白の巫女/2
目を凝らしてよく見てみると、炎のまわりに人影が狂ったように円を描いて踊るように伸びていた。人々の服はみな黒で、まるで魔女のサバトに出くわしたようだった。
貴増参は木の幹に背を預けて、原始的な明かりの火の照り返しから、身をそっと隠した。息を殺して、あごに手を当て、耳をすますと、パチパチと薪の爆ぜる音がかすかに聞こえた。
「なぜじゃ! なぜ、我が黒なのじゃ!」
遠すぎて、誰が話しているのかがわからない。内容もひどく断片的。ただ緊迫感は伝わってくる。やはり下手に動かない方が賢明だ。
闇が広がる森の中を凝視し続けたまま、崖下へと意識を傾ける。情報はできるだけ多く持っていた方が、より正確な対策が取れる。さっきと同じ少女の声が話し続けていた。
「我の方が白の巫女よりも優れておるであろう」
巫女――
専門書で読んだことはあるが、自身の暮らしている国にはない文化。
(別の場所へ来た……ということでしょうか?)
あの光る勾玉を月にかざしただけで、居場所が変わる。そんな非現実的なことが起きる理論がない。貴増参が半信半疑のまま、少女は噛みつくようにヒステリックになってゆく。
「なぜ、たった三日じゃっ?!」
上着もネクタイもなく、ピンクのシャツだけ。肌寒い風にさらされていたが、貴増参にとってはそんなことはどうでもよかった。
(どちらの日数でしょう?)
パズルピースみたいな話だった。なくさなければ、いつかピタリとはまる時が来て、完成図と近づくだろう。その時まで、記憶の浅い部分へとしまっておく。
「そちらは習わしでございますから……」
男のなだめるようなたしなめのあとに、少女の金切り声が爪痕を鋭く残すように木々にこだました。
「習わし習わしと言いおってからに! 奪えばよかろう!」
焚火の向こう側からひとつの影が突如立ち上がって、落ち着きなくウロウロし始めた。近くにいた影が細い線を伸ばして、座るように促しているのが見える。
「姫さま、じきに機会はめぐってまいります」
男の手を払って、もうたくさんだと言うように、少女はイラついたように炎のまわりを足早に歩き回り、
「その話は半年も前から、お
座っている他の人々を小突いたり、ブツブツと文句ではなく、罵倒に近いものを浴びせているようだった。
あまり心地よいものではないが、その部分は別のものとして切り捨てて、貴増参は情報を集めてゆく。
暴れていた少女を誰かが捕まえ、落ち着き払った様子で注意した。
「何事も時がかかるものでございます」
「我はこのような影の暮らしから、すぐにでもおさらばしたいのじゃ」
怒りが収まってきたようで、炎の向こう側へ少女が回り込んだが、オレンジ色の光の中に浮かび上がるのは、黒一色の袖口と裾が広い着物のようだった。
「姫さまのお辛い気持ちはよく存じております。ですが、何事も時期を見誤っては、うまくいくことも行かのうなります」
年老いた声が静かにたしなめると、少女の声からとげとげしさは消え去った。
「あとどのくらい待てばよいのじゃ?」
「ひと月といったところでしょうか?」
たった一ヶ月。それなのに、少女はあきれて物が言えないと言うような、妙にがっかりとした声を響かせ、
「まだそれほどあるとは……」
ぶつくさと文句がしばらく続いた。
「呪いは跳ね返されるしの。天災も起きんしの。理不尽じゃ……」
呪い、天災――
文明が発展していないようだ。そうなると、過去に来たという可能性が高い。
しかし、さっきから今までの記憶を洗い直しているが、今目の前で繰り広げられているような会話に関連づくような歴史はどこにも落ちていない。
だた、呪いの跳ね返し。少女の態度。まわりの人々の話。それらから考えると、貴増参の心の中にはこの言葉が浮かぶのだった。
(不穏分子……)
しかし、今のだけで結論づけるのは非常に危険である。あごに当てた手はそのままに、薪の爆ぜる音が時折あたりの崖肌にこだまするのをBGMにする。
考古学から紐解いた歴史と今の話が合致するものがないか、もう一度懸命に探そうとする。
(ここはどちら――)
だが、そこまでだった。貴増参が考えることができのは。ガツっと後頭部に激痛が走り、
「っ!」
音は消え去り、視界も真っ暗になった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます