第22話 急使

 その日の夜、王の宣言通り宴が開かれた。はじめにクロエの旅立ちが発表され別れを惜しむ声が上がったが、彼女の決意が固いと分かると応援する声に変わった。


 王族の旅立ちということもあり、宴は盛大に催された。テーブルにはブレーメンに伝わる様々な料理が並べられ、高級な酒なども数多く用意された。


 参加した人達はみな大いに楽しんでいた――そんなときだった。


 部屋の扉が勢いよく開かれ、一人の兵士が室内に飛び込んできた。王もその様子に何かを感じ取ったのかすぐさま立ち上がった。


「ご報告致します! ただいまセントシュタットから急使が参りました!」


「なに、急使じゃと!?」


「はっ! 通しても宜しいでしょうか?」


「構わん、今すぐここへ!」


「かしこまりました!」


 和やかだった室内が一気に緊張に包まれる。やがてブレーメンの兵士に連れられて傷を負ったセントシュタット兵が姿を表した。


「ひどい怪我じゃ……誰か、直ぐ医者を!」


「わ、わたしが診ます!」


 王の言葉に直ぐにサーニャが反応して治療にあたる。


 サーニャが魔法を発動すると淡く白い光が兵士を包み、少しずつではあるが傷を癒していく。時間はかかったもののようやくセントシュタット兵はしゃべることができるまでに回復した。


「……と、突然のご無礼をお許しください。我が王から文を預かってきております。詳細はこちらに」


「うむ」


 セントシュタット兵から手紙を受け取ると、ブレーメン王はその中身をあらためていく。そして、その表情がすぐに曇った。


「なんということじゃ……」


 そう呟くと、よろめくように椅子に崩れ落ちた。


「王、どうなさいました」


 そんな大臣の言葉にしばらく何事かを考えていたブレーメン王だったが、やがて立ち上がるとこう言い放った。


「みな、悪いが今日の宴会はここまでじゃ。突然のことで悪いが埋め合わは後日にでも行おう」


 こうして急遽、宴はお開きとなった。そして客たちが帰った後、オレ達と国の主要な役職のものだけが玉座に集められた。この状況で良い報せを想像する方が無理だったが、王の口から語られたのは想像以上に深刻な事態だった。


「セントシュタットが魔物の軍勢に攻められておる」


「なんですって!?」


 その反応は誰のものだったろうか。ただ、この場にいる全員が同じことを思っていることだけは間違いないだろう。この世界で一番の大国が攻められているのだ。しかも急使を寄こしたということは、


「状況は劣勢ですか」


「うむ……戦況は極めて不利。至急、援軍を送られたし……とのことだ」


「では叔父上、早々に援軍を送らねばセントシュタットが陥落してしまいます!」


 クロエが真っ先に提案するが、ブレーメン王の表情は暗い。


「できることならそうしたい。だが、セントシュタットとブレーメンは距離的にもそう遠くない。もしこちらから援軍を出した隙を狙ってブレーメンが魔物に攻められたらひとたまりもないだろう。私は王として、自国を最優先で考えなければならない」


「ではセントシュタットを見捨てるおつもりですか、叔父上!?」


「待って、クロエ」


 王に食って掛かろうとするクロエをなだめる。おそらく見捨てるつもりはないだろう。そして、援軍は送れなくても駒が無い訳ではない。


「そこでオレ達がセントシュタットに向かえるかということですよね、王」


「……冷静ですな、フリッツ殿。心苦しいが、現状を考えると儂にはその方法しか思いつかんのです。愚かな王とお思いでしょう」


「いえ、オレもその方法しか思いつきませんでした。それに、自国を最優先するのは王として当然の判断だと思います」


「行ってくれますかな、フリッツ殿?」


「オレは大丈夫です。エレノアは?」


「無論、魔物に苦しんでいる人がいるならば向かおう」


「ありがとう。サーニャは大丈夫?」


「はい、きっとさっきの兵士さんみたいに怪我している人がたくさんいますよね。わたしにできることは限られてますが、出来ることをやりにいきます!」


「サーニャに救われる人はきっとたくさんいるよ。ティルは……」


『いいからさっさと行くわよ。世界一の大国が滅んだとあったら、目も当てられない』


「助かるよ。じゃあ最後に……クロエ、大丈夫かな?」


「も、もちろんです! せっかくわが国を頼ってきたのです。見捨てるわけにはいきません!」


 よし、これで全員の確認が取れた。ここから先はきっと今までにないような厳しい戦場が待っていることだろう。オレ自身も不安が無い訳じゃない。むしろ不安しかない。それでも自分が手にした魔剣の意味を、重さを勇気に変えなければいけない。


「よし、行こう! 王、馬車を用意してもらえますか?」


「感謝する、勇気ある者たちよ。至急、馬車を用意させよう」


 言葉通りセントシュタットに行くための馬車は小一時間ほどで用意された。外はもう暗く、ここから夜が更けてくるという頃合いだった。だというのに、


「空が……」


 遠く南西の空が赤らんでいるのが見え、戦火は着実に近づいていることを予感させた。


「急ごう」


 御者の掛け声とともに馬車が出発する。ここからセントシュタットまでおよそ3日の行程。それまで何とか持ちこたえてくれるよう、そう願わずにはいられなかった。

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