第41話 聖黒3
眼帯に隠されていない方のステイルの右目は、研ぎ澄まされた刃物の様に鋭く光っていた。
「以前から、俺たちはヤツがリズの工作員であることは疑っていたんだが、今回の事件でそれが確信に変わったよ。最近この地方では禁忌による事件が後を絶たない。事件自体は揉み消され闇に葬られているがな。その禁忌に用いられる血の出所を俺たちは探っていたんだが、それが今回の件で明らかになった。」
「どうして今回の件で? カレンを……いや、アタシ達を襲ったのがアランだったとしても、血の出所がゲール卿だとは限らないんじゃないか?
それにずっと疑問に思っていたんだけど、アンタ達はなぜ今日起きた事件の詳細を既に知っているんだ? 見てもいないのに……」
そう、カレン達がここに来た時点でステイルやフォンは事件の詳細を知っている様子だった。以前からゲール卿や禁忌について調査していたとしても、今日起きた事まで把握しているのはあまりにも早すぎる様に思われる。
「まず、お嬢ちゃん達とアランの事を把握出来ていたのは、治安兵の中に俺達の仲間が潜入しているからだな。そこからの速報で知ったと言うわけだ。
そしてもう一つ、ゲールが血の出所だと確信に至ったのは、その治安兵の調査の結果、アランの用いた血がゲールの元に潜入させていた俺達の仲間、つまり聖黒に所属する魔法使いの血であることが判明したからだ」
カレンもライラも血の持ち主を特定する方法はわからなかったが、禁忌の真相を知った今となってはそれが何を意味しているのか理解できた。
ステイルの仲間が殺されて血を採取されたと言うことが。
「仲間はゲールを警護する魔法兵として潜入していたんだが……聖黒とバレた訳ではなく、魔法使いの血を得るために殺された様だな」
血を得るために仲間の魔法使いが殺された。ステイルはその事実を淡々と語るのだが、瞳の鋭さは先程よりも更に増している。
部下を失った辛さ、怒り、憎しみ、それらの感情を爆発させることは聖黒の幹部である彼の立場では不可能。彼が出来るのは諸悪の根源を断罪すべく行動するのみ。
そして、彼の頭にはその方策が既に描かれているのだ。
「さて……お嬢ちゃん達。これからの話をしようじゃないか。俺はお嬢ちゃん達を此処にただ匿うつもりはない」
ステイルの言葉にシグが思わず食ってかかる。
「話が違うぞステイル! カレンに何かあった時、ここに連れてくるよう指示したのはお前だ!」
シグには珍しい感情的な声を出しての抗議に対し、ステイルはニヤリと笑いながら答えた。
「連れてこいとは言ったが、匿うとは言ってねぇよ。この娘達は世界の闇に触れたんだ。ゲールの件をうまく解決出来たとしても、今後も誰から何時狙われるかわからねぇ。しかし俺達もずっと子守してるわけにはいかんだろ?
だからお嬢ちゃん達には自分の身は自分で守れる様になって貰う。聖黒の一員としてな」
ステイルの方を見ていたカレンは、その言葉を聞いたシグの身体がぴくりと動き、彼が動揺しているのを肌で感じた。
「待て! コイツらを聖黒に入れるだと?! 陰ながら見守ると決めたではないか!!」
いつも冷静なシグが珍しく焦っている。それはカレンの事を思い、世界の闇に生きる組織の一員になどさせたくないという思いからであった。しかし、彼の反論はステイルに砕かれる。
「それは事が起きるまでの話だ。俺は今の状況を加味した上で、お嬢ちゃんと俺達両者にとって最善と思える提案をしているんだ。聖黒を知った以上、無関係な一般人として暮らすことは出来ないのはお前もわかるだろ?」
シグは歯を食いしばって何か言いたそうな顔をしているが、その口が開かれることは無かった。
暫しの沈黙。しかしそれを破ったのはカレンだった。
「シグ、心配してくれてありがとう。でも、私はステイルさんの提案を受ける。そして多分……」
「あぁ。アタシもだ」
手を握り合う二人の少女は、そう言ってお互いを見ると強くうなずきあった。
「二人とも肝が座ってるわねぇ。シグ、ステイルの言う通りそれしか無いわ。覚悟を決めた二人を私達がしっかり育ててサポートしましょ」
「あぁ……そうだな」
シグはまだ完全に納得出来ていない様子ではあるが、ステイルの理屈が理解できない彼ではない。
そして何よりも二人が決めた事なのだ。闇の世界の住人になることが如何に辛い事であっても、それを尊重してやらなければならないと思い、シグは渋々了承したのだった。
「話は纏まったみたいだな。二人の部屋を用意するから、今日は飯を食ったらそこで休んでくれ。ゲールに対する具体的な策や、お嬢ちゃん達の役割については明日話そう」
食事の後、フォンはカレンとライラを部屋まで案内し、明日の朝、再び迎えに来ることを告げると去っていった。
二人はそれぞれのベッドに座り込む。腹も満たされ、一息つけたことによって、今日一日の疲れが一気に押し寄せてきたのだった。
暫しの沈黙の後。
「あ、そういえばアンタに伝言を預かってたんだ」
突然思い出したかのように口を開いたのはライラだった。
「伝言? 誰から?」
「セロからさ。なんでも、万が一のために貯めてきた魔力を使いきってしまったらしく、暫く眠るそうだ。ずっと側で見守っているからと伝えてくれってさ」
その言葉でセロが守ってくれたことを改めて実感するカレン。
(ありがとうセロ。最近口数も少なかったのは魔力を貯めててくれたんだね。起きたらたっぷり撫でてあげなきゃ)
そうして二人は横になる。本来であれば、今日もいつもと変わらない日常を過ごす筈だった。しかしアランというイレギュラーによりとても長い1日を過ごした二人は、ベッドに入るなり死んだように眠ってしまう。
二人とも一時は死に瀕したのだ。肉体だけでなく精神的にも疲弊していたため無理もなかった。
こうして二人は闇組織『聖黒』の一員となるのだが、カレンにはそれを受け入れたのにはもう一つの理由があった。
彼女は今日の非日常を体験することで、転道者となった目的をはっきりと思い出していた。こちらの世界にいる家族を探し出すことと、自分達を殺した犯人に復讐することを。
世界に根を張る聖黒という組織は、その目的の達成に必ず役立つはずであると考えたのだ。
そして結果的に、カレンのこの選択は間違っていなかった。彼女は近い将来において家族の一人と再開する。しかし、それはカレンに更に残酷な現実を突きつけるのだった。
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