Ⅳ 【スコルピウス】

     5


 翌朝。出立日が明後日に決まったとの知らせが来た。

「留学かぁ。向こうにはどれくらいいる予定なの?」

 アサギとシャオは知らせを受け取ったその日にスパロウの元を訪れた。もう習慣のようなものだ。

「三週間~一ヶ月くらいだって」

「移動も含めるとー……」

「四ヶ月くらいかな」

「わあ、長旅だね。最近ふたりには毎日会ってたから寂しくなっちゃうなぁ」

「……スパロウもさ、一緒に行けたらいいのにね。ドラゴンたちも連れてさ。今からでも一緒に行けないか訊いてみよっか。どうかな?」

「…………誘ってくれるのは嬉しいよ。だけど、僕は行けない、かな……。この仔たちもまだ連れ出すのは心配だしね。ふたりで楽しんできて」


【スコルピウス】の守護地である天蝎宮てんかつきゅうへは船で向かう。

 セントラルを有する十字じゅうじ宮から西へ向かい、処女しょじょ宮、天秤てんびん宮を越え――一ヶ月半に及ぶ航海を経て、アサギとシャオは【スコルピウス】本館へとやって来た。

 トープ色の一枚岩で出来ているガーディ本館と違い、黒色の石を積み上げて造られた建築。

 両開きの大扉の上では【スコルピウス】のシンボルであるサソリが迎える。

 ガーディ本部ほどの大きさはないものの力強いたたずまいの本館を仰ぎ見たあと、ふたりは開放されていた大扉をくぐった。

 中に入ってまず目に入ったのは正面に設けられたバーカウンターだ。守護者の施設とは思えないほどアダルトな香りが充満している。

 メインホールであるらしいがはほとんどおらず、ひとりだけ、先のカウンターに男が座っていた。クラレットの長髪を束ねた、ガタイのいい男だ。

 男は昼間だというのに酒を吞んでいたらしい。声を掛ける前にふたりの存在に気づき、振り向いた。

「なんだぁ、ガキ共。なんの用だ?」

「あ、オールメーラ養成学校から留学で来ました……」

「ああ、例の剣を受け取ろうってやつらか」

 男はやおら立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。

 トールであるアオイかそれ以上に背が高く、とんでもない威圧感だ。思わず後ろに下がりそうになる。

「俺はここの団員のバーク・スコーピオンってもんだ。剣を受け取ろうってのはどっちだ?」

「俺だけど……」

 シャオはおくさず名乗り出た。

「おまえか。よし、表出ろ」

 バークに連れていかれたのは本館に併設されている訓練場だった。武闘派といわれるだけあって、この手の設備が充実しているらしい。闘技場といっても差し支えないほどの規模だ。

 バークは訓練場に置かれていた武器の中から大きな星球鎚せいきゅうつちを手に取り、開けた場所で立ち止まるとこう言った。

「あの剣を持つに相応しいか、試させてもらう」

「は? サインするだけじゃなかったのかよ」

「おいおい、英雄ヘリオスの愛剣だぞ? そんな簡単なわけないだろう」

 うーん、納得せざるを得ない。

「なに、やることは単純だ。俺から一本とれたら、剣はおまえの物だ」

「……わかった」

「そっちの嬢ちゃん、合図してくれ」バークはアサギに言った。

「じょ……僕男です!!」アサギくん切れ気味。

 バークは目を丸くし、「まじか。そいつは悪かった。坊ちゃん頼むわ」

「…………」

 アサギはむくれっ面だが、進み出て合図に備える。

 バークとシャオも互いを見据える。バークは星球鎚を肩に担ぎ、余裕の表情。シャオは自前の剣を抜き構える。

 空気の鋭さが高まったそのとき、

「――始めっ」

 アサギが合図を出した。

 それと同時かと錯覚さっかくする速さで、バークが仕掛けてきた。あっという間に距離を詰め、重い鎚を片手で振り下ろしてくる。

 並の者ならばここでやられてしまうところ、シャオは持ち前の反射神経で間一髪かわした。が、星球の放射状に突き出た棘をかわしきれず、鼻の横を掠めてしまった。

 星球はそのままドゴォっと大きな音を立て、地面にめり込んだ。

「……っ……」

 シャオの顔に脂汗と血がにじむ。

 バークは好戦的な笑みを浮かべ、

「ほう。かわしたか」

 ゆっくりと鎚を持ち上げる。

 その間にシャオは後ろ跳びに後退した。

(こいつ……躱してなかったらどうする気だよっ)

 もし躱していなかったら、今頃シャオの鼻はなくなっていたことだろう。

 戦意喪失してもおかしくない先制攻撃。しかしシャオは折れず、剣を構え直す。

 出方をうかがうシャオに、バークはふっと口端を釣り上げ、

「来ないならこっちから行くぜぇえっ」

 踏み込んだそのとき、


「バアクゥゥゥゥス!!」


 新手の大声がとどろき、バークの動きが止まった。

 バークのみならずシャオとアサギも驚いて振り向くと、出入り口に先の大声を出したとは思えない、小さな老夫が立っていた。アサギやシャオの半分くらいの身長しかない。

 老夫を認めたバークは目を見開き、

「親父!」

「バーク。おまえには謹慎を言い渡したはずだがね」

 バークに「親父」と言われたその徒は怒っている様子で、バークは「不味い」という顔をしている。

「いや、ちょっと暇つぶしをだな……」

「言い訳無用! まったく、少しはおとなしくできないのか。――オールメーラ養成学校からの留学生だね。こっちへいらっしゃい」

 老夫はそう言うときびすを返し、本館の方へ戻っていく。

「……どういうことだよ」

 シャオはバークを睨み、説明を求めた。

「ガハハ、すまん。さっきの試す云々うんぬんはでまかせだ。このあいだ任務でやり過ぎちまって、今謹慎くらっててな。ちぃっと憂さ晴らしさせてもらった」

「憂さ晴らしで殺そうとするな!!」

「殺す気なんてなかったって」バークはなにを言うんだとばかりに手を振った。「ちょっと体動かすのに付き合わせようと――いやぁ、怪我をさせる気もなかったんだが」

((あれで……!?))


 三徒が本館のホールへ戻ると、先の老夫が救急箱を用意して待っていた。

「うちのがすまないね。手当てするからここに座って」

 シャオはおとなしく従い、老夫の前に腰掛ける。

 と、アサギがおずと、

「あの、失礼ですがあなたは……」

「わたしはエヤマ・スコーピオン。ここのマスターだよ」

「え!」

 思わず声を上げたアサギのみならず、シャオも驚いた様子だ。

 武闘派【スコルピウス】のマスターということで、当然その手の精鋭を想像していたのだが、エヤマはどう見てもそうとは思えない。大きな丸眼鏡いっぱいに両目が映っていて、かなりの老眼であることが窺える。眼鏡を取り上げるだけで簡単に一本とれそうだ。

「よく驚かれるけどね」

 慣れっこらしくエヤマはまったく気に留めない。

「マスターは戦闘には参加しないが、うちの事務仕事を一手に担ってるんだ。うちはマスターがいるから持ってるようなもんだな」

(膨大な事務仕事をひとりで……!?)

 アサギは驚愕を隠せない。

「あと拳骨げんこつは結構効く」

 と、バークは付け足す。

「その拳骨を今お見舞いしてやってもいいんだぞ」

 バークは反省を示すべく、口を閉じて気をつけの姿勢になった。

 会話のあいだにもエヤマはちゃちゃっとシャオの手当てを終えていた。事務だけでなく団員の手当てもマスターが担っているのかもしれない。

生憎あいにくそこのバークス以外は出払っててね。先に剣の受け渡しをしてしまおう」

 エヤマは高い椅子から慣れた様子で降りると、救急箱を持って奥の部屋へ向かった。

 と、アサギは気をつけを続けていたバークに向かい、

「……あの、あなたの名前ってバークですよね? マスター・エヤマはバークスって呼んでいるみたいですけど……」

「ん、ああ……それにはまあ……照れ臭い事情があるんだよ。気にするな」

「はあ……」

「坊ちゃんたちは「バークさん」って呼びな」

(なんか呼びづらいな……)

 まもなく、マスター・エヤマが大きなケースと書類を持って戻って来た。

「ああ親父、俺が持つわ」

「見掛けより軽いから平気だよ」

 バークの失態はもう怒っていないらしく、エヤマは優しい口調で断った。

 器用にケースをカウンターへ載せ、自身も椅子に戻って膝立ちになる。

 エヤマがケースを開けると剣があらわになった。

 シャオの身長よりも大きい、漆黒の大剣。

 幅広で、燃え盛る黒炎が硬質化したような、そんなシルエット。

 つかと呼べる部分がなく、全体が刃のみで出来ているようだ。申し訳程度に手を入れる穴が開いているが、持ちにくく扱いづらそうな印象を受ける。

 しかし、二万年の歳月を経ているとは思えないほど、美しい。

 シャオと覗きに来たアサギが見とれていると、

「問題なかったらこれに名前書いてね」

 エヤマがケースと一緒に持ってきていた書類とペンを差し出した。

 シャオは躊躇ためらわずサインする。

「――これでこの剣は君のものだ。さっそく使ってみないかね」

「うす」

 シャオは剣を手に取った。

「この剣は使い方が少し変わっててね。刀身にヘケルを流してごらん」

 言われた通り火を流す。――と、予想外の大火になった。シャオ自身目を見開いてのけ反る。

「抑えて抑えて!」エヤマが両腕を上から下へとジェスチャーをする。

 ヘケルの出力を抑えると、火はしゅっと引っ込んだ。

 すると漆黒だった刀身が橙色に輝きだした。

「色が変わった……!」とはアサギ。

「中に行き渡った火が透けて見えてるんだよ。ヘリオスのときは彼の炎と同じ、赤色に変わったそうだ」

「へぇ」

 刀身の内側で火はうごめき盛っているらしい。橙の光が揺らめいている。

「ヘケルの火を増幅する構造になっているそうでね。「炎」の――といってもそれほど総量が多くなかったヘリオスのために作られたとかでね。今、ほんの少しのヘケルしか使ってないだろう?」

「す」と、シャオは首肯する。

「こうしてヘケルを流し込んで、手放しで操るのがこの剣の使い方だ」

「遠隔操作ってこと!? すごーい。シャオ、せっかくだから今やってみてよ」

「おう」

 シャオがヘケルで操ると、剣は手を離れて浮かび上がり、ホールの中を飛び回る。

「おー!」アサギくん拍手。

「おお、いいなこれ」

「ヘリオスはこれに乗って、空を自在に駆けたとも聞いているよ」

「それいいな。俺もやろ」

「この剣、僕のヘケルでも使えないかな?」

「どうだろうねぇ。誰も試したことないんじゃないかね」

「やめろよ。もし壊れたらどうすんだ」

 と、そのとき、

「ただまーっ! マスター、バーク見てくれよ! とうとうあのレッドキャニオンのカニングボスを仕留めたん――」

 大扉から団員の一団が帰ってきた。みんなでレッドキャニオンのカニングボスと思しき巨大な獣の死骸を担いでいる。

「あ」とシャオの声が漏れる。

 そのカニングボスの頭にシャオが操っていた剣がうっかりぶっ刺さった。

「「「「――あーーっ!? レッドキャニオンのカニングボスが――――っ!?」」」」

 団員のみなさんの叫び。

 やべ、っと思っているシャオに対し、アサギはきらきらした瞳でその袖を引く。その表情はオールメーラに着いたばかりのとき、寮母のペクトゥルワームさんやメボを見たときのそれと同じであった。

「ねぇシャオ、あれ解体するのかな? するところ見せてもらえるかな?」

「……俺、おまえの将来が不安……」

「なんで!?」


     ●


 ■は、■■れ■きて■い■■■■■。

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