第72話 トレース

「そうですね、10日程前から突然現れました」


 あれは普通のエンカウントとは訳が違う。

 村に戻って早々に猫人キャットピープルの住人代表ウストランを掴まえて話を聞いた。

 すぐにギルドに駆除の要請をしたが、狩りに来た冒険者達はあまりの数の多さに諦めて帰ってしまったそうだ。

 

それで掃除クエなのにいい報酬になったのか。


「普通の群れ程度であれば住人で対処出来ます。この辺りに住まうというのはそういう事ですから。ただあれは異常事態です。何卒宜しくお願いします」


 ウストランに再度頭を下げられてしまった、確かにあれはなんとかしなければ住人の生活もままならない。





「さて、どうしようか」

 

 間借りしている空き家でメンバーはテーブルを囲んだ。闇雲に突っ込まずに、ちゃんと作戦を練って対処する案件だ。

 キルロは背もたれに寄りかかり宙を仰ぐ。

 考えても、考えても、良案が降りてこない。


「明日一日掛けて様子を探るのはどうだい?」

「どうやって?」

「う~ん、上からか?」


 マッシュは上を指差した。

 上? 木の上って事か。

 群れを上から把握出来るし、攻撃を受ける事もないか。


「それとどこから襲ってくるのか、来ないのか線引きもしたいわね」

「襲撃する範囲か」


 ハルヲの言葉にキルロが首に手を回しながら確認を取る。

 安全地帯と危険地帯の区分けは確かに必要だ。


「縦なのか、横なのか、円なのか、もし何者かが指示を出しているとしたら一番奥か中心に陣取っているはず。目安をつける為にそっちも把握しといた方がいいわよね」

「下で具体的な範囲を調べて、上から全体像を掴んで照らし合わせてから再度対処方法を考えよう。フェイン、地図出して貰っていいか」


 ハルヲも顎に手を当て思考を巡らす、現段階で必要な情報は何か?

 キルロはハルヲの言葉を受けてフェインに声を掛けるとフェインは待っていましたとばかりにテーブルの上に地図を広げた。

 

「先ほど借りたやつです。北のこの辺りが果樹の森です。南のこちらが村で、この辺りでモンスター達が追って来なくなりました」


 ハルヲの言葉を受けたフェインが皆に向かって地図を指差す。

 果樹の森は一般的な森に囲まれ、北側は岩壁が覆っている。ウストランの話では岩壁の高さはそれほどでもなく、登れない事はないがわざわざ登って危険の増す北方に行く事はしないとの事だ。

 ただ、登ろうと思えば、登れてしまうという事でもある。


「意外とデカイ森だな」

「村の産業だからな、それなりの収穫量ないと厳しいだろう」


 キルロとマッシュが首に手をやり、腕を組んで各々が地図を見ながら逡巡する。


「明日はとりあえず相手の動向をきっちりと抑えるのに専念して、無駄な動きをしないようにしよう」


 キルロの言葉に頷き、自分のやるべき事を整理して各部屋へと戻って行く。

 強敵と対峙するのとは違う得体の知れない不安がおりとなって心の底に沈澱していった。





「この辺りからか? フェインどうだ?」

「ですです。もう少し進むと現れると思いますです」


 むせかえる緑の中、前日通った道をトレースしながら北の果樹の森へと向かった。

 追っ手が切れた辺りまで戻って来た、ここからは慎重に事を進めよう。


「じゃあ、この辺りから分かれよう。マッシュとキノは上から、ハルヲとユラはここから東へ展開、オレとネインは西へ展開だ。フェインは大変だがマッピングしながらハルヲ達とこっちを往き来してくれ、深追いは無しだ。行こう」


 マッシュとキノの身軽コンビが素早く木にのぼると枝を伝って北へ向かう、本陣の真上を通る事になる。

 くれぐれも落ちないようにと送り出し、東西へ展開していった。

 エンカウントギリギリの所を量る。まずは北の果樹の森へ近づきつつ西へと歩いていく。

 ネインと二人コボルトの群れと遭遇するとコボルトの脳天へ剣を突き刺しすぐに下がる、深追いは必要ない。

 ポイントを布でマーキングを施しまた西へ歩を進めそれを愚直に繰り返して行き、危険地帯を洗い出して行く。


「これ果樹の森を囲んでいるように思いませんか?」

「確かに」


 ネインが歩きながら来た道を振り返る。

 自分たちが歩んで来た導線を振り返りながら頭の中で線を引く。

 緩やかな湾曲を描き、果樹の森を囲っている。

 果樹の森に近づくとモンスター達が襲ってくる。

 それはまるで果樹の森を守っているように。

 思ってはいたがこうまではっきり線引きがされていると、そう思わない方が不自然だ。

 果樹の森に何かある。

 ハルヲ達も今頃同じ事を思っているに違いない。

 


 マッシュは口に人差し指を当て、キノに振り向くとゆっくり枝を伝って進んで行く。

 下を覗き込むとゴブリンやコボルトが隙間なく森を埋め尽くしている。

 この数が蠢いている姿に気持ち悪さを覚え、マッシュは顔をしかめた。

 どこからこの数が湧いているんだ?

 太めの枝を選んでは極力揺らさぬように、細心の注意を払いながら枝を伝って行った。

 気づかれないように、ゆっくりと果樹の森を目指す。

 草の葉一枚まで気を配る。

 キノがマッシュの肩を静かに叩くと、果樹の森の方を小さい手で指差す。

 目を凝らして指差す方見ると、果樹の森からゴブリンらしきものが湧き出していた。

 ゴブリンは果樹の森を出るとすぐに群れの中へと紛れていく。

 果樹の森から湧いている?

 しかしすぐに果樹の森は沈黙した。

 果樹の森に近づけるギリギリまで近づくが、距離はまだ結構ある。

 岩壁の上を見ると黒い影が蠢いているのが見て取れた。岩壁の上も森の中と同じ状況だ、壁を伝って果樹の森に侵入も出来ない。上からにも対処しているという事か。

 群れの全容を掴んだわけではないが、概ね果樹の森を取り囲むようにゴブリンやコボルトが埋まっている、果樹の森に何かあるって事に間違い無い。

 一体、果樹以外何があると言うのか?

 思考に集中し過ぎないように注意しなくては。

 下方への注意を怠る事は危険過ぎる。

 蠢く姿を睨み、気持ちを新たにした。

 先程、ゴブリンが湧いていた辺りを中心に果樹の森を注視する。大きなたくさんの木々が色とりどりの実を実らせているのが見えた。ただ、今は湧いてもおらず静かに沈黙している。

 キノがまた肩を叩き指差した。

 マッシュはギュッと眉間に力を入れて、指差す方向に集中する。

 明らかにゴブリンやコボルトとは違う大きさの影が見えた。更に集中して凝視する。

 何の影だ?

 人に見えるが、この群れのど真ん中に人がいると思えない。

 人型のモンスターか?

 遠すぎてはっきりと見えない。

 いきなり、視界の片隅に火花が掠め、金属の擦れる音を聞く。

 マッシュは意識を前に戻すと、ナイフらしきものをキノが弾き返していた。

 遠目に集中し過ぎた、危なかったな。

 マッシュはすぐに長ナイフを抜き、臨戦態勢を取る。

 ナイフを振り下ろした男は枝から枝へ飛び移り、距離を取るとマッシュとキノへ鋭い視線を向けた。

 

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