第48話 作戦開始
ゲールの隠れ屋敷はブライトウィンから南へ馬車で2時間ほど行ったところに立っていた。
夜の山林の中にポツリとたたずむ屋敷は、言い知れぬ不気味さがあった。
カレン達は屋敷からかなり離れた所に馬車を停めて、木の影を利用し警戒しながら林の中を進んだ。
幸いな事に屋敷が視認出来る所まで到達するのに見張りと鉢合わせるといったアクシデントは無く、すんなりと作戦を開始出来る位置にそれぞれのチームは着くことができたのだった。
「カレンさん、それじゃ作戦を開始するわよ。見張りは屋敷の周辺に十人ほど。私達の役目は陽動だから、なるべく派手に行きましょう」
忍び装束の様な服を着たフォンの言葉に静かに頷くカレン。一見冷静に見えるが、内心は緊張で心臓が爆発しそうになっていた。
(せめてセロがいてくれたら……。だめだ! 自分の命は自分で守るんだから!!)
自分の中に芽生えそうになる甘えを必死で吹き飛ばすカレン。そして彼女は深呼吸をする。
(へぇ。俺に頼らないなんて、少し見ない間に逞しくなったもんだね)
息を吐く寸前に頭の中に響く聞き覚えのある声。思わずカレンは声に出してその名を呼びそうになるが、寸出の所で手で口を無理やり塞ぎ耐えたのだった。
(セロ! アンタなんてタイミングで起きるのよ!!)
(ごめんごめん。本当は昨日から起きてたんだけど、面白そうだから黙ってたんだ)
なんて正確の悪い猫モドキだ。こっちはこの数ヶ月感かなり心配していたと言うのに。憤りながらもどこか嬉しいと感じるカレン。
(あ、今から戦うんだろ? だけど俺は魔力が全然溜まってないから、アランの時みたいに体を乗っ取って助けたりはできないよ? 今回はカレン自身の力で切り抜けるんだ。ただし……)
「……さん? カレンさん?!」
「あ、何フォンちゃん?」
「大事な時にぼうっとしないで。さぁ、作戦開始よ。まずはカレンさんの魔法で狼煙を上げましょ」
「は、はい!!」
カレンはフォンに急かされて立ち上がり、魔法陣を展開し始める。
(ゆっくり話すのは終わってからだね。そうそう、さっき言いかけたのは精霊装は出してあげるよってことさ!!)
セロが言うとカレンの身体は一瞬紫色の炎に包まれる。そして炎が消え、精霊装を纏うと同時に彼女はこの作戦の狼煙となる魔法を詠んだ。
「火属性
入り口にいた二人の見張りが、炎の壁に四方を囲まれ焼かれる。
隣にいたフォンは、カレンが魔法とは別の炎の中から再び現れた事に一瞬驚いた表情をするも、直ぐに頭を切り替え、木陰から飛び出して屋敷へ向かって突撃していく。そしてカレンもそれに続く。
「見張りが二人やられた侵入者だ!!」
近くにいた一人の警護兵が笛をならし周囲に異常を伝えると、次々と兵がその場に集合する。
そして二人の女、カレンとライラの姿を確認した者からから順に武器を手に持ち応戦の準備を整えた。
敵へ向かって走りながら、フォンが魔法を詠む。
「風属性、
フォンの手から風の刃が放たれ、一番近くの男の太腿を切り裂いた。肉の裂け目からは血が吹き出し、悲鳴を上げながら地面に倒れ込む男。
「この野郎!!」
倒れた男の後に続いていた男が、剣を抜きフォンに斬りかかる。しかし、男の斬撃はフォンの身体ではなく空を切るばかり。フォンは体操選手の様な身のこなしで全て避けていた。
「野郎だなんて、こんな可愛い女子に言うもんじゃないですよぉ?」
数回攻撃を回避した所で、フォンは宙返りをして敵の背後に回り込むと、相手の背後から胸を押し当てて抱きつく。
「ウィンド……ぶ・れ・い・ど」
その柔らかな感触を背中に感じ、耳元で囁かれる甘く艷やかな声。その直後、男の全身に、刃物で斬られた様な激痛が走った。そのあまりの痛みに男の脳が危険を感じ、意識をシャットダウンする。
「二人目っと。これでカレンさんが最初に倒した人数に追いついたわね。さてあの子は……」
フォンがカレンの方を確認すると、カレンが四人の男に取り囲まれてしまっていた。少しまずいと思いカレンの援護に向かおうとするが、タイミング悪く新たな二人の警護兵がフォンへと走ってくる。
「カレンさん、こっちを片付けたら援護するからそれまで持ちこたえてね!!」
新たな警護兵達は、フォンに接近し過ぎないように距離を取ると、腰から銃の
フォンと兵達の距離は十メートル程。彼らが引き金を引いたと同時に、弾丸はフォンの柔らかく美しい肉体を貫くだろう。
命中すれば、であるが。
そして案の定、彼らの銃撃はフォンへと命中することは無かった。
確かに弾丸は本来フォンのいる場所へと向かい正確に打ち出された。しかし引き金を引いた時には居たはずの彼女が、弾が到達する頃には少し横にズレていたのだ。
その後も何度も打たれるが、その度にフォンの位置がズレる。
「あはははは!! その焦った顔、ゾクゾクしちゃいます」
「この化物がァ!!」
二人は半狂乱になりながら銃を乱射するのだが……。
ーーカチッ、カチッ
とうとう弾切れを起こしてしまったのだ。急いで腰から新たな弾倉を取り出そうとするが、全ては手遅れだった。
十メートルも先に居たフォンが一瞬で彼らの背後へと移動していたのだ。
そしてクナイの様な小さな刃物を取り出し、目にも止まらぬ速さで二人に斬撃を加えていく。
「はぁ……はぁ……んっ」
二人の無力化が完了し動きを止めた彼女は、肩を上下させ、モジモジと内腿を擦り合わせながらながら恍惚とした表情で息をしている。
「ぁんっ…こんなっ……余韻に浸ってちゃイけない……わね。カレンさんを……援護しなくちゃ」
フォンは、暫く悶ていたいという欲望をなんとか振り切って、初陣を奮闘しているカレンの元へ向かうのだった。
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