第9話・ふたり、溶け合うように
「……ちゅ……ちゅる……ちゅ……」
雨を逃れ、二人は神社の境内の奥にある無人の倉庫の中に入った。
「ちゅ……あ…はぁ…ん……ちゅ……ちゅるる……ちゅ……」
さほど雨脚は強くなかったものの、遮るものもない参道をゆっくり歩いてきたので、二人は頭の頂から足の先まで万遍なく、しとどに濡れていた。
「……ちゅ……ちゅ……ちゅぶる……じゅるちゅ……んぱぁ……啓次ぃ……ちゅ……啓次ぃ……啓次ぃ!!」
「……ん……サキ姉……サキ姉……」
二人は、そんな濡れ鼠状態などに構うことなく、沙希が先導するまま倉庫にたどり着いた。
そして、なぜだか彼女が鍵の隠し場所を知っていた南京錠を開けて庫内に侵入するや否や、どちらともなく自然に体と唇を合わせた。
「んぷぅ……ちゅ……れろ…ちゅぶ………ちゅるる……」
お互いキスの経験はなかったはずなのだが、最初の触れ合いから拙さはまるで無い。
相手のどこをどうすればどういう反応が返って来て、それにまたこう返せばどう返してくれるかわかっているといった具合に、まるで性戯の熟練者同士のまじわりのような激しくて繊細なキスを繰り返した。
「……ちゅぶる………ちゅぶ…ん……あ…ちゅぶ……ちゅぶぶ……んぷ…気持ちイイ……ちゅぶ……キス……気持ちイイ……気持ちイイよ、啓次……」
舌を搦め、
粘膜を蹂躙し、
歯茎を擦り、
唇を吸い、
唾液を交換し……。
ともすればキスとはその気軽さゆえに、性的な興奮が強まるにつれて御座なりに、ただ形だけの擦り合わせになってしまいがちではある。
しかし、互いが互いのことを想い、真剣に、注意深く行為に向き合うことができたのなら、ある意味では何よりも強い快感になることを、啓次は初めて知った。
「はぁ……うん……僕も……気持ちイイよ……ちゅぶ……サキ姉……」
「ちゅ……ちゅぶ…はぁ…はぁ…ちゅ…啓次ぃ……ちゅ…もっとぉ……」
沙希は貪欲に唇を求めながらも、啓次の手を取る。
「……んっ……啓次……啓次……ん……」
興奮のために啓次は気が付かなかったが、自分で思っている以上に体は冷え切っていたらしい。
沙希にそっと手を取られた時も手はかじかみ、感覚らしい感覚はあまりなかった。
しかし、沙希の柔らかな指や肌に瞬間の、冷え切った手が火傷してしまうのではないかというくらいの激しい熱は、確かに指先から感じとることができた。
「ああ……サキ姉……サキ姉っ!!」
そんな熱にほだされたのか、啓次は堪らず指先に力をこめた。
「……啓次ぃ……もっとぉ……もっと強く触ってぇ……私をもっと……求めてぇ……」
啓次はその燃え立つ沙希の唇を、一層、強く強く貪った。
多少乱暴な口づけではあったが、すっかり蕩け切った沙希には痛みではなく、ただ快感だけが与えられているようだった。
「……あ……啓次ぃ……啓次ぃ……啓次ぃ!!」
「はぁ……はぁ……はぁ……サキ姉……サキ姉っ!!」
「ん!!」
一際、舌が絡み合った時に、沙希はそれまでとは明らかに違う艶色を帯びた大きな声をあげた。
「サキ姉!!サキ姉!!サキ姉っ!!」
「ちょ、ちょっとま……んん!!だ、ダメ、ほんと……はげし……過ぎだからぁ……」
そんな弱々しくも蕩けた『ダメ』を聞かされて、素直に止まれるほど啓次には女性経験はない。
むしろ彼の興奮には拍車がかかる。
「サ、サキ姉っつ!!」
「へ……?きゃっ!んぷっ!」
半ば強引に沙希の唇をこじ開けて侵入すると、啓次は半端に着崩れていた浴衣を下着ごと力いっぱいにはだけさせ、乳房を外気の下に露出させた。
散々弄んだその白く豊かな乳房は、ぐいと浴衣を押し広げた途端に、プリンと揺れながら零れ落ちた。
「はっ、はっ、……サキ姉……」
「け、啓次!!……いまは、だ、だめ!啓次ぃ!!……いまはホントだめ!!」
啓次の目は再び、獣のように荒々しい光が灯る。
髪の毛同様、色素の薄い白磁のような肌。
触れる度、撫でる度にムニムニと形を変えて指を弾き返す柔らかな乳房。
しっとりと、汗が滲む深い胸の谷間。
……なんていやらしいのだろう。
故意でも事故でも押し付けられたり、ちらりと薄着の下から見たりしたことはこれまで何度もあったが、その都度、啓次が性的な欲求を駆り立てられることはなかった。
むしろ、うざったいなとか、暑苦しいなとか、はしたないなとか、本当に血の繋がった姉弟や家族に対して感じるような、そんな色気とは程遠い感想しか抱いてこなかった。
「……サキ姉……サキ姉!!」
「け、けいじぃ!けいじぃぃ!!」
しかし、その時、その場所にあって、沙希の美しい肢体は、啓次の理性を一蹴させてしまうほどの破壊力があった。
鎖骨、首筋、肩、二の腕……。
啓次は露になった沙希の体中に、キスの雨を降らせる。
「だめだって……い、言ってる……のにぃ!!」
「サキ姉?綺麗だよ、サキ姉」
「もう、ダメだって、啓次!!わたし、わ、わらし……こ、こわい……こわいよ啓次ぃ!!」
啓次の名前を叫びながら、涙目になる沙希。
未知の恐怖と快感とで半ば意識を飛ばした状態のまま、啓次のなすがままになっている。
「……あ……う……あ……」
「はぁぁぁ……はぁ……さき……ねえ……」
断続的に痙攣する体。
だらしなく開かれた口。
もはやどちらの物かもわからない唾液によって唇の周り濡らした沙希の姿は、普段の凛とした雰囲気からは想像ができないほどにいやらしく、もはや性戯にずぶずぶと溺れ、快感に悶える一匹の盛りきった雌にしか見えなかった。
啓次はもっともっと彼女の体を犯したい衝動にかられた。
そんな勢いに任せて着ていたTシャツと薄手のカーディガンをかなぐり捨てた。
続けてジーンズのベルトを緩め、下着も何もかもを脱いでしまおうとするが、焦る気持ちが先走って手がおぼつかない。
そんな時だった。
「けい……じ……」
「サキ姉!?」
すっかり弛緩し、しなだれかかってくる沙希の体。
啓次は反射的に支えたのだが、この場面では確実に場違い者と追いやられていたはずの理性のともしびがその時、突然胸に去来してその獣じみた性衝動にブレーキをかけた。
―― あ……サキ姉の体って……こんなに小さくて軽かったんだ…… ――
「……あ……あ……け…い…じ……」
友達にオモチャを取られてビービーと泣きついてきた啓次を慰めるでもなく、ポカリと頭を叩いて『男なら泣くな!』と追い打ちをかけて更に泣かせた沙希。
しかし、いつの間にかそのオモチャを取り返してきてくれて『もう泣くな』と生傷だらけの顔で笑いかけてくれた沙希。
実力差が歴然であるのにも関わらず手加減など一切不要とばかりに全力で竹刀を打ち込み、『情けないぞ』と叱咤してくる沙希。
しかし、あの踏み込みにはどう対処するべきのか、どの角度にどれくらいの剣速で打ち込めばどこに隙間ができるのか真剣にアドバイスをくれ、『アンタなら絶対にできるよ』と啓次を信頼しきった顔で笑う沙希。
転んだ啓次をおぶって帰る沙希。
表彰台の一番高いところで手を振る沙希。
迷い、悩み、立ち止まる度にその背中で啓次の行く道を示してくれた沙希。
四歳という歳の差と成長の早い女の子という差。
そして何より結城沙希は世界一強くて、宇宙一カッコイイ人間であるという憧れや先入観。
そのおかげで、啓次にとって沙希は決してどんなものにも壊されることのない無敵な存在であり、これからも永劫、そうあり続けるのだろうと思っていた。
「……あ……あ……」
だがどうだろう。
今、この瞬間。
自分の腕の中で息も意識も絶え絶えになっている半裸の女の、なんと弱弱しいことか。
いつの間にか自分の方が頭一つ分伸びた身長。
なんとなく幼い頃からの惰性で続けているトレーニングのおかげで大きく固くなった男の体躯。
そこにスッポリと収まるほど、沙希の体は軽く、細く、柔らかく……。
何より小さく頼りなかった。
「さき……ねえ……っつ!!!!」
そして、啓次は見てしまう。
乱れて額に張り付く沙希の髪。
珍しく下ろして右目を隠すように垂らしていた前髪の隙間からのぞく白い眼帯。
匂いにしろ空気にしろ、生々しい性事の高揚感が雨天に備えて出番を見送った神輿や
その白い眼帯だけが唯一無機質で冷徹で……。
か弱い女性を己の欲望のまま慰み者にしようとした啓次の罪を、静かにとがめたてているようだった。
―― ……啓次ぃ……私、ぜんぶ……なくなっちゃったよ ――
「っつ!」
堪らず啓次は沙希をギュッと抱きしめた。
「……けい……じ?…」
その腕の力強さに引き戻されるように、沙希の瞳に生気がゆっくりと戻ってきた。
「ごめん……ごめんね、サキ姉……」
「……けい……じ……けいじ?」
「ごめん……僕……サキ姉にひどいこと……ごめん……ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさい……」
知らず啓次の瞳から涙がこぼれた。
まるで悪事を働いた子供が、その小さな胸の内で抱え切れなくなった罪悪感や怒られるのではないかという恐怖心を涙という形に代えて外へ溢れさせるのと同じように。
啓次はとめどなく、とめどなく。
垂れた粒が自分の胸板に押し付けた沙希に落ちるのも構わず、ごめんなさい、ごめんなさいという言葉と共に涙を流した。
「………」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……啓次……」
「ごめん、本当にごめんサキ姉……ごめん……ごめんなさい……」
「……いいよ……啓次……」
「……ごめん……僕……無理矢理……ごめん……ごめんよ、サキ姉……」
「……泣くな、男の子……」
沙希は少しだけ踵を上げて背伸びをし、ゆっくりと伸ばした手で啓次の顔を覆って、そのまま自身のはだけられた胸へと優しく抱き留めた。
「……泣くな、啓次……」
「……サキ……ねえ……」
「もう、アンタは……いい歳して……こんなに体も大きくなって……それに、ここもこんな立派におっ勃てておいて、相変わらず泣き虫のヘタレなんだから……」
と、沙希は、激情のために脳が混乱しているのか、心とは裏腹に更なる高硬度をみせる啓次の下腹部の先をちょんと指で弾きながら、クスクスと笑った。
「そんなベソかいて謝るくらいなら最初から無茶しないの」
「ごめん……なさい……」
「だからいいんだよ、啓次。謝ることなんて何もない」
「でも……僕……その……乱暴に……サキ姉は……だめって言ったのに……僕……」
「ばっか。こーゆー時の女の『いや』や『やめて』を鵜吞みにすんな童貞」
「僕……自分のことばっかりで……サキ姉の裸があんまり綺麗で、触ってるだけでも気持ちよくて……」
「そうか、そうか。お姉ちゃんの体はそんなに綺麗で気持ちよかったか」
「うん……胸も大きくてふわふわと柔らかくて……あそこも温かくて……キスは蕩けるみたいに甘くて気持ちよくて……ぶっちゃけサキ姉がとにかくエロくて……って痛っ!」
「ば、バカ!具体的に模写しようとすんな文学バカ!恥ずかしいでしょ!っていうか『ぶっちゃけエロい』って何?その情緒もへったくれもないやつ!それじゃ私がただのエロい尻軽ビッチ女で、まんまと童貞ヘタレ男な弟分を誘い受けしたみたいな感じじゃないの!」
「ごめんごめんごめん!悪かった!僕が悪かったからお腹の皮を捻りながらつねるのはやめて!」
「処女の恥じらいなめんな!!……まぁ、私もすごく感じちゃったんだけど(ボソッ)」
「よかった、ちゃんと気持ちよく出来てたんだ」
「っっっ!!聞・く・なっ!!!」
「ごめんごめんごめん!いや、この距離なら普通に聞こえちゃうから!だめ!つねるのだめ!それ一見地味そうで実は派手に痛いからぁぁぁ!!!」
お互いの感傷。
祭りの雰囲気。
浴衣姿。
静謐な空間。
そういった諸々にあてられたように、今宵顔を合わせてからどこか幻想的で、言ってみれば余所行きな距離感で情事に耽っていた啓次と沙希。
それでもやはりこの二人には、こんな風にまるで子供がじゃれつくように戯れながら乳繰り合っている方がお似合いであった。
「主人公ならもっと難聴気取ってみろってのよっ!!」
「いたいいたい!!いや、僕、生粋のモブキャラだからぁぁぁ!!」
「みんな一生懸命、自分の人生の主人公はってんのよっ!!」
「なんで今そんないい話ぃぃぃ!!!!!」
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