第42話 オルン

 ハルヲは馬車の一番後ろから、外を警戒していた。解けない緊張に疲労は蓄積していく。

 “ふぅ”と溜め息をひとつ尽き、視線を馬車の中へと向ける。

 誰もが警戒の緊張から強張った表情を見せていた。

 街道に暗い闇が落ち、ガタガタと軋む車輪の音。遠くで鳴いている夜行性の動物達の声がハルヲの耳朶を掠めていく。

 視線を外に戻すと吸い込まれそうになるほどの深い暗闇が続く。暗闇を見つめ、バラバラと散らばった思考の欠片をかき集めては、またバラけていった。


「マッシュ」


 手綱を握っているマッシュにハルヲが声を掛ける。かき集めた思考の欠片が一つの形を見せた。


「なんだ?」

「ちょっと考えたのだけど、襲撃はないと思うのだけど⋯⋯?」

「?! なんでまたおまえさんはそう思った?」

「まあ、ないと言い切れはしないけど、“餌”としてわかりやす過ぎると思わない?」

「わかりやすいか……なるほどねぇ」


 ハルヲの言葉にマッシュは前を見据えたまま逡巡する。

 しばらくの沈黙の後、マッシュが続けた。


「確かに、オレがドゥアルーカなら手を出さず泳がすな。そこまで読んで、アルフェン達は何か仕掛けているのか……」

「オレもその意見に賛成だ。難しい話は二人に任すが、アルフェンがこれ見よがしに危ない橋を渡らすとは思えない。渡らすなら絶対なんか言ってくるはずだ」


 キルロが二人の話に割って入った。

 マッシュもハルヲもキルロの意見に黙って耳を傾ける。


「ハルの考えとしては見え見えの餌にする事で、逆に安全を担保したって事か」

「それくらいの事はタントあたりなら考えそうよねって感じ」

「だな。餌って事には変わりはないと思うが、相手が相手だ。ハルの意見に乗るよ」


 見え見えの餌に食いつくほど簡単なヤツらではないって事か。

 確かにばら撒いた餌に食いつく程度の相手なら、タントやマッシュ、シルなんかが尻尾捕まえるのは容易なはず。

 仕掛けてくるとしたらその先になるのか。

 マッシュが言っていたように厄介なヤツらだ。


「警戒のレベルは落とそう。ハルヲの意見に間違いないと思う。交代で警戒に当たるくらいでいいだろう」

「わかりましたです」


 フェインの答えにネインも黙って頷く。

 少しだけ空気が緩む、こちらのパーティーの安全確保だけが目的なのか別の狙いがあるのかアルフェン達の考えは読めない。

 ただ餌であることは間違いない、警戒を怠らぬようキルロは視線を暗闇に向けた。

 

 紫色の水平線からゆるりと朝陽が昇ると朝靄が馬車を覆う、それを三回程繰り返すと行き交う馬車が増えレンガ作りの立派な城壁が見えてきた。

 

「着いたぞ」


 手綱を引いていたキルロが後ろで休んでいる皆に告げ、覚醒を促す。オルンに到着だ。





「スッキリとした街並みだな」

「人口がそれ程多くないからか、ミドラスみたくガチャガチャしてないわね」

「いい所です~」

「フェインは旅好きだな」


 無事オルンに到着した安堵感と共に、各々が馬車から街を見渡し感想を口にした。

 マッシュの言う通りフェインはどこ行っても感嘆の声を上げる。

 街の中心部を抜けて行く。白い壁に水色の屋根で統一した街並みは、一体感が生まれ美しかった。

 様々な飾り窓を飾る観葉植物の緑が白い壁に映える。

 建物の形式自体はバラバラだが色合いが統一されていて見ていて楽しい。

 明るい色合いが街自体を明るい雰囲気にしている。

 雑多な人、亜人と目に付くが、比較的ドワーフが多く見受けられ、鍛冶屋の看板が街中に溢れている。

 その光景にキルロのテンションが上がる。


「鍛冶屋が多いな! クエストなかったらいろいろ見て回るのになぁ」


 馬車からキョロキョロしながら街中を見回し嘆息する。

 観光している時間はない、このままオルンを抜け北方のブレイヴコタンに直行しなければ時間的に厳しい。

 後ろ髪を引かれる思いで、北方を目指しオルンを後にした。


 オルンを出ると林道を進む。

 気温が低いせいか針葉樹が多く見られ、ミドラス近郊とはまた違った趣の森を進む。

 フェインがマップを広げ、鼻歌まじりで道中の確認をしている。キノもフェインの横で一緒に地図を眺めていた。


「ご機嫌だな」

「あっ! すいませんです」

「いや、構わないさ。緊迫した場面でもないし、リラックスして行こうや」

「知らない土地の知らない道、見たことない地図。旅している! って感じが嬉しいです。ちょっと浮かれ過ぎちゃいまして、ごめんなさいです」

「そうか! そうだよな」


 フェインはワタワタと世話しなく手を動かし、キルロに弁明した。

 

 “旅している”

 

 そうだよな、アルフェンに声掛けられなかったら旅してなかったんだ。

 流れて行く見慣れない景色を眺めながらフェインの何気ない言葉が心地良く心に染み込んでいった。




 

「あれですね!」


 手綱を引いているネインに、荷台からフェインが指を差した。

 針葉樹に囲まれた森に忽然と現れた村がとりあえずの目的地、今回のブレイヴコタンだ。

 家の数はさほど大きくないが一軒一軒の間隔が広く村自体は結構大きい。

 小さい畑はあるが、切り出された木材が積まれているのを見ると、この辺りの中心産業は林業なのだろう。


「スミテマアルバの皆様ようこそ。私はこの村の代表を務めているラカンと言う者です。ここいらは特になんもないですが温泉があるので、出発前に一息入れて下さいな」


 壮年のハーフドワーフの男は笑顔でそう名乗るとゴツゴツとした筋肉を持つ腕を上げ、手を差し伸べてきた。


「団長のキルロだ。世話になるな」


 キルロもそれに答え手を差し返ししっかりと握手を交わす。

 強く握るラカンの手は、働く人の手をしていた。


「取りあえず皆さん。ひとつ風呂でも浴びて来るといい。細かい話しは夕食の時でいいでしょう」

「お言葉に甘えさせて貰おう」


 ラカンの言葉に一同を見回しながらキルロは答える。

 緊張のほぐれた皆は表情を崩し身体を大きく伸ばして心も身体も緩めることにした。



「女風呂と随分と離れているな」

「なんだ、おまえさん覗きにでも行く気だったのか?」

「なっ! キ、キノをた、頼んでいるからちょっとアレだ」

「なんですか?」

「アレはアレだ」

「おまえさんそんな事したら副団長に顔面改造されるぞ」


 マッシュの一言に我に帰った。

 ネインは我関せずと言った感じで、目を閉じて身を委ねている。

 マッシュも気持ち良さそうに疲れを癒やそうと体を弛緩させていた。

 とりあえず今はゴチャゴチャと考えるのは止そう。

 キルロも身も心も思考も緩めていった。

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