Mユニット(メシエユニット)
呉於 尋
第一章 オールメーラ養成学校
第一話/前 リヴァイアサン=クリスタル
1
床一面に敷かれた青い
「イッサ・フォレスト。君は今年で在籍何年目だ?」
女声に問われ、目線が上がる。
「五年目です」
少年イッサ・フォレストは職員室に呼び出されていた。
上がった目線の先では机を挟み、担当教員のニクスが体を斜めに向け座っていた。少女のような外見とは裏腹に、低い
「後四年も猶予がないことはわかっているだろう。なのに。まだ必要数の半分しか単位が取れていない。言いたいことはわかるな?」
「はい……」
ニクスは視線をイッサの隣へ移す。そこには頭に触角の生えた少女が立っていた。
「アチキ・スペーシルド。君は武闘大会で数回入賞こそしているが、クエストに於いてはまるでやる気がみられない」
「そーですね」
ニクスは「はぁ」とも「あぁ」とも取れるため息を吐いた。
「おまえたち、総合成績最下位だぞ? ヘケルのコンビが。前代未聞だ。〈無敗の女王〉の影に隠れているが、オールメーラ史に残るところだぞ」
「返す言葉もありません……」
「フォレストはいい加減ヘケルを制御できるようにならないと。減点の多くはヘケルの暴走が原因だろう」
「はい……」
「コンビなんだ。フォローしてやれよ」
「わかってはいるんだけどねー」
ニクスはまたため息を吐きたい気分になったが、姿勢を改めて話し始める。
「……いい事を教えてやる。クエストにランクがあるのは当然知っているだろう?」
「ちょっとアカちゃん、いくらあたしたちが落ちこぼれでもそれぐらい知ってるって。Ⅰ~Ⅳの全四ランクでしょ」
その鮮やかな髪と虹彩から付けられたろう緋色を意味する名前から、アチキはニクスのことを「アカちゃん」と呼んだ。
「ニクス先生と呼べ。――あまり知られていないが。ランクⅣの更に上、ランクⅤが存在する」
「ランクⅤなんて、聞いたことないですけど」
「ガーディ並みの実力を備えた者のみが受けられるクエストだ。難度は格段に上がるが。修得できる単位は他の比ではない」
「あの、俺たちには関係のない話に思えるんですけど」
「まあ聞け。二名以上でクエストを行った場合、完遂したとき与えられる単位はみな同じだ。極端な話。誰かが完遂すれば他はなにもしていなくても単位が取れる」
「あ! わかった。ランクⅤのクエストに同行すれば、単位ががっぽり稼げるってことでしょ!」
「そういうことだ。あまり勧めたくはないがな」
「で、そのランクⅤを受けられる生徒って誰なの?」
「わたしも誰とまでは知らん。ただ存在しているのは間違いない。可能性が高いのは成績上位者だろう」ニクスは机に出していた書類を差し出し、「これをやる」
イッサが受け取った書類をアチキも横から覗き込む。
「これは……」
「前期の総合成績上位者の一覧だ」
「これって生徒に見せたらダメなやつじゃない?」
「順位は消してあるから問題ない。ただし口外はするなよ」
(消してあるって、上から塗りつぶしてあるだけだから昇順なんじゃ……)
と、イッサは思ったが口にはしなかった。
「これだと顔わかんないから先生ついてきてよ」
「仮にも
十字の刻まれた黄金の林檎に、白と黒の二体の猫――正確には猫型ホムンクルス――が描かれた校章を掲げている学校――オールメーラ養成学校。
中央都市セントラルの中心に座する治安維持組織、ガーディの本部に併設されている、
学年もクラスもない無学年制の学校だが、年齢制限がある。入学できるのは満十一歳から十六歳までで、在籍できるのは十八歳まで。十九歳になった時点で規定単位に達していなければ退学になってしまう。
現在十五歳のイッサも、その退学の危機にある。
オールメーラでは主にクエストと呼ばれる課題を修めることで単位を得られる。逆を言えば、これをこなせなければ単位を得るのは難しい。
イッサは困難なクエスト――得られる単位が多いクエストほど、ヘケルが暴走――突然、鞄から草が茂ったり、樹が道を塞いだり、
ガーディ本部・本館の開け放たれた正面口の前、黒髪黒目という珍しい色の少年と、明るい紫の髪にネオングリーンの目、山なりの細い触角の生えた少女――と、なんとも目を引くふたり組が立っていた。イッサとアチキである。
本館にある職員室をあとにしたふたりは、ニクスに貰った書類を見ながら相談を始めた。
「アチキ、このなかで知ってる徒いる?」
「まあ、名前だけなら何徒かいるけど、顔までわかるっていうと……ひとりだけだわね」
「一番上の……?」
「一番上の」
つまり総合成績トップに名を記されている生徒。オールメーラの学生なら誰もが知っているその者の名は、
ハド・ペルセポネ。
彼女こそ、ニクスの言っていた〈無敗の女王〉と称される生徒である。尚、ペルセポネはセカンドネームだ。
「彼女はまず間違いなく修得可能者だわね」
「もしかして、もしかしなくても声掛ける気?」
「もちあたぼーよ」
「や、やめとかない……?」
というイッサの提案はあっさり却下され、ふたりはハド・ペルセポネの所在を尋ねるため、寮内にある受付へ向かった。
受付嬢のメボによると学外のクエストからまだ帰っていないとのことだった。
「うぅむ、時間ができちゃったわね」
「時間ができちゃったって、話せばすぐおーけーされるような言い方だなぁ」
「そういうイッサは絶対無理だと思ってるでしょ」
「そりゃあ、だって、あの〈無敗の女王〉だよ? 俺らが相手にされるわけないよ」
「まあ、
「……似たようなものだよ」
「えぇいっ、わかったわよ! 振られたときのことも考えて他の徒にもあったってみましょ。あ、上位者だから他の徒にも相手にされないっての、なしだから」
「……どうやって捜す? 訊き込み?」
「いい考えがあるわ」
ガーディ本部兼オールメーラの広大な敷地を、服を着たぬいぐるみのような生き物がてこてこと歩いている。ふわふわの体毛に覆われた小さな足。長くしなやかな尻尾。ちょこんと出っ張った小ぶりな鼻。顔のほぼ横に付いている大きな三角耳に、これまた大きな紫の目……。
「チャボつーかまえたっ」
アチキはぬいぐるみのような生き物こと量産猫型ホムンクルス・チャボを、背後から抱き上げた。
突然抱き上げられたチャボは大きな目をさらに大きく見開いた。
「いい考えってチャボのこと?」
「そ。チャボなら生徒の居場所もわかるでしょ」
ガーディで雑用係を担っているチャボは全部で百数体おり、記憶を共有している。敷地内の至る所にいる上、オールメーラではクエストの監督役として同行することも多いため、生徒の居場所をばっちり把握しているという寸法だ。
「てことでチャボちゃん、徒捜し手伝って」
「チャボいそがしい、てつだわない」
チャボは逃れようと四肢をぱたぱたさせていた。
「手伝ってくれたら穴あきチーズあげるわよ」
「チャボてつだう」
チャボの知能は幼児並みである。
こうしてチャボの協力を得たふたりは難なく目標の生徒たちを見つけることができたのだが……
「――無理ムリ! いまさらメンバーが増えても連係崩れるだけだし」
「――ごめんなさい。うちは女性限定のチームで……」
「――クエスト? 事務専門だけど……?」
――――
――
「っあーー全滅」
あえなく撃沈していた。食堂脇の長椅子に座り込み、脱力したアチキが吐き出した。
「よく考えたらほとんどの徒はパーティで動いてるんだよね。今から入れてもらうなんて無謀だったかも……」
「これは〈無敗の女王〉と組むしかないってことじゃない?」
「なんでそんなポジティブな言葉が出てくるのさ」
アチキは長椅子に預けていた背を起こし、
「だって彼女、パーティ組んでないらしいし、事務専門ってわけでもないだろうし。それに、イッサ気づかなかった?」
「なにに?」
「誰も金の飾緒つけてなかったの」
「……それってつまり……」
「端から彼女以外ないってこと」
「俺、ガーディなれないのかなぁ」
情けない声を零しながらイッサは頭を抱えた。
「そうしてるうちはなれないでしょうね。イッサってば〈無敗の女王〉に対してだけ後ろ向き過ぎない? なんだかんだ言っても同い年の女の子よ?」
「…………だからだよ」
ぼそりと呟かれたそれはアチキには聞き取れなかった。
なにか言ったか尋ねようとしたとき、チャボが声を上げた。
「きかん、きかん! ハド・ペルセポネきかん!」
ハド・ペルセポネ帰還。
アチキとイッサはチャボと別れ、東西南北にある門のうち、彼女が着いたという東門へ急いだ。
と、東門と寮に繋がる分かれ道に差し掛かったところ、なにやら徒が集まっていた。
どうも複数の生徒でひとりを囲っているらしい。さらにその周囲を野次馬が囲っている。
イッサは野次馬の間から中を覗き込んだ。
そして、目に飛び込んできたのは、鮮烈な光景だった。
花が開いた。
青い花弁が――オールメーラの青い制服を
そして、花の中から女王が現れた。
藍色の長髪と
その姿を形容するなら――高潔。
如何なる穢れをも切り伏せる、誇り高き女王。
その眼差しは強く、しかし
イッサはその光景に目を奪われていた。そのとき、誰かの呟きが耳に入る。
「〈無敗の女王〉」
目の前に釘づけにされていた意識が過去へと引っ張られる。イッサは以前にも一度、彼女の姿を見たことがあった――
――四年前。冬の武闘大会でのこと。
オールメーラに入学して間もなかったイッサは、その観戦席に居た。
視線の先、闘技場の中心で「彼女」は舞っていた。
自分より数ヶ月先に産まれただけの、小さな女の子。
――けれど、その日その場所で、誰よりも存在感があった。
遠くて顔はよく見えなかったが、藍色の髪が彼女の動きに合わせて翻る様は、目で追わずにいられなかった。
彼女はどんどん勝ち進んで……――優勝した。
決勝の相手は前大会優勝者で、雪のヘケルだった。
ヘケルを持たない新入生が、実力あるヘケルに勝ったのだ。そんな話、英雄譚でもそうそう出てこない。
――だというのに、自分はどうだ?
ヘケルなのにヘケルを上手く扱うこともできやしない。
イッサは思ってしまった。
すごい徒は、ずっと前からすごいんだ。
すごくない俺は、すごくはなれないんだ。
俺は……すごくはなれないんだ……。
「……ッサ……イッサ!」
「えっ?」
意識が現実へと引き戻された。
「もうっ、なにぼけーっとしてるの。行くよ」
どこへ? と訊こうとして、なにをするのだったか思い出す。〈無敗の女王〉ことハド・ペルセポネにパーティの申し込みをするのだった。
余程ぼけーっとしていたらしい。気づけば目の前に居たハドは場を後にし、徒だかりも散り始めていた。
イッサは心中ため息を吐く。
(あぁ、憂鬱……)
そして。
「いいですよ」
「「ええっ!?」」
アチキとイッサの驚愕の声が重なった。アチキは予想よりも早く了承されたことに、イッサは了承されたこと自体に驚いた様子だった。
そこから話はとんとん拍子に進んだ。
要点として、パーティを組むにあたり条件を二つ提示された。一つはクエストの決定権はハドに委ねること。もう一つはパーティを組めるのは一ヶ月間、ということだった。二つ目の条件については、彼女の卒業予定が来月の頭だからだ。
この条件をふたりは快諾した。
「――では、
彼女は藍色の髪を翻し、寮の自室へ戻っていった。
寮の玄関ホールには、呆然としたアチキとイッサが残された。
「……嘘みたいに話が進んだわね」
「……
「ほっぺつねってあげようか?」
「いや、いい」
「イッサ、クエストの内容、覚えてる……?」
「……まったく」
明日に不安を感じさせるものの、アチキ、イッサ、そしてハドのパーティが結成された。
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