっくりと体を起こし、確認作業を急いだ。
「団長! 息あります!」
「こっちも! ヒール掛けておく!」
フェインの声の元へと急いだ、横たわる重装備の男。
クラカン!
息が弱い。
「ハルヲ、治療が先だ! クラカンが生きている!」
バックパックを背負うハルヲが慣れた手つきで回復薬と点滴の準備を始めた。
「終わったら声掛ける」
「頼む」
ヒールを掛けているエーシャの元へと駆ける、苦しそうな息づかいをしている
エーシャが真剣な表情で手をかざしている。
元パーティーメンバーだ、必死になるのは必然だ。
「団長! こっち来てくれ!」
マッシュの声にキルロは駆け出す。
弱い呼吸を見せる
見渡すとハルヲはクラカンの治療にあたっている。
先に治療している時間はない。
「【
キルロはすぐに詠う。
考えている時間などない、一刻も争うこの瞬間。
助かる可能性を1%でも上げる、わずかな可能性でもしがみつけ。
マッシュはすぐに次の生存者を探し出すために駆け出して行った。
「誰カ! こっち頼ム!」
カズナの叫びにハルヲが視線を向けた。
「フェイン! こっち手伝って! これ持っていて!」
フェインに点滴ビンを渡すとカズナの呼ぶ方へと駆け出す。
横たわるのは左足の千切れた猫のハーフエルフ。
弱い呼吸に弱い脈拍。
足の付け根を自分で縛ったが止血が甘く、切断した大腿部からダラダラと血が流れていた。
蒼白の顔が血を流し過ぎていると物語っている。
血を止めないと。
どうする? この断面、縫ってどうこう出来る傷じゃない。
「ユラ! こっち来て! カズナはこれ! 点滴持って」
ウルスとユラの働きで入口が口を開いた、新鮮な空気が流れ込む。
淀んだ空気が撹拌していく。
ユラはすぐに駆け寄って来た。
「なんだ?」
「この傷の断面を焼いて。焼き過ぎないようにね」
「ぉ⋯⋯ぉう、難しいぞ」
「お願い」
ユラはひとつ大きく息を吸い、覚悟を決める。
「【
ハルヲが大腿部を抱え、ユラの側で構えた。
焼き過ぎないように。
炙ればいい。
やったことのない注文にユラは、冷や汗が垂れていく。
ユラが放つ炎が、切断した左足の断面を掠める。
気を失っているオットがピクリと反応を示したが、意識は相変わらず飛んだままだった。
肉の焼けた臭いが漂う。
ハルヲが傷を丁寧に確認する。
左足の大腿部切断、止血不良により出血量過多、いや?
これはむしろ少し血が流れていたおかげで腐らずにすんでいるのか?
ただどちらにせよ切断面の処理は急務。
切断面の処理はまだ甘い。
「ユラ、もう一度!」
ユラが再び手をかざした。緊張の面持ちのまま再び詠う。
ユラの炎が切断面を炙る。ジュっという肉の焼ける音が聞こえた。
ハルヲが断面を再び確認していく。
焼けただれた肉の断面を確認すると、ひとつ頷いた。
「ユラ、オーケー。ありがとう」
「今まで一番緊張したぞ」
ユラが安堵の溜め息をつくと、クラカンを見ていたキルロがオットの元へと駆け寄ってきた。
「こらぁ、ひでえ。ヒールいけそうか?」
「
「やるか。【
すぐにキルロが詠う。手の平に浮び上がる白金の光。
オットへ金色の光球を向けた。
「カズナ、ちょっとこっち見ていて。なんかあったら呼んで」
ハルヲは耳打ちするとエーシャの元へと駆けて行った。
バックパックを背負い、ハルヲは駆け回る。
「エーシャ、どう?」
不安そうな表情で横たわるミースを見つめた。
ヒールの効果はあったが、未だに目覚めない。
回復薬と点滴の準備を始める。
「ヒールじゃここまで⋯⋯、大丈夫かな?」
「楽観的なことは言いたくない。でも、大丈夫と信じて治療にあたる」
20人からいて今のところ生存者4名か⋯⋯。
酷い有様ね。
「こっちはもう⋯⋯です」
「こっちもだ」
手分けしていたフェインとマッシュが首を横に振る。
細かいことは分からないが、嵌められたことは間違いない。
何が起こったかは目が覚めたら聞けばいい。
アッシモ、やってくれたな。
マッシュが苦い表情で逡巡していた。
「一度、生存者をここに運んで! バラけていると効率悪いから!」
ハルヲの叫びに生存者を次々にハルヲの前へと並べた。
オット、クラカン、ミース、そして
食いちぎり、食い散らかし、手足がバラバラと乱暴に散らばる。
手足の無い者、顔が半分無い者、原型をとどめている者は半分もいない。
それと尋常ではない数が転がっているダイアウルフ
この数が待ち伏せていたのか?
うす暗い空間でこれだけの数を対処して、生きている人間がいただけでも驚く。
助かっただけでも幸運といえるのか?
幸運なんて思いたくない。もっとしっかりと読めていればこんな結果にならなかったはずだ。
たらればに意味はない、しかし思わずにはいられない。
くやしさと悲しさ、それと怒りがぐるぐると腹の奥で回り続け消化不良をおこしている。
この惨劇をどう消化すればいいのか、はっきりとした答えが出せないでいた
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