第20話 覚悟

 クロエから相談を受けた翌日、改めて城に向かうと玉座の間が何やら騒がしい様子だった。


「どうしたんでしょう?」


 不思議そうにつぶやくサーニャだったが、オレにはなんとなく予感があった。そして、その予感が間違っていたことがすぐに分かることになる。


「少し落ち着きなさいクロエ」


「わたくしは落ち着いております! 叔父上こそどうして分かっていただけないのですか!」


「私もお前の強さは知っている。しかし旅にでるということは、常に死の危険に晒されるということだ」


「それは理解しております! それでも……」


 やはり昨日のことについて話しているようだ。玉座の間にたどり着くと、王とクロエが激しい舌戦を繰り広げていた。その周囲で兵士と大臣がオロオロとした感じで様子をうかがっている。


「いいかいクロエ……っと、フリッツ殿」


「フリッツ様。今しがた昨日の話を叔父上にもしていたところです。しかし叔父上もなかなか頑固で首を縦に振ってくれないのです」


 頑固なのはきっとブレーメン王家の血のなせる業なんじゃないかなぁと思いつつも、王の方を見る。するとまるで窮地に援軍を見つけたみたいな視線で見つめ返された。


「おぉ、フリッツ殿良いところに。クロエを旅に同行させる許可を出したとのことですが、それは真ですか?」


「えぇ、自分は許可を出しました。仲間にも昨日の夜に確認しましたが、一人だけ条件を付きでということでしたが、おおむねみんな賛成してくれています」


「フリッツ様、条件とは?」


 オレの回答に少し引っかかったのか、クロエがこちらに向き直った。


「それについては……エレノア」


「うむ……失礼ながらクロエ殿、この国の兵士よりも強いとのことでしたので一度私とお手合わせ願えないでしょうか?」


「エレノア様と、ですか?」


「さっき王も言っていたけど、オレたちの旅はどうしても危険が伴う。だから、クロエの剣の腕を見せて欲しいんだってさ。あと純粋に強い人と戦いたいんだろ、エレノア?」


「うむ。それにクロエ殿が私より強いとなれば、火力があるフリッツを除けばパーティーでは一番頼りとなります。これほど心強いものはありません」


 そう言いながらちらりと王に視線を向けるエレノア。きっと王の不安を取り除こうという彼女なりの作戦なのだろう。


「うぅむ……」


 エレノアの視線を受け王もどこか考えるように唸る。葛藤もあったのかしばらく何事か考えていた王だったが、やがて伏せていた顔を上げると、


「ではこうしよう。クロエがエレノア殿から一本取れれば旅立つ許可を出そう。これ以上は譲れん」


 王としてはこれが最大限の譲歩なのだろう。しかしエレノアから一本か……クロエがこれをどう捉えるだろうか。


「一本……わかりました。二言はありませんね、叔父上!」


「あぁ」


 まあクロエはどんな条件であっても受けるだろう。でもなクロエ、エレノアから一本はかなり難しいぞ。なんせ強さ至上主義の国バルディゴでも有数の実力者だからな。


 自分が許可したことから始まった騒動ではあるが、いったいどんな結末を迎えることになるのか。少し不安な気持ちを抱えながらも、オレ達は玉座から兵士の訓練場へと赴くのであった。




 訓練場のある城の左塔一階にくると、訓練をしていた兵たちはいきなりの王の登場に驚きを隠せないようだった(そりゃまあいきなり国のトップが訓練場にきたらビビるか)。そしてここにきた用件を王が告げると、多くの兵士たちが湧きたった。


 近くにいた兵士に理由を聞いたところ、クロエはこの国の兵士たちから絶大な人気があるらしい。


「少女の見た目から放つあの凛とした雰囲気、でも話してみると子供らしさがあるっていうアンバランスさは男心をくすぐるものがある。それにどこか危なっかしいから守ってあげたくなるんだ!」


 ……というのが、その兵士の談である。


 そのクロエが戦うというのだから、訓練をしていた兵士たちがみんなギャラリーと化すまでに時間はかからなかった。いまや城中のほとんどの兵士がここに集まっているんじゃないだろうか?


「それでは両者、所定の立ち位置に」


 王のそんな一言でざわめいていた訓練場が静まる。クロエとエレノアは練習場の中央に引かれた白い白線の上まで移動し、お互い兵士から渡された練習用の木剣を構える。


 構えを見る限りクロエもかなり堂に入ったものがある。対してエレノアはバルディゴ流の構え。最初は様子見なのか、それともはなから使う気がないのかオレが一度見せてもらったマリアガーデン流の構えではなかった。


 正直、オレ自身もエレノアがどこまで本気でクロエと立ち合おうとしているのか分かりかねていた。だが王とクロエが約束してしまった手前、彼女がエレノアから一本を取れなければ旅に連れていくことはできないだろう。


 それでも、彼女が覚悟をもってこの試合に臨んでいるなら――


(余計な口出しはできないな)


 という結論に落ち着いてしまう。


「それでは……はじめっ!」


「せやああぁぁーーーっ!!」


 王の試合開始の合図が終わった瞬間、クロエがエレノアに斬りかかる。


 疾い。まさに一足飛びといった感じで一気にクロエとエレノアとの距離が縮まる。しかし、


「ふっ!」


 それに動じた様子もなく、エレノアはクロエの攻撃を軽くいなした。


「まだまだぁっ!」


 しかしクロエも負けじとそこから連続攻撃を繰り出す。だが流石エレノア、それすらも正確に防いでから攻撃に転じた。


「はぁっ!」


 一閃――エレノアの振り上げた一太刀はクロエの持っていた木剣を高々と宙に弾き上げた。


「なっ……!」


 木剣はくるくると宙を舞い、やがて地面に落ちた。その様子をどこか茫然とした様子で見つめていたクロエだったが、


「クロエ殿! 拾わねば戦場では死にますぞ!」


 エレノアが檄を飛ばすと、ハッと我に返り慌てて木剣を拾って構えた。


「エレノア様、もう一度お願い致します!」


「えぇ、クロエ殿。勝負はまだついておりません」


 そう言葉を交わし、再び剣を交える二人。その様子はまるで師匠が弟子に剣を教えているようにも見えた。何だか自分が剣の修行を受けていた時を思い出してしまう。まあクロエはオレとは比較にならないくらい基本が出来てるだろうけど。


 クロエにはオレとは違い剣の適正があるのだろう。その証拠に何度も打ち合っている間にどんどん動きが洗練されていくのが分かる。エレノアもそれに満足しているのか、どこか嬉しそうな表情だ。


 やがて距離が開くと、ついにエレノアが構えを変えた。マリアガーデン流。つまり、彼女の本気だ。


「お見事です、クロエ殿。まさかこんなに短時間でバルディゴ流を吸収されるとは思いませんでした。ならば、私もとっておきをお見せしましょう!」


「はぁ……はぁ……まだ何か隠しておられましたか」


 エレノアにはまだ余裕があるようだったが、クロエの方はもう息も絶え絶えだった。もう数十分も剣を振り回し続けているのだ。例え男であっても普通は音を上げている頃合いだろう。


「どうですか、クロエ殿。次の一太刀で最後にしては?」


「つ、次で最後ですか!?」


「残り少ない体力で何合も打ち合うより、一撃にかける方がお互い良いと思うのです。それに、クロエ殿はそちらの方がお得意なのではないですか?」


「っ……気付いていらっしゃったのですか」


 エレノアの提案にクロエは驚きを隠せないようだった。傍から見ていたらそんなことは全然わからないものだが、実際に打ち合っている中で感じるものがあったのかもしれない。


「エレノア様には敵いませんね」


「そんな弱気でどうします。私から一本取って叔父上を説得なさるのでしょう?」


「……そうでしたね。では」


 クロエはふぅと息を一つ吐くと、深く腰を落として剣を腰に構えた。見たことがない構えだ。これが一撃にかけるクロエのとっておきなのだろうか?


 対してエレノアは木剣を片手で中段に構え、クロエの一撃を迎える形をとっている。


 稽古場が再び静まり返る。これが最後の一撃ということで誰もが固唾をのんで状況を見守っている。おそらく先に仕掛けるのはクロエ。それをエレノアがどう捌くかだが、さてどうなるか。


 そんなことを考えた一瞬の後――軽く高い、何かが弾けるような音が練習場内に響き渡った。


 見ればエレノアの持ってい木剣が途中からぽっきりと折れていた。そして、


「つぅ……」


 痛みに顔を歪めたエレノアが剣を落としてうずくまった。クロエの一撃が木剣を折り、エレノアの手にまでその刃先が届いていたのだ。


「サーニャ!」


「はっ、はい!」


 オレが呼びかけると直ぐにサーニャが反応してエレノアの手当てに向かう。一撃加えたクロエ自身は青ざめた顔になりながらもエレノアに寄り添っていた。


「エレノア様!」


「くっ……いや、大丈夫ですクロエ殿。今の一撃はすごかった。今のは一体?」


「両親から教わった東洋の剣術ですか、普段はここまでの威力は……わたくしにも何がなんやら……」


「さっきのは≪アクセラ≫――加速魔法だよ。クロエ、魔法が使えたのかい?」


「いえ、わたくし今まで魔法などは……」


 オレが一つの答えを示しても、クロエはしっくりきていない感じだった。この感じだと本当に今まで魔法なんて使えなかったのだろう。それが、急に使えるようになった。


 そういうことが無い訳ではない。現にオレの師匠だった人なんかは『魔法は想いの力』と言っていたし、使いたいという想いが強ければ使えるようになる人もいる……と聞いたことがある。


 つまり、クロエは先ほどの立ち合いで純粋に早くなりたいと願ったのかもしれない。その結果、クロエの中にあった潜在能力が発現してアクセラが発動することになったということか。


「よかった、そこまで大きな怪我じゃないですね」


「申し訳ない、サーニャ殿」


「いえ、これくらいしか役に立てませんし」


「何を言われる。サーニャ殿も立派な旅の仲間です」


「あ、有難うございます」


 どうやらエレノアの傷の治療も無事に終わったらしい。先ほどまで大きな蚯蚓腫れが出来ていた肌が綺麗になっていた。傷痕が残らなかったことにほっとしながらも、改めてクロエに向き直る。


「クロエ、キミの方は大丈夫かい?」


「わ、わたくしは何も! それよりエレノア様、本当に申し訳ありませんでした! なんとお詫びしていいやら……」


 涙を流しながらも頭を下げるクロエだったが、エレノアはそんな彼女の頭をやさしく撫でた。


「いえ、素晴らしい一撃でした」


「ですが……フリッツ様がおっしゃるにはわたくしは魔法を使ったのですよ! そんなのルール違反です!」


「そのようなルールを設けてはおりません。それに、魔法も立派な実力。実戦では総合的な力が問われるのですから」


「それでも……わたしくしは……」


 やっぱり責任感の強い子なのだろう。エレノアを怪我させてしまったことにかなり負い目を感じてしまっている。でも剣技に加えて魔法も使えるということは、それだけで天賦の才といっても過言ではない。そのことだけは分かってもらいたい。


「クロエ……エレノアも言った通り、実際の戦いでは剣も魔法も使えるのはかなり有利になる。それこそ、勇者に必要な一番の素質といっても良いだろう」


「……」


「それに、オレたちの旅についてくるのなら自分のために味方が傷つくことも少なからずある。厳しい言い方になるけど、それをある程度割り切れないとやっていくのは難しい」


「……フリッツ様」


「ま、でも」


 ここまでは一応の建前。でも、本当にクロエに伝えたいことは他にある。


「そのクロエの優しさは勇者になるには何よりも重要だ。だから、いつまでも忘れないで」


「フリッツ様……」


「ふむ、クロエもいい勉強なったようだな」


「……叔父上」


 いつの間にか立会人を務めていた王が直ぐそばまで来ていた。


「クロエ……確かにお前は強い。それこそバルディゴで名のあるエレノア殿から一本取れるくらいに。しかし心がまだ未熟じゃ。故に儂は心配じゃった。この立ち合いで学ぶことも多かったのではないか?」


「はい……わたくしはまだまだ未熟でした、叔父上」


「己の弱さを自覚したお前にもう一度問おう。クロエ、フリッツ殿たちとそれでも旅に出る覚悟はあるか?」


「……はい。わたくしは己の弱さを認めたうえで、世界を見て回りたいと考えております」


「そうか……お前もやはり弟の娘だな。一度決めたら曲げないところはそっくりじゃ」


 そう言って王は笑った。クロエもそれにつられる様にどこか晴れ晴れとした様子で笑い返した。

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