第10話 猫と蛇ときどき勇者
「報酬は7:3で構わない。ただ、素材を多めに貰いたいんだがどうだ?」
キルロの提案にマッシュが驚きを隠さない。
痛みの引かない体を、引きずるように村にたどり着いた。
陽が上り始め辺りがオレンジと紫紺のグラーデションに包み込まれる。
充足感はあるのだが、出だしのつまずきはやはり心に薄い膜を貼っていた。
「構わないが、ホントにいいのか? そんなお人好しでは冒険者としてやっていけんぞ」
「ハハハ、いいんだよ。オレは鍛冶師だから」
呆れ顔のマッシュにキノを撫でながら笑みで答える。
オーク
軽く、堅く、柔らかい。
レザーアーマーとしても悪くはないが、金属系防具の下地にしたら相当良さそうだ。
マッシュの想像以上にクエストのランクアップがされており、あの若者がかなり頑張って訴えたんだろう。
“3”でも当初の予定より増額され、素材も手に入った。苦労した甲斐があったってもんだ。
ただスッキリとした気持ちにまではやはりなれなかった。救えなかった命に少しばかり苦い思いが残る。
まだ少し痛むが、動くなら休んではいられない。貧乏暇なしってやつだ。
もう少し休みたいという怠け心を飲み込んで、槌を振るい鍛冶仕事に精を出していた。
「キルロさーん、キノー、こんにちはー!」
店先から聞き覚えのある少女の声が聞きこえる。
「エレナか。おい、見違えたな!」
驚きをもって迎えると照れ笑いを浮かべてはにかんだ。
ボサボサをだいぶ通り越していた髪は、肩口で綺麗に切り揃えられ、くすんだ灰色の髪は美しいつややかな銀髪へと変わり、何より顔つきが以前とは全然違う。
みすぼらしい姿で希望の存在すら知らなかった少女は、希望に満ち溢れた美しい少女へと変貌していた。
短期間で人はこうも変わるのか。
嬉しい変化にキルロの顔がほころんだ。
「ちょうどいいや、一息入れよ。エレナ、キノ、こっちだ」
手招きして椅子に座らせ、エレナにミルクを差し出し、自分には茶を煎れる。
カップからお茶を口に含むと心も身体もほっと緩んでいく。
「キルロさん達、しばらくいなかったね」
「クエストに行っていたからな。ちょっと前に帰って来たんだ」
たわいもない話を続ける。
たわいもない話が出来る事が嬉しかった。
ハルヲの所でだいぶ良くしてもらっているようで、楽しさを身体全体で伝えてきた。
従業員のみんなにも良くしてもらっているようだ。
まあ、本人が頑張っている証拠か。
「あのう、それで今日はキルロさんにお願いがあって……」
「お? なんだ、言ってみろよ」
「ハルさんが『アイツどうせ暇なんだから文字を教えて貰いに行ってらっしゃい』ってー」
エレナがハルヲの口調をマネて見せた。
“暇ってなんだ!” とりあえず笑顔で怒っておく。
「じゃ、早速やるか!」
キルロが膝を打つ。エレナは満面の笑みを浮かべて、貰ったという石板を出した。
石板に“エレナ・イルヴァン”と書く。
「これがエレナの名前だ」
「ふぉおおおー」
エレナが嬉しさを爆発させる。
身近な人の名や数字を書いて見せ、鍛冶仕事に戻った。
奥から“キノ、これがエレナで、これがキノ!わかる?”とエレナのはじける声が聞こえてきた。キノに教えながら一心不乱に石板に書き込んでいるみたいだ。
「キノにドライフルーツあげてもいい?」
しばらくすると奥からエレナの声がした。
“いいぞ!”と工房から答える。
「やったぁ、いいって!」
嬉しそうな声がはじけた。
体もだいぶ癒えて来たので、ひさびさに近場の採取場へ向かった。
久々で鈍っているのか成果はイマイチだ。
雲の行方も怪しいので早々に切り上げたいが、もう少しと粘って岩盤を叩く。
ポツリと雨粒を感じると、あっという間に土砂降りへとかわり慌てて雨宿り出来そうな所がないか見渡す。
ちょっと先に洞窟が目に入り、雨に濡れながら急いでそちらへと駆け出した。
洞窟はかなり広く、10人くらいなら余裕を持って休めそうな空間を保持している。
適当に枝を拾い上げ、先端に《ルーメン》と唱えると先端が淡く光る。その光りを頼りに洞窟の安全確認をしていった。
「止まないな」
地面に座り込み、ポツリと呟く。肘をついて洞窟の入口から空を睨んだ。
西の空は遠くで明るくなっている。この雨もすぐに止むとふんでいるのだが、一向に止む気配を見せない。
採掘もうまくいかず心も湿る。
キノもとぐろを巻いてじっと雨の行方を見守っていた。
「お、先約がいたか」
大盾を構えた壮年の男が現れた。
その威厳に溢れた風貌から、経験豊かな
他の面子からも同様のオーラを感じる。
男女混合のこのパーティーはかなりの手練れだ。間違いない。
「別に構わないさ」
返事を返し、パーティーを招き入れた。
その中でひとり異彩を放つ若い男が目に入る。
ブラウンとグリーンのオッドアイを持ち、幼く見える顔立ちは年令よりも、きっと若く見える。クリっとした丸く大きな目に金髪の巻き毛を持つ若者が、柔和な笑みをたたえて入ってきた。
「すまないね」
オッドアイの若者が頭を下げる。
「止まないな」
キルロが手を首にまわし空を睨む。
「こちらはちょうど休もうかと思っていたので、ちょうど良かったかな」
オッドアイの若者が入り口から外を見つめた。
都合6人のパーティー。
大盾の男に、エルフの女は
女の
あの軽装備は
しかし女の多いパーティーだな。
「クエストかなんかか?」
「まぁ、そんな所だね。東から西へ横断中なんだ」
「えっ、端から端? そらまた大変だな」
ふと若者が左目を軽く瞑り、緑眼の方で一瞬キルロ達を見た。
なんだかふいの不自然な行動に、キルロは小首を傾げる。
「ふふっ、君達は面白いね!」
軽く目を見開き、キノの顔にグっと寄った。
「??」
「?」
「???」
「え?」
言われた本人も周りの人間も唐突すぎてついていけない。
面白い事なんて何もしてないのに。
キルロは眉間に皺を寄せ、怪訝な表情を浮かべると“こんな感じの人なの?”と大盾の男に囁いた。
ちょっと困った感じで“うん、まぁそうだな”と、とても曖昧な囁きを返す。
オッドアイの若者は、ニコニコ笑顔をたたえ手を差し出した。
「初めまして、アルフェン・ミシュクロインと言います。これも何かの縁かもしれないよ」
嫌味のない男だ。
胡散臭くなるシチュエーションなのにそれを感じさせない不思議な魅力の男だ。
「キルロだ、こっちはキノ」
「宜しく! キノか、大事にされているね」
手が差し伸べ、しっかりと握手を交わした。
ミシュクロイン……どっかで??
「あ!? ミシュクロインって勇者の家名じゃないのか? アレ?? 勇者さんのパーティー??」
困惑しながらパーティーの面々を見渡す。
どうりで装備といい風格といい、ただ者ではない雰囲気を持ち合わせているわけだ。
「いやあ、びっくりだな。勇者のパーティーに出会うなんて」
「勇者の家系といっても、僕は三番目だからね。大したことしてないよ」
謙遜も嫌味にならない男だな。
しかしこんな所で勇者と遭遇とはね世の中何が起きるか分からないものだ。
「東から西って何をしているんだ?」
「一番上の兄が一番北側、そのすぐ南が二番目の兄、さらに南を僕が西から東へ“精浄”しているのさ」
「精浄?」
「
「へー、そんな事をしているのか。勇者さまさまだな」
「もちろんこの広大な大地、僕らだけでは無理だからね。同じ作業に従事している直属のパーティーもいくつかあるよ。あ、止んできたね」
アルフェンは柔和な笑みをたたえた。
こうやって生活出来ているのは、勇者さんのおかげか⋯⋯感謝しないと。
「君達はどこに住んでいるんだい?」
「オレらか、ミドラスで鍛冶屋やっているよ。ミドラスに寄る事あったら武器のメンテするから、いつでも言ってくれよ。勇者パーティーの御用達なんて、いい箔がつく」
「わかった。必ず寄らせて貰うよ」
パーティーに別れを告げ、雨が上がり草木の濡れた香りが一面を覆っている中、帰路についた。
「よおよお、にいちゃん。テイムモンス連れだろ。急ぎのいいクエあるんだが手伝わねえか? 報酬は二人分払うぜ、どうだ?」
「やらね。他当たってくれ。悪いな」
体格のいい、いかにも冒険者風情の男が寄ってきた。
そんな胡散臭い話に乗る訳がない。
「そう言うなよ、人助けと思って頼むよ。頭数が必要なんだよ」
「悪いが無理だ。ギルドに行きゃあ、もっと使えるのがわんさといるだろ。じゃあな」
しつこいので強引に話を断ち切り、足早にその場から離れる。
キノと出歩くようになって、こういった事がホントに増えた。
夕刻に“おい! いんだろ!”とハルヲが訪れてきた。
「いるよ、どうした」
「メンテを頼むよ、防具と武器一式」
「急ぎか?」
「明日中に頼む」
「えらい急だな」
「出来んだろ」
さも当たり前のように告げてくる。
世話になっている手前断れないし、今回の急ぎの事情もなんとなく心得ている。
「いつものやつか?」
ハルヲが黙って頷く。
“わかったよ”と言って防具と武器を預かる。
意外と器用に武器を使いこなすのが見て取れる。
「宜しくね、明日また来るわ」
「んじゃ、やるか!」
ハルヲが去るとすぐに鍛冶場へ移動し、休む暇なく研ぎ続けた。
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