第8話 後継者

「では、フリッツ。準備は良いか?」


「お、おう」


「分かってはいると思うが、くれぐれも粗相のないようにな」


 玉座の間に入るにあたってエレノアから諸注意を受ける。生まれてこのかた王族にあったことなどないので、正直言ってかなり不安なんだが。おもに礼儀とかに関して。


「なに、王にはあらかじめ話は通してあるし、所作は私の真似をしてくれれば間違いはない、そう固くなるな。王は寛大なお方だ」


 そう言われても、緊張するものは緊張する。それにバルディゴから追放された人間――まあタイガたちなんだが――を知っているから、おいそれとヘタなマネはできない。


「では行くぞ」


 そんなオレの心中を知ってか知らずか、エレノアは玉座の間へ続く大扉を開いた。予想通り中は広く、深紅の絨毯が敷かれた先には一人の大柄な若い男がいた。おそらく彼がバルディゴ王なのだろう。


 玉座の前までくると、オレはエレノアに習って跪く。っていうか今さらなんだけど帯剣していて良いのだろうか? ティルのことで話に来たのはそうなんだけど、せめてエレノアに預けておくべきだった。国家反逆罪とかでいきなり死刑になったりとかしないよな? とビクビクしていると、


「おう、かしこまる必要はないぜ。楽にしてくれ」


 と、随分と軽い感じの声が頭上から聞こえた。エレノアが頭をあげたのでそれに倣うと、そこにはバルディゴ王の姿が。もしかしなくても、今のは王のお言葉なのだろうか?


「お前さんがフリッツか。オレがこの国の王、バルディゴ17世だ。ま、よろしくな」


 どうやら王であることは間違いないらしい。かなりフランクだが。


「王……以前から申し上げているとは思いますが、お言葉遣いには……」


「まあそう言うな、エレノア。外交関係ならちゃんとやる。それに、冒険者にいきなり王族として接したら、相手も固くなっちまうだろう?」


 お堅いエレノアが王の言葉に苦言を呈するが、それもどこ吹く風とバルディゴ17世が軽くあしらう。王の隣では大臣らしき人物がエレノアと王のやりとりをひやひやしながら見守っているが、やがてエレノアがため息を一つついて追及することを諦めた。


 なら、この言葉遣いが王の心遣いによるものとして話を進めさせてもらう。


「お心遣い感謝いたします。ご紹介にあずかりました、フリッツ・クーベルです」


「おう! 聞くところによるとお前さん、魔剣ティルヴィングを前の調査で手に入れたそうだが……まさか、その腰に下げた錆びた剣がそうか?」


「はい。魔剣という性質上、魔力を込めていないとこのようになっておりますが、ひとたび魔力を込めますと人の形をとることも可能です。ですが常時使い手の魔力を吸い続ける為、その点は注意が必要となってしまいます」


「なるほど。故にそなたにしか扱えぬと、そういう訳だな?」


「……現状は自分しか扱える人間は見たことがない、という意味でならそうなります」


「はは、えらく慎重な物言いだな」


 それは慎重にもなる。もし虚偽申告して首でもはねられたら、たまったものではない。


「では試しに見せてくれんか。なに、この場で剣を握ったとて罪には問わん」


 こちらの心を見透かしたように、王が冗談めかして言う。ちらりとエレノアの方をうかがうと、彼女も頷いてくれたのでティルを手に取り魔力を供給する。


『で、アタシはニンゲンの姿になればいいわけ?』


「悪いけど、頼む」


『はぁ……めんどいわね』


 ティルはそうは言ったものの、剣はぐにゃりと形を変え、やがて少女の姿を取った。


「はじめましてバルディゴ17世。自己紹介は……必要ないわね?」


「おぉ、まさしく伝説にある魔剣ティルヴィングの特徴と一致している! お目にかかれて光栄だ。ようこそバルディゴ王国へ。我が国は貴女の来訪を心から歓迎する!」


 バルディゴ王の喜びようはこの上ないものだった。そして大臣とエレノアからも拍手が起こる。オレは一人だけ何がそんなにめでたいのか分からないまま茫然と佇んでいた。


 しばらくしてバルディゴ王の興奮がようやくおさまってきたところで、オレは肝心なことについて尋ねてみることにした。


「それで、ティルの所有権についてなんですが……」


「おぉ、それについてなのだがなフリッツ。大臣、例の書物を!」


「はっ、こちらに」


「うむ」


 大臣から古びた書物を受け取った王はそれを開いてこちらに見せた。中には見慣れない文字がつらつらと書かれているのだが、オレにはそれが何と書かれているのかさっぱり分からなかった。


「マリク……こんなのを残していたのね」


 しかしティルにはそれが理解できるようで、その表情はどこか切なさを感じさせるものだった。


「あの……これには、何が書かれているんですか?」


「これは大魔導士マリク様が書かれたものだが、ここに魔剣ティルヴィングの持ち主は次に彼女を扱えたものを所有者とし、同時に自分の後継者とするという旨が書かれている」


 なるほど。つまりティルの所有者はオレで良いってことかな? それで大魔導士マリクの後継者になるってことで……。


「って、えぇ! 後継者!?」


「そうだ。喜べフリッツ! お前さんは魔剣ティルヴィングに選ばれたんだ。大魔導士の後継者としてな!」


 そう言ってバルディゴ王はオレの肩をバシバシと叩いた。痛い、痛いけど今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「ティル、ティルはどう思ってるんだ!?」


「マリクめ、よけいなことを……ま、でも今のところアタシを使えるのはアンタだけなんだし、所有権をもらえたのは良かったんじゃないの?」


 いやそうだけど! オレが大魔導士の後継者だって!? 魔法使えないのに?


「エ、エレノア……」


 もう王と大臣はテンションが上がり過ぎて話が通じないと思い、まだ冷静であると思われるエレノアに助けを求めることにした。しかし――。


「王、実はフリッツから例の魔獣討伐に参加してくれるという申し出がありました。大魔導士の後継者の誕生を世間に公表するためにも、彼に助力を願っては如何でしょう?」


「何、それは本当か!? やってくれるか、フリッツ!」


 ダメだ、火に油を注いだだけだった。まあ当初の目的はそうだったんだけど、このままだと本当に大魔導士の後継者として祭り上げられてしまう。


「あ、あのー……せめて大魔導士は勘弁していただけませんか。オレ、魔法は使えないんで……」


「ふむ、そうだったな。では何が良い。マリク様の後継者なのだからカッコいいので頼むぞ」


 カッコイイのって、それでいいのか王様。自分で名乗れる肩書なんて、この前サーニャに説明するのに使った魔剣士くらい……って、そうか。


「魔剣士ではどうでしょうか?」


「魔剣士……ふむ、悪くないな。何より分かりやすい。では大魔導士マリク様の後継者、魔剣士フリッツよ。バルディゴの王としてそなたに頼む。どうか我が国を猛る魔獣から救ってはくれぬか?」


 そう言ってバルディゴ王は最大の礼をもって頭を下げた。


 いきなり大魔導士の後継者に祭り上げられたけど、自身の認識としてはあくまで一冒険者。それでもオレで役に立てるなら、誰かを助けられるのなら助力を惜しみたくはなかった。何より、強くなるためにこの国に来たのだ。だから――。


「お引き受けいたします、バルディゴ17世陛下」


 こちらも冒険者としての最大限の礼を尽くしてその要請に応えることにした。

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