第63話 扉と影

「参ったな、スミテマアルバは優秀過ぎるわなぁ」


 マッシュは腰に手を置き呟いた。

 大きな窓から差し込む月明かりに立ち並ぶ書棚と積まれた書類の山が影となって見え、暗闇にマッシュのシルエットだけが浮かび上がっている。


「その言葉はフェインにあげて」


 ハルヲはそのシルエットに呟く。

 “はあ”とマッシュは溜め息を漏らす。暗過ぎてハルヲからその表情は見て取れないが、苦く笑っているに違いない。


「かなわんな。後で全部話す。ちょっと待って貰えるか?」

「いいわ。夜明け前には終わるでしょう、声掛けて」

「わかった。必ず伺うよ」


 ハルヲはマッシュの呟きに頷き、注意を払いながら静かに扉の外へと出た。

 

 去っていくハルヲの後ろ姿を暗闇から見つめている目。

 その目にハルヲが気付く事はなかった。



 コン。


 静かにノックする音がハルヲの耳を掠めた。

 来たか。

 扉を開けるとマッシュが約束通り佇んでいた。

 ハルヲは頷き、“こっち”と手招きすると廊下を静かに奥へと進んだ。

 一番奥のネインの部屋の前、“コン”と静かに扉を叩く。

 ネインが少し扉を開け、様子を伺うように扉の外を覗いた。


「ごめんね、こんな時間に」


 ハルヲの囁きにびっくりしたのか、目を大きく見開いて顔を出した。


「よお」


 マッシュも小声で挨拶する。

 さらにびっくりしたのか、交互の二人を見つめていった。


「中いいかしら?」

「あ、はい。どうぞ」


 困惑の表情を浮かべながらも、ネインは扉を開き招き入れる。

 静かに扉を閉めると改めてネインは二人を見つめた。


「どうしてネインの部屋なんだい?」

「私達二人だけだと、どうしても視野が片寄るでしょう? ネインなら冷静に判断してくれると思ってね」

「なるほど。という訳でネインよろしくな」

「ごめんね、いきなり」

 

 説明を聞いた所でネインの困惑は晴れなかったが、頼りにされている事にはまんざらでもない様子だ。


「正直全く状況が理解出来ていないのですが、よろしいのですか?」

「大丈夫よ。これからその状況ってやつをマッシュにご教授頂くから」


 二人のやりとりにマッシュは溜め息を漏らし、後ろ手を首へと回す。

 一瞬外へ視線をそらすと意を決し、二人へ視線を戻した。


「ここに来たのは反勇者ドゥアルーカへの金の流れを探る為だ。クエストなんて存在しない」


 呆気に取られる二人に溜め息まじりの笑みを向け、続ける。


「団長を隠れ蓑にしてヴィトリアを探るつもりだったんだ。ヴィトーロイン家の治療院がこの国でもっともデカイ。そこから流れている可能性は否定できていない。もちろん他の治療院、病院の可能性もあるし、ヴィトリア自体がガセの可能性もある」

「シロじゃない限り否定できないと」

「そういう事だ」

「団長のご家族を見る限り、とてもそんな事に荷担しているようには見えないのですが」

「オレもあの家族は限りなくシロだと思う。会話を聞けばそれはわかる。後はシロという事を証明できれば、そこはそれでいいと思っているんだ。ただし、この治療院となると話は別だ。今度は逆に話を聞く限り限りなくクロい」

「給料貰ってないとか?」

「そうだ。団長自身が言っていたろう。どこに消えているんだって。さてどこに消えている?」


 ハルヲは顎に手をやり逡巡し、ネインは何度も頷きマッシュの話を反芻している。


「事務長……」


 ハルヲがポツリと呟くと、マッシュは片眉を上げハルヲを見やる。


「あの部屋が、事務長室だ」


 マッシュはハルヲの呟きを拾い答える。


「あの部屋とは?」

「あ、さっきマッシュが忍び込んだ部屋にちょっと顔を出してみたの。珍しくマッシュがびっくりしていたのよ」

「そらあそうだろ。コソコソしている所に、いきなり自分の名前呼ばれたんだから」

「フフ、後つけるのも大変だったわよ」

「副団長殿はどうしてマッシュのあとを追ったのですか? 何かお気づきになられていたのですか?」

「あ、それね。フェインがね、いきなり部屋来てマッシュの様子がおかしいんじゃないかって心配していて。言われてみれば口数もすくなかったかな? ってくらいだったけど、風に当たろうかと思って廊下に出たら偶然ね。人影が目に付いたんで、ついて行ったらマッシュだったって感じ」


 “たまたまよ”とハルヲは付け加えマッシュの方へと向いた。

 

「たまたまでバレたら世話ないな」

「それでマッシュさん、何か見つけたのですか?」

「残念ながら」


 マッシュはそう言うと肩をすくめた。

 何か出てくれれば、キルロの家族がシロって証明できたのに。

 ハルヲは再び顎に手をやり逡巡する。


「ただシロって証拠もなかった。怪しい帳簿は見かけたが、それがドゥアルーカと繋がるかというと何とも言えない。ただ相当ちょろまかしていそうだな」

「そのお金の行き先がどこか? って事ね」

「そうだ。飲み食いやらでつかっちまっているのか、どこかに横流ししているのか」

「もう少し時間かければ分かりそうですか?」

「正直なんとも言えん」

 

 マッシュは苦い顔で答える。

 三人とも黙り思考巡らす。

 どうすべきか。


「やはり団長にお話しして、ここの滞在を長引かせましょう。そしてその間にマッシュさんが探る。いかがでしょう?」

「事務長が怪しいって言えば、同意は容易いわね。ただ家族も探っている事は言いづらいわ」

「だな。かと言って中途半端な嘘はいいとは思えんし」


 再び黙り思考を巡らす。

 このままだと堂々巡りになりかねない。


「私が伝えましょう。皆さん程の付き合いの長さはありませんが、正直に伝えればあの方なら分かって頂けますよ。私はエルフです、嘘はつけません」


 ネインが二人に微笑むと、ハルヲとマッシュは顔を見合わせる。

 ハルヲもマッシュもネインに頷く。


「こうやってお二人に頼られるとは思っていませんでした。しっかりと大役をこなしますよ」

「あら、そう? 二人とも意外と抜けているわよ」

「だな。ネインよろしく頼む」


 ネインは二人に大きく頷いた。




 

 (く、苦しいな)


 ハルヲとマッシュが事務長の部屋を目指している頃、ユラはベッドの上で食べ過ぎた腹をさすっていた。


「寝られんぞ」


 体を起こしベッドから出ると少し体を動かす。

 ちょっと動かしたくらいじゃ腹はこなれない。

 仕方ないと意を決し、扉を開け廊下へと出た。ふかふかの絨毯を踏みしめながら月明かりの下、フラフラと当て所もなく廊下を進む。


「フッカフカじゃのう」


 さっき歩いた時は気にも止めなかったが、高そうだなと足の感触を楽しむ。


「?」


 扉の前に三人程の人影が見えた。

 こんな時間に何をしているんだ? 食い過ぎか? そもそも誰だ? 不思議に思い近づいていくと顔を目元まで覆い手にはナイフを所持している。

 物騒なヤツらだ、何する気だ。

 ずかずかと近づいていく。

 扉が静かに開き、眠そうに眼をこするキノが現れる。

 呆気に取られ、固まる三人組。

 その瞬間一人の腹へキノが頭から突っ込んでいくと、低く呻きその場に膝をつく。

 ほうほうそういう事か。

 ユラは自分の手をみると、ギュっと握り閉め拳を作った。

 キノに気を取られている隙に、後ろから脳天へ渾身のグーパンを入れる。

 低く呻き、膝から崩れ落ちていく。

 暗くてわからんが多分白目剥いてんだろ。

 残された一人は突然の後ろから襲撃に混乱し、前後忙しなく首を振っている。

 結局コイツら何がしたいんだ?

 慌てて逃げ出そうとする最後の一人にキノが突っ込んで行くと、慌てて過ぎて足がもつれ尻餅をつく、すかさずユラが顔面にグーパンを決めると顔を歪ませ吹き飛んだ。

 そのまま転がる勢いで逃げ出すと、白目剥いているヤツを抱え、残りのヤツらも逃げていった。


「物騒なヤツらだの」

「もう眠いのに⋯⋯ふわぁわぁ」

「お、オレも腹こなれた! 寝るか。じゃあの」


 キノは部屋へ戻り、ユラはベッドを目指し廊下を戻って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る