【なろう70万PV達成】異世界ハンターで狩猟生活

天音碧

第1章

はじまり

「あっ、あれ……? 足りないんですけど?」


 いま俺はもの凄く焦っている。

 それは他人から見ればほんの些細なミスで起きた出来事だった。


「何度も同じ事を言わせてもらいますが。今回の報酬はこれだけです。あなたの狩猟したフォレストディアーは10体でした。こちらが求めていた11体とは数が合わないんです。申し訳ありませんが規約の関係上、報酬額とお渡しできる素材の数は半分とさせていただきます」


 ぺこりと受付けのお姉さんがカウンター越しに俺に謝ってくる。


--いやいやうそだろ? 


「いや、確かに俺は頼まれた数を揃えて送ったはずなんだけど!?」


 俺は何かがおかしいと感じた。


--数え間違いをしたはずがない!


「すみません。これ以上の対応は私の業務外の範疇になりますので。これ以上の示談をされるのであればギルド長に直接お申し付けください」


 そう言われるともう引き下がるしかない。

 俺は折れることを決めてため息をつく。


「……俺みたいな駆け出しハンターなんか相手してくれないさ」

「ギルド長はどなたでもお話を聞いてくださるお方です。そろそろ後ろの方々のご迷惑になりますので」


【なんだよ。クレーマーか? ガヤガヤ】


 どうやら俺は少し後戻りできない事をしていたようだ。


「わ、わかった。次はちゃんと数をかぞえて納品する……」

「ではまたのご利用をお待ちしております」


 貼りついた笑みでぺこりと会釈を返してくるお姉さんに思わずカチンとなりながらも背を向いて出口に向かう。

 とりあえず誰にも見られないよう、俺は手の中指を立てて立ち去ることにした。


【なんだ。新入りがカサハラしてたんか。俺達の納品時間を無駄に浪費するような事すんなよな】


--口で出すような事じゃないだろ! くそっ! 


 唇を噛みしめながら、俺は般若の面で人と行き交い、近くの酒の席で囁いていた奴に一瞥する。


「……なんか、やってて虚しくなってきた……」


 惨めな気持ちと悔しさが心の中で一面に広がっていく。


 俺の想像していたはずの異世界生活とはあまりにもかけ離れていた日常だ。

 さらに追い打ちをかけるような現実が目の前で待っている。


「あぁ……今日も安宿で1泊か……ネカフェ3000円パックと大して変わらんなこの状況と生き方は」


 もはや俺は異世界のネカフェ難民である。


--俺も上級ハンターの仲間入り。いや、それ以前に俺はアマチュアハンターにすらなれていないのに何を言っているんだ自分は。


「とりあえず25ダラーで止まれる宿を探さないとな」


 手持ちの残金50ダラー。日本円で5000円と言ったところだ。


--これでどう明日まで生きれば良いんだろうか……。

 

 もう何度も同じ思考回路をめぐり続けている日常だから慣れきって今の言葉を忘れていた。


--下手に考えただけでヤバいかも。 


「あぁ……落ち着いた場所で寝泊まりがしたい……」


 異世界に転生したカッコいい主人公達みたいに俺も家が欲しい!

 

「師匠から貰ったお下がりのライフル銃。使い込まれて扱い安いんだけど。周りの人達みたいにピカピカの物が欲しいよなぁ……」


 車まで例えるなら、廃車間近の中古車を乗り回す側と、ピカピカの新車のメルセデスに飽きては乗り換えて乗り回す人に分かれる。


--本当この仕事は格差が激しいよ……まじで……。


 前現代の世界で死んでからこの異世界に来て約2ヶ月が経過している。


--最初の内の1ヶ月は転生した! やったぜ! 俺TUEEEEEEEEEE!!!! 美少女達を毎日手のひらで転がせる!!!! 


 といった感じで息巻いていた。

 その後の2ヶ月が経って気づく大人の階段の一段目。


――あぁ、思い出しただけで傲慢の塊だったなぁ……。日本にいたほうがよほどマシだったわー。ベッドの上で怠惰に寝ながら手元の携帯ゲーム機を転がせて、自分の好きなハンティングアクションゲームを満喫していた自分が懐かしいわー。社会ってこんなに厳しかったの? 大人の人達ってこんなに鬼畜な毎日を送っているわけ? そりゃ誰でも月曜日が来るのが怖いって思うわ。うん、明日は休もう。


「っていけねぇ考えごとしすぎた!!!? 間違っても宿泊難民にはなりたくないな……?!」


 今は夕暮れ時だ。予約不要の安宿は、いろんな人間にとって骨肉の争いが幕を開ける始まりの時でもあるから、そのビックウェーブの並に乗り遅れた奴らになんて慈悲がないっていうほどに酷い目に遭わされるわけだから。


「1回だけ野宿して怖い思いをした事があるからな……。ここの街って大きい割に治安が悪いし。それに野宿狩りをする連中がいるみたいだし」


 ようは夜の治安があまり宜しくない街に身を置いているわけだ。俺の周りだけの話しかもしれないが。

 俺は慌てながら駆け足気味に急ぎ、宿泊施設が多く建ち並ぶ地区に向かって、夕陽が降り注ぐ街中を走るのだった。

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