第30話 禁忌1


 昼食を済ませ、残りの休憩時間に談笑するカレンとライラ。


しかし、そんな和やかな時間は、ガラスが割れるような大きな音によって突然の終わりを迎える。


 それは皿が一枚割れたのとは明らかに異なる騒がしく耳障りな音だった。


 カレンとライラはただ事ではない雰囲気を感じ、控え室のドアを開けようとする。しかし、二人がドアノブに触れるより先に、勝手にドアが開きこの店のオーナーであるロイドが慌てた様子で転がり込んできたのだった。


「カレンちゃん、出ていかない方がいいよ!

 なんか、変な若い男がカレンちゃんを出せって暴れてるんだ!!

 今はカトリーヌがなだめている所だよ」


(なにそれ……。私、バイト先まで押し掛けられて、しかも暴れられるような関係の男の人なんていないんだけど……)


 心当たりは無いにしろ、騒動の原因が自分であると言われ困惑するカレン。

 そんな彼女の不安を察してか、ライラがカレンに優しく声をかける。


「こっそりアタシが様子を見てきてやるから、アンタはここにいな」


 そう言って一度控え室を出ていき、様子を確認した後ですぐに戻ってきたライラ。

 しかし彼女もまた不安げで困惑した表情を浮かべていた。


 そして小さな声で、その男の名前を口にする。


「アランだ……」


「はぁっ?! なんでアイツが?!」


 おもわず語気を強めて疑問を口にするカレン。 


「なんかひどく錯乱した状態で暴れてる。オーナーの言う通り、アンタは出ていかない方がいい」


 カレンにはわからなかった。何故、アランが自分を探して店まで来たのか。

 しかし、このまま隠れてればロイドやカトリーヌ、お店にいるウェイトレス達に更に迷惑を掛けてしまう。


「私が出ていってアイツを外に連れ出すよ。」


「だめだ。ここにいた方が安全だよ」


 カレンが控え室から出ようとするのを心配して止めに入るロイド。


「心配してくれてありがとう、ロイドさん。

 でも、アイツは私を探してる。

 安心して、あんなバカ何とも無いから」


 カレンは控え室を出て客席へ通じる細い廊下を歩く。後ろにはなにも言わずライラが着いてきてくれている。そして客席に出た瞬間、二人は許し難い光景を目にしたのだった。

 

「キャアッ!」


 短いカトリーヌの悲鳴が聞こえ、彼女がその場に倒れこむ。その前では腕を振り下ろした格好でアランがカトリーヌを見下ろしていた。


 カレンはすぐに何が起きたのかを理解し、倒れて頬を押さえるカトリーヌに駆け寄り抱き起こす。


「カトリーヌさん、大丈夫ですか……?

 私のせいでごめんなさい。すぐにアイツを連れて出ますから……」


 カレンは後にいるライラにカトリーヌを預け、アランの前に立ちはだかり、彼を強く睨みつける。


 目的の人物が現れたことで微かに笑みを浮かべているアラン。その表情がカレンの怒りを増幅させる。


「アンタ何をしたかわかっているんでしょうね!!

 絶対許さないんだから。着いて来て。外でゆっくり話しましょう」


 あらはカレンの申し出を聞いて気味悪く笑う。


「キヒヒ。良いでしょう。このような低俗な店、貴女と会えた今となっては用などありません。

 キヒヒひひ」


 アランの目は誰が見ても正気でないことは明らかなほど血走っており、不気味な笑みを浮かべながら舐め回すようにカレンを見つめていた。


 何処にいても絶えず視線を注がれることで、人から見られることに少し馴れてきたカレンであっても、それは生温く湿度を孕んだような、不快感な視線であった。


 そんな狂気染みたアランを連れ出すため、カレンは店の外に向かう。そのまま店から離れて暫く歩き、適当に目についた路地裏に入り、そして行き止まりになった所で立ち止まった。


 移動中もブツブツと不気味な独に独り言を呟いていたアランも、カレンに合わせてそこで歩みを止めた。


「こんな所へ私を連れ込んで、ワタシを誘っているんデスね! キヒヒヒヒ」


 あんな非道いことをしておいて、どうすればそんな都合良い考えになるのか、とうんざりするカレン。


「アンタはクズだと思ってたけど、女を殴るほどとは知らなかったわ」


 カレンが怒りと軽蔑を込めた眼差しでアランを睨みつける。


 と、その時。


(カレン、聞くんだ! 以前、俺が学校で嫌な匂いするって言ったろ?

 今はっきりわかった。原因はコイツだ……)


 セロの焦ったような声がカレンの頭に響く。


(以前より匂いが増してる……。それでハッキリ分かった。コイツ、禁忌に手を出したな……)


(禁忌? 何よそれ。っていうかごめんセロ。今それどころじゃないの)


 禁忌を知らないカレンにとって、今最も重要なのは大切な人を傷つけた目の前の男を懲らしめる事のみであり、セロの言葉の重要性が理解できない。


「何が目的なの?! 」


「目的? キヒヒヒヒ。少し話を伺おうと思いましてねぇ」


「話したいだけなら店で暴れる必要もないじゃない!

 カトリーヌさんまで殴っておいて!!」


「ああ。店で暴れたのは貴女への当て付けですよ」


 当て付けでカトリーヌを殴ったと聞いて今にも爆発しそうになるカレン。その拳は手が赤くなるほど握りしめられていた。

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