第6話 森での受難

「こいつはかなりの上玉じゃねえか!」


「売ってもよし、俺達のおもちゃにするも良しだな! ガハハハ」


「こんな上玉は売るなんて勿体ねえ。調教して俺の嫁にしてやる。お嬢ちゃん。大人しく俺達と一緒に来てくれねーか?」


 日も落ち月明かりだけが唯一の明かりとなった夜の森の中で、五人の男がカレンを取り囲みながら好き勝手な要求をしている。


「は? なんでアンタ達みたいなのに付いて行かないと行けないのよ」


 彼女の拒否なんてお構い無しにジリジリと距離をつめてくる男達。


 セロに頼ろうとしたが一時間程前から突然、呼び掛けても反応がなくなっていた。


(これはマズイ状況……。色々考えてはみたけど、この状況で私が打てる手って無くない?!)


 どうにかこの状況を切り抜ける方法がないか思案している間にも男達はゆっくりと近付いてくる。


 既に距離はそれぞれ2m程しか無く、今にも飛び掛かられそうだ。

 

「臭っ!」


(あ、しまった。やっちゃった……)


 思わず突いて出た言葉。それはカレンが意図したのではなく、近付いて来た男達のあまりの悪臭を鼻が感じ取り、反射的に声を出してしまったのだ。


 ーーチラッ。


 正面の男の顔色を伺うと、みるみる顔が赤くなっていくのが分かる。


「失礼な奴だ! 連れていく途中で暴れられたりしても面倒だ。少し痛めつけておとなしくさせてやる!! 」


(……ですよねー。『臭い』とか男として女性から言われたらショックを受ける言葉として万年上位キープの強者ですもんね……)


 カレンがその『強者の言葉』を声に出してしまった自分を悔やんでいる間に、男は自らよ腰に手を伸ばし、刃渡り30センチ程のナイフを抜く。


 それと同時に突然別の男が背後からカレンを羽交い締めにする。振り払おうと力を込めるが、力では全くかなわない。


(これはいよいよヤバいかな……)


 正面の男によってナイフが胸元にゆっくりと当てられ、完全に身動きが取れなくなる。


「べろり」


 そして唐突に首筋に走る不愉快な感覚。羽交い締めにしている男が、異臭を放つざらついた舌でカレンのうなじ辺りを舐めたのだった。


 ゾワゾワと背中に寒気が広がる。


「ひっ! キャアアアアア!」

 

(キモい、キモい、キモい、キモい!)


 余りの気持ち悪さに目に涙を浮かてカレンの身体から力が抜けてしまう。男達はその反応を見て、更にニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている。


「観念したみたいだな。へへへ……じっくり楽しませて貰うからな」


 そう言って正面の男が手を伸ばし、カレンの胸に触れようとした時……。



 ーーバンッ! バンッ!


 突然大きな音が鳴り、その瞬間に正面の男と羽交い締めにしていた男が倒れ、残りの三人も突然の事に驚き、思わずカレンから距離を取った。


 カレンが足元に倒れた二人の男に目をやると、何かで頭を撃ち抜かれ血を流して絶命していた。


「お前らとっとと失せろ」


 一本の木の影から男がゆっくりと姿を表す。その男の両手には拳銃らしき物がそれぞれ握られており、銃口は残った三人の内の二人を捕捉している。


「ひっ」


 銃口を向けられた男の一人は、カレンの足元に倒れる仲間と自分に向けられた銃口を交互に見て数歩後退あとずさりし、そして他の二人に目配せをした後、全員で森の奥に走り出した。


「覚えてやがれ!」


 仲間が殺され、自分もそうなることに恐怖した暴漢達は、負け惜しみとも取れる捨て台詞を吐き去っていく。


 その者達の姿が見えなくなるまで、男は冷ややかな目で照準を合わせ続けていたが、しばらくしてから銃を腰のホルスターへとしまいこんだ。

 

 カレンはというと、目の前で人が死ぬ光景を目の当たりにしたショックで震えていた。


 彼女の頭の中では家族が、そして自分が殺された時の記憶が何度も何度も再生されていたのだ。


(助けてくれ夏蓮)

(助けて! かーくん)

(お兄ちゃん!! イヤァァァ!!!)


「ハァ、はぁ、ハァ……」


 猛烈な吐き気を覚えながら、カレンはそこで意識を失ってしまった。

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