第158話 摂政と尻尾

 フェインの涙が不思議な弛緩を生んだ。

 沈んだ待合いが少しずつだが、笑みを取り戻していく。

 顔を見合わせては苦笑いを浮かべ、新たな関係性への一歩を踏む。小さな者達との大きな一歩が刻まれたのだ。


「疲れている所申し訳ないが、みんなが揃うタイミングなんて早々ないから、ちょっと話しを聞いてもいいか?」


 ふたりの小人族ホビットにキルロは問いかけた。コルカスとローハスは互いに顔見合わせ、揃ってうなずきを見せる。


「まずはイスタバールで襲ってきた騎馬隊に指示したのは誰だか知っているか?」

 

 ローハスは首を傾げ困惑した表情を見せる。何を聞いているのか理解出来ていない様子だった。


「ウチらがイスタバールに向かう途中オーカの騎馬隊に襲われたんだよ。騎馬隊に指示出来るのなんてお偉方じゃないと無理だろう?」

「確かにそうだが⋯⋯そんな話は聞いたことがない。本当だ、今さら嘘をつく必要もないしな」


 確かに嘘を言っているようには見えなかった。自ら飛び出しておいてオーカを庇うことはしないだろう、庇った所で今のローハスにはデメリットしかない。

 その様子を見つめながらマッシュが口を開いた。


「それじゃあ、ローハス質問を変えよう。騎馬隊に指示出せるのはマントを羽織っているヤツ以外にいるか?」

「いる。摂政だ」

「他にはいるか?」


 マッシュの言葉にローハスは逡巡する。真摯に答えようと真剣な眼差しを向けた。 

 しばらく考えたが首を横に振った。逆に考えるとまつりごとの中心にいる人物なら動かせるってことか。

 ただ、同じ立場にいながら騎馬隊を動かしたことを耳にもしていない。

 指示した人間の独断で行ったと考えるのがここは妥当か。

 証言を元にバラバラと散らばっている答えの破片を組み合わせていく。何か見えてくるものはないか? マッシュはローハスの言葉に逡巡していった。


「オーカの中枢にいる誰かが騎馬隊に指示を出して襲わせたと。怪しいのは⋯⋯」

「現摂政で間違いない」


 摂政の独断か裏で絵図を描いている誰かがいるのか⋯⋯。


「いや、でもちょっと待って! 私達が襲われた時クックは【ヴィトーロインメディシナ】にいたし、オーカに摂政はまだいないんじゃない?」


 ハルヲが厳しい顔でマッシュの意見に疑問を投げた。

 確かにそうだ。そう考えると現摂政ではない? のか?


「確かにそうだな。ローハス、現摂政とは摂政に就任する前から繋がりはあったのか?」

「あった。なければ就任することはない」

「すでにそれなりの影響力はあったってことか。襲撃を誰かに要請することは可能だったと思うか?」

「予測でしかないが、難しくはない。権限を持つ者に口添えすればいいだけだ」


 マッシュはローハスの言葉に大きくうなずいた。

 就任前から襲撃の要請は出来た。確かにそのくらいの影響力を持っていなければ、いきなり摂政に就任なんて出来ないか。


「なぁ、そもそもなんで急に摂政が現れた? 元々そんな役職はなかったんでしょう?」


 タントが腕を組み、珍しく剣呑な表情を浮かべている。

 見えそうで何かが確実に見えていない。そんなもどかしさが心をざわつかせていた。


「気が付いたら⋯⋯、というわけではないが、スルスルと中枢に取り入ってあの座を手中に収めていた。元々は結構な金をオーカにもたらしていたらしい。らしい、というのは自分の担当ではないので聞いた話しでしかないからだ。金を右から左に流すだけでオーカに金を落としていた。額が額なだけに手数料を取るだけで相当だったようだ。金に困っていたわけではないが薬の開発費用や小人族ホビットの居留地の維持費など国の運営とは関係ないところで金が必要だったから渡りに船だった」

裏金洗浄マネーロンダリング


 シルの呟きにマッシュとタントが大きくうなずいた。


「元々オーカは資源を売ることで国を運営している。ものが資源なだけに国単位や大店単位で莫大な額での取引になるため金の動きがバカでかい。そこに少しばかり金額が増えた所で怪しまれることはない、金を洗うにはうってつけって訳だ」

「なんでそんな面倒くさいことするのよ?」


 マッシュの言葉を受けてハルヲが首を傾げた、手数料まで取られてそんなことをする意味がわからなかった。


「金の流れってやつがある。こっちが減れば、あっちが増える。これが普通。こっちは減っているのにあっちが増えない。どこかに金が消えた。こうなると落としたのか、何かに使っちまったのか調べなくちゃならない。落としたなら探せばいいし、使っちまったなら何に使ったか調べればいい。オーカには大きな、大きな金の流れがある、そのうねりに一度金を放り込んでかき混ぜて洗う。その大きな金の流れに混ぜてしまうんだ。そんでその流れから金をすくったらその金はこっちでなくなった金じゃなく、すくいとった金になっている。こっちで減った出元を隠したい金は、大きな流れに消えてなくなった。乱暴な説明だが、そうやって金の流れを隠すことで金の追跡を逃れるんだ」


 マッシュの説明にわかったような、わからないような煮え切らないハルヲだったがその横でキルロが何か閃いた。

 

「【ヴィトーロインメディシナ】の金!?」


 マッシュがうなずいた。

 点と線が繋がって行く。

 【ヴィトーロインメディシナ】の消えた売り上げ、オーカに摂政として現れたクック、裏金洗浄マネーロンダリング


「【ヴィトーロインメディシナ】から横領した金をオーカで裏金洗浄マネーロンダリングしていたってこと?」

「だな、そう考えるといろいろと一気に繋がる」


 ハルヲが見失いそうな話を必死に繋いだ。マッシュのうなずきに話の輪郭がはっきりと浮かび始めた。


「オーカで裏金洗浄マネーロンダリングしたので、マッシュは【ヴィトーロインメディシナ】の売り上げを見失った……あれ? でも待って、クックがオーカの摂政になったのって副事務長をクビになった後よね? その時点で【ヴィトーロインメディシナ】の売り上げを自由に出来ないから……裏金洗浄マネーロンダリングするお金がない? ⋯⋯あれ? なんか遠ざかった?」


 ハルヲが流れを口に出すと余計に困惑の色を深めていった。

 確かにクビなってから摂政になったのだから【ヴィトーロインメディシナ】の金を自由に出来ないはず……。

 待合いに再び沈黙が訪れる、大まかな流れと考え方はあっている気がする。

 理由づけとディテールの噛み合わせがうまくない。


「あ!」

「どうした? ハル?」

「お金を洗うために摂政になったのじゃなくて、洗うお金がなくなったから摂政になったんじゃない?」

『?』


 その場にいた人間が困惑の表情を一斉に浮かべる。

 そうか!

 ハルヲの言葉の意味を理解する。


「オーカを【ヴィトーロインメディシナ】の変わりにするつもりだったんだ。莫大な金額が動くから帳簿なんかを直接操作して金をくすねていた……で、どこに? あ!」


 繋がる。

 キルロは言葉を口にしながら繋がりが見えた。


「間違いなく反勇者ドゥアルーカかそれに類する何かにだ」


 マッシュが口角を上げる、とうとう尻尾を掴んだ。

 いや、もしかしたらもっと深い所まで突っ込めたかもしれない。

 剣呑な表情を崩さないタントも鋭い目つきのまま口を開く。


「なんだかんだ言いつつ【スミテマアルバレギオ】がヤツらの牙城を崩したな。金の流れを止め、ヤツらの焦りを生み、オーカの中枢へ乗り込んでヤツらの尻尾を掴んだ。結果オーライだが、この働きはデカいぞ。ヤツらも今回のこの動きに相当焦るはずだ」

「それをしちゃうのが王子様なのよね、フフフ」


 笑みをこぼしながらシルがキルロに抱きつくと、青くなるハルヲをよそにフェインとカイナが引き剥がしにかかる。相変わらずなシルの強い力に四苦八苦しながら考える。

 クックを洗えば裏で糸引くヤツを引っ張り出せるのか?

 そう簡単に行く相手だとは思えない。


「そういえば、ローハス。摂政が言っていた『金のなる木』ってなんのことかわかるか?」

「わからない。こちらも気になって探りを入れていたが、ヤツが何をしようとしたかまではわからなかった」


 ローハスは首を横に振り答えた、ここでも摂政の独断か。

 やりたい放題だな。


「実質的に私達の力がなくなり、今はさらにやりたい放題かもしれない。もう関係ないがな」


 ローハスの覇気のない言葉に、残された同族への憐みを感じる。

 こればっかりは仕方ない、自ら選んだことだ、とやかく言えまい。


「となると、次はオーカの摂政と繋がっている誰かを見つけ出さないと」


 沈黙が訪れる。

 核心の部分だ、みんなが慎重になるのは仕方のないこと。

 キルロの心にふとひとつの名が浮かんだ。

 それは直感とも何か違う無意識に浮かんだその名を呟いた。


「⋯⋯⋯⋯【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】⋯⋯」


 キルロの口から洩れたその名に、みんなの視線が一斉に向いた。

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