魔力タンクと蔑まれた魔法使い、魔力で強くなる魔剣を拾う

第3話 臨時辺境警備隊員フリッツ

　それからオレはペスタの村に逗留し、臨時の辺境警備隊として働くことになった。

　ペスタの村の人々はみな心優しく、よそ者のオレが警備隊の任に着くことを快諾してくれた。そして朝にサーニャの魔法による治療を受け、昼からは行商に向かう人の護衛と、夜は村周辺の見回りを行うことが日課となった。

「さて、今日も行くか」

「おやフリッツ、今から見回りかい？」

「あ、村長。ちょっと見てきます」

「気を付けてね。サーニャもお前さんを心配してたよ」

「はは、十分に気を付けます」

　偶然すれ違った村長に挨拶し、村の外へ出る。手にはティルと、サーニャから渡された夜食のお弁当。昼間はそこそこの気温があるペスタ周辺だが、夜になるとぐっと気温が下がる。オレは防寒着をしっかり着込み、周辺の森の中へと分け入っていく。

『……まったく。なんでアタシがこんなことに付き合わなきゃならないのよ……』

「そう言うなって。現に今だってオレの魔力を吸い続けているじゃないか」

『だって吸っても吸っても尽きないんだもの、しょうがないじゃない』

「その魔力だってサーニャがオレを助けてくれなかったら吸うことが出来なかったんだぞ？」

『はいはい分かったわ。それよりアンタ、油断してると死ぬわよ』

「えっ？」

　ティルの言葉に足を止めた瞬間、ひゅっと目の前を何かが通り過ぎていった。その方向を見ると、一本の矢が木に突き刺さっていたのだ。足を止めていなければ体に命中して、ふたたびサーニャの世話になるところだった。

「助かった、ティル」

『アンタそれでよく冒険者やってたわね。それより、くるわよ』

　その言葉と同時に、周囲の草陰からわらわらと怪しい身なりの男たちが顔をのぞかせた。どいつもこいつも筋骨隆々とし、いかにも戦闘慣れしているといった風貌だ。

「おう、兄ちゃん。良く避けたな」

　その中でも最も体が大きい男が話しかけてきた。こいつが恐らく頭なのだろう。

「だが運がいいだけじゃ生き残れないぜ。おれが何を言いたいのか分かるよな？」

　頭らしき男がそう言って合図を出すと、周囲にいた奴らが一斉に武器を構えた。

「金を出せってか？」

「別にあるだけでかまわねぇんだ。出すもんさえ出してくれりゃ、おれたちだって何も命まで取ろうとは思ってねぇ」

　金品を要求して命までは取らない……ここまでは村の人たちの証言と一致している。ということは、

「最近この付近を荒らしているのはお前たちってことか」

「だから何だってんだ。ん……その剣……お前、ただの村人じゃねぇな」

「ご名答」

　そう答えるとオレは腰に下げていたティルを構える。通常の剣ならその重さでまともに振り回すこともできないのだろうが、魔力を供給しているせいかちょうどよい重さになっていた。

「ちっ、面倒だな。どこぞの冒険者ギルドの剣士か。だが王国の警備隊でもないただの冒険者におれたちがやれるかな？　数を考えた方がいいぜ、若いの」

　確かに目視できるだけでも十人はいる。並みの剣士ならきついところかもしれないが、

「いけるか、ティル？」

『愚問ね、さっさと終わらせるわよ』

「殺さない程度の威力で頼む」

『はぁ……めんどいわね』

「何を一人でごちゃごちゃしゃべってやがる！　もういい、お前ら、殺さない程度にやっちまえ！」

　ティルと意思疎通をしているとしびれを切らした盗賊たちが襲いかかってきた。正面から三人、後ろに三人、左右にそれぞれ二人ずつ。自分の魔力を使ってティルを振りかざすのは初めてだが、オレは何かに突き動かされるように体を一回転しつつ薙ぎ払った。すると、まるで見えない空気の塊に弾かれたように襲い掛かってきた盗賊たちはいっせいに吹き飛ばされた。

「ぐふっ……てっ、てめぇ、いま何しやがった」

　盗賊の頭も吹き飛ばされていたが、さすがに意識を奪うまではいかなかったようだ。

「何って、ただ薙いだだけだよ」

「ばかを言え……薙いだだけでここまでの威力が出るもんか。いったいてめぇは何を……」

「答えてやる義理はない」

　とりあえずこいつもしばらく眠ってもらおうともう一度剣を構える。

「へっ、こいつはとんだはずれくじを引いちまったな。おれの運もここまでか……ん？」

　とそこでガサリと何かが動く音がした。新手か！？　と音のした方に目をやると――

「サーニャ！？」

　そこには村で休んでいるはずのサーニャの姿があった。オレを追ってきたのだろうか……いや、今はそんなことを気にしている暇はない。急いでサーニャの元に駆け寄ろうとするが、

「おっと動くな。動けばこの嬢ちゃんがどうなるかわからんぜ？」

「くっ！」

　反応が遅れたせいで、サーニャが盗賊の頭に捕まってしまった。失敗した。確かにオレは剣を握っていれば最強の火力を出せるのかもしれない。それでも反応速度や立ち回りなどは、結局はただの魔法使い。戦いになれている盗賊には一手も二手も遅くなる。

「さて、形成逆転だな若いの。とりあえず剣を地面に置いてもらおうか」

「ご、ごめんなさいフリッツさん……わたし、どうしても心配で……」

　まずい。この剣を手放してしまうと、オレはただの魔法を使えない魔法使い――足手まといのフリッツに戻ってしまう。でも、オレを助けてくれたサーニャを見捨てるわけにはいかない。ただ、剣を置いたところで果たしてサーニャを無事に助け出すことはできるのだろうか？

『置きなさい、フリッツ』

　と、そこまで静観を決め込んでいたティルから声がかかる。

「いや、ティル……でも」

『いいから置きなさい。アタシを信じて』

「わかった。けど、何かするにしてもこれって相手にもばれるんじゃ……」

『気付かなかったの？　ニンゲンの時と違って今の声はアタシを握っているアンタにしか聞こえていない。とにかく早く置きなさい。怪しまれるわよ？』

「了解……」

　ティルの指示に従って地面に剣を置く。すると今まで感じられていた体から魔力が抜ける感覚が一気になくなる。最近ようやく慣れてきた感覚だけに、なくなってしまうとどうしようもない心細さを感じる。

「がはは、覚悟はできたようだな。悪く思うなよ、若いの」

「フリッツさん、わたしのことはいいですから逃げて下さい！」

「ダメだ、サーニャ。キミを置いていくことなんてできない」

　くそっ、本当にこのまま何も出来ないのだろうか？　ティルに何か考えがあるみたいだけど、このまま任せてしまったも良いのだろうか？

　いや、冷静になれ。ここで一番やってはいけないことは余計な動きをすることだ。誰かと組んで戦闘をする場合は、それぞれがそれぞれの役割を果たすことが重要だと色んな冒険者ギルドに帯同して学んだ。そして、今は待つターンなのだ。

　それに、ティルはやるといったらやるヤツだ。それは短いながらも共に生活を共にしてきたオレの素直な感想だった。だからきっとこの場面も上手く対処してくれる。情けないけど、今のオレにできる最大限の行動はティルを信じることだ。

　そう考えていると、サーニャを人質にとった盗賊の頭がジリジリと距離を詰めてきた。オレはそこから視線をそらさず、少しでも隙をみせないように努める。

「さすが冒険者だ。なかなか隙はみせねぇな。剣から下がれ。そいつはなかなか厄介な感じがするからな。先に回収させてもらうぜ」

　言われた通りティルから二、三歩距離を取る。それを確認すると盗賊の頭が剣に手を伸ばした。瞬間、

「うっ、ぐおおおぉぉぉぉ！」

　盗賊の頭は急に苦しみ始め、剣とサーニャを手から放した。この隙を逃してはいけない！

「サーニャ！」

「フリッツさん！」

　一気に距離を詰め、サーニャを抱き寄せる。同時に、ふわっとした甘い香りが胸の中に飛び込んできた。そして息つく暇もなくティルを拾い上げて構えた……んだけど、

『その必要はないわよ』

「……みたい、だな」

　盗賊の頭は何故か白目を剥いて失神していた。一体何があったんだ。傍目ではティルを拾っただけに見えたんだが……。

「これ、死んでないよな？」

『ま、一秒もアタシを握ってなかったから大丈夫でしょ』

「それは一体……」

　どういう意味だ？　と問おうとして、サーニャが不思議そうな目でこちらを見ていることに気付いた。

「あの……フリッツさん。いったいどなたとしゃべっているんですか？」

　しまった。剣の状態になっている時のティルの声はオレにしか聞こえないんだった。どうやって説明したものかと考えていると、急に手にもった剣が光はじめ、ティルは人間の形に戻ったのだ。

「おいティル、いいのか！？」

「べつにいいわよ。この子なら他言しないでしょうし」

「えっ……剣が……人に」

「初めましてサーニャ。アタシはティルヴィング、フリッツに拾われた魔剣よ」

「ま、けん……ですか？」

　ティルが自ら正体を明かしたことにも驚いたし、魔剣を自称したことにも驚きだ。まあその方が分かりやすいのかもしれないけど、それでもサーニャはピンときていない様子だ。

「あー、サーニャ。魔剣っていうのはだな」

「あ、すいません。わたし難しいことは分からなくて……でもいいんです」

　オレが魔剣の補足をしようとするも、サーニャは首を振った。

「わたしを助けてくれたのがフリッツさんとティルヴィングさんだってことですよね？　それで十分です。お二方、本当にありがとうございました！」

　そういって頭を下げるサーニャ。まったく、この子は本当にいい子だな。

「良い子ねサーニャ。アタシのことはティルで良いわよ。あと、そこのダメなアタシの持ち主が怖い目にあわせてしまったわね。ごめんなさい」

　それはひょっとしてオレのことだろうか？　というか、サーニャとオレとで対応が違い過ぎないか？　ま、いいか。今は無事に危機を乗り越えられたことを素直に喜ぼう。

「とりあえずこの盗賊たちを縛り上げないとな」

　村から持ってきた縄をつかい盗賊たちの手足を縛っていく。というかまだ意識を取り戻さないけど本当に死んでないよな、これ。

「ところで、さっき聞きそびれたけど何で盗賊の頭はティルを持った瞬間に気を失ったんだ」

「……フリッツ、アンタ自分が異常だってことを理解した方がいいわよ？」

「え？」

　それはどういう意味でだろう？

「いい、普通の人間は魔力をずっと生成なんて出来ない。けど、アタシは魔力をひたすら吸い続ける。つまり、魔力のほとんどない人間がアタシを握ったらどうなると思う？」

「あ……」

　つまり、無いものを吸い続けるわけだ。それが人体にどういう影響を及ぼすかは分からないが、決していいものではないだろう。

「ま、死ななかっただけこの盗賊は運が良かったわね」

「もしかしてティルが魔剣って呼ばれる理由って……」

「己の力量をわきまえないバカがアタシを使おうとした結果、死んだって文句は言えないわよ。……もういい？　元に戻るわよ」

　そう言ってティルは剣の姿に戻ってしまった。改めて聞くとゾッとする話だ。もしオレが普通の魔法使いだったら、剣を握った瞬間死んでいた可能性もある。ただ、それでもあえてこの話を聞かせてくれたってことは、そういう危険性を理解して使えっていうティルなりの優しさなんだと思った。

　何だかんだいってティルはオレを助けてくれる。さっきだってサーニャにを助ける方向で手助けをしてくれたし、魔剣といえども根は優しい少女（？）というのが今の認識だった。

　ま、何はともあれ――

「いったん村に帰ろっか？」

「はい、フリッツさん！」

　今はひとまず休息が必要だ。戦いで疲れた体を引きずりながら、オレとサーニャはペスタの村へと帰還したのだった。