第73話 俺たちは本を受け取る


「えーと、それと。 これを王都から預かって参りました」


魔法収納鞄から、パルシーさんは見慣れた大きな木箱を取り出す。


あの、雑貨屋の定期便の荷物である。


「サーヴへ行くと言ったら、ついでにと」 


バタバタしてて気づかなかったけど、いつの間にか季節は夏から秋に変わっていた。


いつも助かります、お爺ちゃん。


「中身を調べさせていただいてもよろしいですか?。


王都の店には代金と、次回の分の配送も頼んでおきたいので」


おおう、パルシーさんがさっそく仕事しようとしている。


何故か女性用のモノまで入ってて、ちょっと引いたけども。




「あ、これは」


そしてその中から、俺は魔術がかけられた黒く細長い箱を取り出す。


俺は無言でそれを開いて見せる。


「まあ、きれいな花」


船の中で枯れないよう魔術のかけられた白い花が一輪。


パルシーさんなら知ってるのかな。


これが王子の母親が好きな花だってこと。


「ああ、お誕生日でしたね。 おめでとうございます」


あ、知ってたか。


「まあ、そうでしたの。 おめでとうございます」


リーアの声に少し照れる。


「あははは」


二十三回目ともなると、王子はあんまりうれしくなかったりするのかな。


まあ、王子のだから、俺は素直にうれしいけどな。


俺は箱に向かって軽く礼を取る。


お爺ちゃん、いつもありがとう。




 箱は部屋の隅にそっと置き、パルシーさんは鞄からもう一つ、大切そうに取り出した。


「ネスティ様、これを」


上質で柔らかそうな布に、大切に包まれた物。


「ああ、魔導書」


パルシーさんが何故か震える手でそれを俺に差し出す。


「本当にありがとうございました」


俺は懐かしくて、それをパラパラと捲ってみる。


念話鳥も肩の上から降りて、本の側へと寄った。


「この本で、魔術の勉強をしたんです。 本当に懐かしい」


俺はあんまりいい生徒じゃなかったけど。


何だか、王子は顔色が少し悪い。


「これ……」


「あ、はい。 申し訳ありません。


長い間、暗い教会の地下にいたせいか、少し湿気ってしまいまして」


本自体に溢れていた魔力が激減していた。


小さな魔術師マリリエンが出て来ない。




 いや、これはどうみても、何かあったんだと思う。


「パルシーさん、教会の地下って何かありましたか?」


眼鏡さんは考え込む。


「確か、周りに結界のようなものが何重にも張られていると聞いていました」


魔術師を軟禁するのだ。


魔力を封じる何かがあっても不思議ではない。


「くそっ」


「どうしました?」


このままでは魔導書が魔力を失ってしまう。


「えっと、申し訳ありません、ちょっと出かけたいので」


俺は立ち上がる。


「こんな夜更けにですか?」


リーアもパルシーさんも驚いている。


「こちらのことは気にしなくて大丈夫です。


パルシーさん、本日はありがとうございました」


「あ、は、はい」


パルシーさんは今日は新地区に宿を取っているそうだ。


従者たちは、教会の子供たちの部屋で雑魚寝らしい。


「では、また明日」


そう言って追い出す。




「あ、あの、どうされましたの?」


リーアがオロオロしている。


「ああ、ごめん。 これをちょっと届けたいところがあって」


魔導書を作ったのは、魔術師のマリリエンお婆さんだ。


お婆さんなら何とかしてくれる。


「あの、では、わたくしも連れて行ってください」


「え」


俺は口を半開きにしたまま、彼女の顔を見る。


「ネス様のこと、もっと知りたいのです」


今日が誕生日であることも、こんな時間になってから知った。


自分には、もっともっと知らないことがある。


リーアは俺の顔をしっかりと見た。


「教えてくださらなくても結構です。 でも、わたくしに知る機会をお与えださい」


だって、マリリエンに会いに行くんだよ?。


それだと俺が異世界から来たってバレるんじゃね。


せっかく、ただの病気の、二重人格だって思われてるのに。


「分かった」


王子が答える。


『いいだろう。 どうせ移転魔法陣で一気に神殿に飛ぶのだから』


うぅ、王子はやっぱり女性に甘いよ。




 仕方なく、彼女を連れて行くことにした。


季節は夏から秋になったばかりだが、上着を羽織らせる。


 エルフの森の神殿の中へ飛ぶ。


真夜中に近く、ひとけのない神殿の中は、音もなく静かだった。


広い階段の両脇には明かりが点っているが、足元は暗い。


肩の鳥が呟くように、明かりの魔法を発動する。


王子の背丈の杖の上に、丸い明かりが点った。


 俺はリーアに手を差し出し、彼女はその上に手を重ねる。


今はただ黙って階段を上がって行く。


「大丈夫ですか?」


俺が彼女の足元を気にしていると、彼女は頭を横に振った。


「はい、ネス様といっしょですもの」


強がりでも何でもなく、彼女が微笑んでいる。


俺の胸の中に、また一つ、彼女と一緒にいたいという想いが強くなった気がした。




 やがて、周りの暗闇が、ぼんやりとした明かりから、突然明るくなる。


磨かれた黒い床と、遥か遠くの壁と天井。


「ふむ、珍しい客だ」


ダークエルフが顔を見せた。


「こんばんは。 えっと、こちらは妻です」


俺はちょっと照れてしまったけど、ちゃんと紹介出来た。 


「は、初めまして」


俺が照れたせいで、彼女までちょっと照れさせてしまった。


「ああ、気にしないくてもよい。 ここは異界との狭間。


そちらの世界の常識に合わせる必要はない」


「はい?」


リーアは異界の狭間と聞いて、首を傾げている。


そして、彼女から見えない位置に王子が立っていた。




 ああ、これがやりたかったのか。


俺は王子の意図を感じた。


王子は俺を一人の人間としてリーアに認識させたいのだろう。


「あの、マリリエン様をお呼びしていいですか?」


出迎えてくれたダークエルフに一言断りを入れて、マリリエンお婆さんに呼びかける。


「お婆さーん」


光の玉が飛んできて、王子の周りを回り、魔術師の姿になる。


「はあーい」


王子大好きお婆さんは、王子に抱きついていた。




 俺はその姿を微笑ましく眺める。


「マリリエンさん、こんばんは」


「うむ、ケンジ。 少しは落ち着いたかの?」


先日、ちょっと王子と離れようとしてもめた件かな。


「ええ、あの時は、すみませんでした。 ちょっとどうかしてましたね、俺」


頬をカリカリと掻きながら、素直に謝る。


「あ、あれ?」


リーアが俺たち二人を交互に見て、思考が追い付いていかないようでキョトンとしている。


 でもいいんだ、このままで進めよう。


時間制限のあるこの場所で、今はゆっくり説明していられない。


王子も同じ気持ちのようで、特に動きは見られなかった。




「さっそくなんですが、これ、見てください」


俺はパルシーさんから返してもらった魔導書を取り出す。


「おお。 懐かしいねえ」


そう言いながらも、魔術師のお婆さんの顔は残念そうに曇っている。


「どれどれ、おお、こりゃあ酷いな」


ダークエルフの顔も眉を寄せて険しくなった。


「やっぱりだめでしょうか」


もう使えないのかな。


あの小さな魔術師のマリリエン。


厳しくペシペシやられたけど、今ではいい思い出だ。


「ふむ、いい書物だな」


魔導書を見ながら、ダークエルフが顎に手を当てて考え込む。


「これなら、いけるんじゃないか?」


そう言って、魔術師マリリエンを見る。


「何をじゃ?」


まるで『邪神』に復活したかのように、白髪に褐色の肌のイケメンが、赤い瞳でニヤリと笑った。


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