第15話 禍転じて福と為せ

「みんな、お昼にしない?好きなの作ってあげるから!」


私は皆に向かって言った。

気が滅入っている時、大変な仕事が待ち構えている時、そんな時に1番の敵となるのが空腹だ。

空腹で低血糖だとイライラするし、判断力も鈍ってしまう。だから、難しい話をする前にはまず腹ごしらえをしておくべきなのだ。

まぁ、これは私の失敗談に由来しているんだけど。


「じゃあ、あたしはチーズバーガー!ヨラぴは何食べる?」

「ん……じゃあエッグベネディクトをお願い」

「オッケー。あ、挟むのは何にする?ハム、ベーコン、スモークサーモンあたりがあるけど」

「さっぱりしたのが食べたいから、サーモンで。バターは少なめにしてもらえると助かるわ」

「了解……っと。そっちの2人は?」


続いて私はファイバーとアントンにもオーダーを伺う。


「アントン、先にいいぞ」

「あ、ありがとうございます。俺はPB&Jで」

「君に似合うな。俺はそうだな……ルーベンサンドイッチを頂けるか?」

「いいよ。ザワークラウトは入れる?」

「勿論。あれがなければ味がしまらない」

「確かに。酸っぱいの平気なんだね」


2人のオーダーもメモに書き取る。

次は


「シャルは何が食べたい?」

「メニューになくてもいいですか?」

「いいよ!私に作れるものだったら何でも言って」


シャルは少しの間考えると


「おさかながたべたいです」


ものすごくアバウトな注文をした。

私は備蓄してある材料とシャルの好みを照らし合わせて……


「じゃあ、アジのハーブ焼きなんてどう?グリーンソースも添えてさ」

「おねがいします」

「よーし」


だいぶ頭の中で作る段取りが出来てきた。

私は早速調理に取り掛かる。


「ちょ……俺は?」


ここで、1人だけ注文を聞かれなかったニックが小突いてくるが


「何言ってるの?ニックは私と調理だよ」


バッサリ切り捨てると、カウンターへと引きずっていった。





「シャルロッタの方が戦力になるんじゃないのか?」

「いいじゃん、そういう気分なの」


私はニックに答えながらも、テキパキと調理の準備を進めていく。


「火を扱う事は私がやるから、ニックはパンとマフィンをお願いね」

「わかった……って事はアントンのトーストが最初か?」

「そうだね。焼けるのを待っている間に、他のを切っておくかんじ」


ニックも結構長いものだから、だいぶ手際が分かっている。

助手としては普通に優秀じゃないかな。

助手としては。


「ルーベンサンドはライ麦パンだよな」

「そうだよ」


パンを切る様子も板についている。

アントンのトーストが焼ける前に、ニックは全てのパンを切り終えていた。


「次に俺が出来る事……アジか」

「そう、三枚におろすの。でも魚を触る前にPB&Jを完成させた方が良いから、今はまだ準備だけだね」

「よーし」


ニックがカウンター裏にアジを取にいく。

そして戻ってくる頃


チーン!


トーストが焼けた。

ニックはパンをつぶさないように注意しながら斜めに切る。

そしてピーナッツバターとグレープジャムを塗り、皿に盛り付ける。

仕上げにイチゴとラズベリーを添えて、チョコレートソースをかければ完成だ。


「お待たせ!ピーナッツバター&ジェリーサンドイッチだ」


アントンの元へとお届け。

学生達のソウルフード、PB&Jがテーブルに置かれる。


「ありがとうございます!」

「出来立てだから、まぁ気を付けて召し上がってくれ」


ニックがカウンターに戻ってくる頃、既にエッグベネディクトとチーズバーガーの具材は火が通っていた。


「じゃあ、私はメルとヨランダの分を盛り付けるから。ニックはファイバーのルーベンサンドをお願いね」

「トースターを使い終えたから、グリルが出来るって事だな」

「そういうこと」


ここで焦ると以前のようにブレーカーを落とす羽目になる。

ニックは先ほど切ったライ麦パンにコーンビーフ、ザワークラウト、ロシアンドレッシングをはさみ、グリルに投入する。


「これでよし、と」

「待っている間は?」

「グリーンソース」

「正解!」


ニックがバジルをちぎり始めるのを見て、私は完成したチーズバーガーとエッグベネディクトを座席へと持っていく。


「おまちどお!チーズバーガーとエッグベネディクトね」

「おっしゃあ!やっぱコレっしょ!」

「ありがとう、相変わらず手際が良いのね」

「慣れだよ、慣れ」


カウンターに戻った私はグリルから温まったルーベンサンドを取り出して、盛り付けに移る。

と言っても紙ナプキンでくるんで皿にのせるだけなのだが……

まぁ、何はともあれ


「遅くなってごめんね、ルーベンサンドおまちどお」

「ありがとう、いい匂いだな」

「味が足りなかったら塩コショウ振ってね」

「どうも」


テーブルに皿と小瓶を置いて、私はカウンターへと戻る。

ニックはちぎったバジルにオリーブオイルを加え、スプーンでかき混ぜていた。

アジを切るまでそれほど時間はかからないはずだ。

そこで私は余った具材、もとい肉や野菜の切れ端をフライパンで温め直し、そこにチーズを投入する。十分にそれらが絡まったら、ライ麦パンの端(全面がミミになった部分)を取り出しフライパンの中身をのせていく。

そして、丁度使っていないグリルへ投入。

空いた時間と余った材料を使って、即席のピザもどきをこしらえた。

お客様に出すクオリティではないけれど、私とニックが食べる分としては十分だ。


「よーし。じゃあ、アジを捌いていくぞ」

「がんばれ~私は使い終わった器具を洗っておくね」


やっぱり洗い物は私がやった方がいい。

よく皿洗いは夫婦、もっと言うと男女の認識の違いから、不満が出るポイントと言われている。

その意味はやられて初めてわかりました。

確かにイラッとするよ。

だからといって、相手に押し付けるだけなのもよくないので、私は役割分担で解決したけれど。


チーン!


そんな事を考えていると、ピザが焼けた。

洗い物を一度切り上げ、私はグリルからピザを取り出す。

そして一口サイズに切って……


「ニック、あーん」


お約束。

正直言ってコレがやりたかった。


「あづ!!」

「そりゃね」

「冷ましてからでもよくないか!?」

「私に冷まして欲しいと?」

「うぐ……」

「手が止まってるよ」

「ひどい」


ニックは軽くうなだれながらもアジを捌いていく。

中骨を取るのに少し苦労していたが、三枚におろし終えると塩コショウとオレガノ、タイムを振って、無事グリルへと投入する事ができた。


「上手になったね」

「先生が良いからな」


ニックは私からピザを受け取り、口へと運ぶ。

私は


「シャルもおいで、アジが焼けるまであと少しかかるから」

「ありがとうございます」


シャルにも餌付けをする。

そして自分の分のピザを食べ終えると、洗い物の続きを始めた。





その後、シャルのアジも無事焼き上がり、全員に食事が行き届いた所でいよいよ本題に入る。


「まずは現状把握だよね……私はいまいち皆の関係性が分かってないから、説明してくれると凄く助かるのだけれど」

「そうね、じゃあまずは私から」


ヨランダが名乗りを上げた。


「事の発端は恐らく私……仲間のイーライと何でも屋や賞金稼ぎをやっていたんだけど、治安部隊の機密情報を入手する仕事をやったの」

「イーライってエリちゃんね」


メルが注釈を入れる。

なるほど、オアシスではぐれた仲間のことね。


「クライアントはオアシス内の暴徒達。町医者が窓口となって情報のやり取りをしたわけだけど……どうやらこの町医者が只者ではなかったみたいね。まぁ、存在は覚えておいて」

「治安部隊の機密情報ってどうやって入手したんだ……?」


ニックはヨランダに疑問をぶつける。

まぁ、確かに気になるな。


「簡単よ。殺して奪うだけ」

「は!?え、ちょっと待てよ……じゃあ、あの貧民街の事件は」

「やったのは私とイーライ」

「マジかよ」


ニックは驚愕する。

しかし一番衝撃を受けているのは彼ではなく……


「そんな……そのおかげで俺は酷い目にあったんですよ!?」


アントンだった。

彼がオアシスを追われるきっかけとなった殺人容疑は、ヨランダ達の濡れ衣であったのだから当然だ。


「それは申し訳ない事をしたわね。何か奢る?」

「そうじゃなくて……!」


飄々としたヨランダとは対照的に、アントンはテーブルを叩いて立ち上がる。


「アントン、一度落ち着け。まずは話を最後まで聞いて状況を整理しよう」


それをファイバーがなだめた。

アントンは肩を抑えられ、納得いかない様子で席に座る。

それを見てヨランダが話を再開した。


「次に私達は賞金首の依頼を受けたんだけど、それがまたちょっと特殊でね。ゴロツキ共の派遣争いに関係したから、どう転んでも敵を作る事になっちゃったの」

「ちなみにその賞金首が俺だ」


ファイバーが補足する。

確かに彼は銃器技師だから、ゴロツキ共が欲しがる、あるいは消したがる理由もわかる。


「だから、私は多くのグループから依頼を受けて、一番高く買ってくれる所に彼を売る事にしたの。敵を沢山作ることになるけれど、うまく立ち回れば連中を同士討ちさせられるしね」


恐ろしい事を考えるなぁ……。


「でも、納得のいく価格で買ってくれる所は無かった。それなら当分の間は協力関係を結んだうえで、彼を自由にさせるのがいいと思ったの」

「俺は大事なモノを人質にされているから、逃げ出すことは出来なかった。しかし、悪いことばかりでもない。俺とヨランダがそれぞれ独自に行動することで、多くの情報を集める事ができるし、俺が彼女のお眼鏡にかなうだけの働きをする、あるいは出し抜くだけの準備が出来れば自由の身だからな」

「というわけで、彼とは一度別行動する事となった。丁度その頃ね、メルと会ったのは」

「そだね。川っぺりで寝てたらヨラぴがいたの」


これまた凄い出会い方だな。

もう驚かないけど。


「そして、単独行動を始めた俺は、オアシスを出て放浪している銃器技師がいるという情報を掴んだ。俺の長期的な目的達成のためには是非とも味方にしておきたいと思ってね。それがアントンだ」

「危ない所を助けてもらったんです」


なんか急に親近感が沸いた。

私もそんな事があったねぇ……。


「後はまぁ、わかるな?」

「林の中で鉢合せ、そののちカーチェイスか」

「そういう事だ」

「なるほどね。ファイバーとアントンについてはだいたい分かったけれど……そっちの2人が爆弾で襲われたり、そもそもオアシスが何者かに襲撃されたのはどういうことなの?」

「そこで、さっきの町医者が出てくるの」


ヨランダが再び口を開く。


「暴徒達が私の流した情報をもとに、送電設備を占拠する事件が起きた。でもコレは普通に鎮圧されたの。ただ、本題はソコじゃない。窓口になった町医者が別の組織に情報を売った、あるいは彼自身が外部の人間だった、という事らしくてね。まぁ、コレはイーライの推測なんだけど」

「それで、情報の出所を潰しに来たわけか」

「たぶんね」

「物騒な話だなぁ」


情報は独占している事に意味がある。

だから、こういう仕事で裏切りが発生するなんて事は別に珍しい事じゃない。


「処刑器具、拷問器具の犠牲者第一号は開発者に多い、みたいな話か」

「おもしろい例えね」

「にしても、わからない事があるんだけど」


ここで、ニックから疑問が投げかけられる。


「連中の襲撃はあまりにも計画的だったように見えるし、本当に3人を消すことだけが目的ならもっと違ったアプローチを取るはずだ。それに治安部隊が壊滅したって言ってたけど、あいつらだってバカじゃない。ろくでなしが大半とはいえ、実動班みたいな奴らがそうそう簡単にやられるとも思えない」

「あ、それなんだけど……」


ここで、私は話を遮った。


「ニックが倒した4人はダイナーを襲った理由として“ブギーマンがケンカを仕掛けてきたからそれに応えて戦争を始めた”みたいなことを言ってたんだよね……」

「は!?俺がいつケンカを吹っかけたんだよ!」


ニックが驚いて大声をあげる。

しかし、もっと驚いたのが


「え、貴方ブギーマンだったの?」


ヨランダだった。

しまった……ニックがブギーマンなのは基本的に内緒だった。

とはいえ、知らないのはこの場だとヨランダとメルだけだ。

話を円滑に進めるためにも、正体を明かしておいた方がいいだろう。


「しかし、ここに来て話が見えてこなくなったな。ニックがブギーマンとしてやっていた事は“粛清”だろう。そうなると、見方によってはケンカを吹っかけたと言えなくもない」

「そんな事言ったら心当たりが多すぎるぞ……」


ニックは頭を抱える。

うーん、ここに来て……。

しかし、キャメルが唐突に口を開いた。


「でも、やることはシンプルじゃない?オアシスから占領してるやつらを追い出したいんだよね」

「確かに……俺の場合、もう一度オアシスの工房に行く必要がある。目的だけ見れば奴らの軍門に下るという手もあったが、前回暴れたせいでその線も消えたしな」


なんか今サラッととんでもない事言わなかったか?

まぁ、聞かなかったことにしよう。


「アントン、君はどうする」

「俺は……」


アントンは少しの間悩んだようだったが


「俺もやりますよ。これ以上泣き寝入りなんてしたくありませんから」

「それはありがたい。君がいてくれると何かと助かるからな」


ファイバーは未だ気が立っているアントンを落ち着かせるように言った。

こういうところは年長者っていう感じがする。


「ヨラぴは当然、エリちゃんを迎えに行くよね」

「まぁ……そうね」

「ラケルやニックは?」

「そうだなぁ……」


この現状でこれまで通りダイナーを営業する事は不可能だろう。

じゃあ、他に出来ることは?


「逃げるか……戦うか……」


結局そうなる。

私は隣に視線を移して尋ねた


「ニックはどうしたい?」

「……」


彼はしばらく悩んでいた。


「仮に逃げたとして、俺たちは今までのような安定したリソース供給の無い状態で生きることになる。その上連中が追ってこない保証はない……いや、必ず来るな。これまでだってそうだったんだから」


気軽に決められる問題ではない。だから、彼は目を閉じ考えを巡らせて、先の状況をイメージしていた。


「この先10年、20年、生き残る事を考えたのなら……」


覚悟を決めたように目を見開く。


「俺は戦う」


そして言い切った。

正直に言って私はニックがどちらを選んでもよかった。

でも、私は彼と一緒にいると決めたから


「わかった、私もそうするよ」


私の心も決まった。

しかし


「シャルは?」


まだシャルの考えを聞いていない。

彼女だって大切な家族なのだから、意見はしっかりと聞いておかなくてはならない。


「はい」


シャルがこちらを向く。

その表情はいつものように緩んだものだった。


「わたしはいままで、ずっとおふたりのおせわになってきました。わたしはねるところをいただいて、じぶんのぶんだけでなくシロークのごはんまでいただいて……すごくしあわせでした」


あ……この感じは。


「わたしはいそうろうのみでありながら、あぶないこと、つらいことはぜんぶラケルさんとニックさんがかわりにやってくださいました。ほんとうにありがとうございます」


私はこの先にシャルが何というのか大体わかってしまった。

しかし、それは私がどうこう言うことではない。

彼女自身が決めることだ。


「このまえの“りょう”のときもニックさんはギリギリまでわたしにひとをうたせないようにきづかってくれましたね」


しかし、次の瞬間彼女の雰囲気が180°変った。


「でも、もういいです。わたしはじぶんのいしでここにいます。いつまでもわたしをだいじにしてくれなくてかまいません」


私は自分の目を疑った。

シャルの目は1ミリも笑っていない。


「わたしはシロークと“りょう”をしてくらしてきました。おなじばしょでいきていたほかのいきものを、じぶんのためにころしてきました」


彼女はこの国の生まれではないから、難しい言い回しを知らない。

しかし、彼女の発するシンプルな言葉は、ありふれた演説よりよっぽど力があった。


「それは、これからもかわりません。いきるためなら、かぞくをまもるためなら」


シャルはまっすぐ前を向いて


「わたしはだれだってころします」


はっきりと言い切った。

私は思わず圧倒されてしまう。

私以外の皆も信じられないモノを見たように固まっていた。

その様子を感じ取ったシャルは


「わたしのことば、どこかまちがってましたか……?」


不安そうにこちらを見てきた。


「ううん、ちゃんと通じてるよ」

「そうですか、よかったです」


むしろ通じすぎて皆ビックリしている。

これで、全員の意思確認ができた。

しかし、重要なのはここからだ


「で、具体的にどうするよ」


メルがテーブルに身を乗り出し投げかける。


「作戦を立てるにも、まずは敵を知らないとね」


ヨランダがそれに応える。


「何か知ってる人!」


メルは勝手に挙手制にした。

すると、ファイバーが手をあげる。


「連中の中に、武闘に精通している者がいた。あれは我流ではなく、キチンとした解剖学などに則った高度なものだ」

「はぇ~でもそんなら撃ち殺せばよくない?」

「立ち回りにも長けているのだろう。ともかくただのゴロツキ集団ではなさそうだ」


続いてニックが手をあげる


「それなら俺からも。直接姿を見たわけじゃないけれど、連中は無線で通話をしているみたいだったぞ。たしかプレゼントがどうたら……」

「あ、それならここに来たヤツも電話機使ってたね」

「通信手段を持っているのか……」


続いてヨランダが


「私たちはオアシスから逃げる途中に、何度もスナイパーに狙われることになったわね。アレは趣味の範疇では無いと思う」

「腕利きのスナイパーも抱え込んでいると……」

「っていうかタレットも持ってたよね。エリちゃんとはぐれるきっかけになったじゃん」

「タレット!?」


ニックが素っ頓狂な声を上げる。


「えぇ、ブローニングM2を無人で発砲出来るように改造したものね」

「そんなもの、ブラックアウト後に調達できるか……?」

「となると、何となく全体像は見えて来たな」


ファイバーが言う。


「タレットだなんて、今となっては俺の荷物以上のオーバーテクノロジーだ。そんなものを所有していて対人戦闘を心得えた連中を抱え込んでる。そんな組織がブラックアウト後に出来上がるとは思えない」

「ってことは」

「元軍人、警官、あるいはPMCの類が絡んでいる可能性が高いな。」

「最悪じゃねぇか……でも、それなら治安部隊が壊滅したって言われても腑に落ちるな」


点と点が繋がっていく。

私達はどうやら相当な無茶をするハメになるらしい。

ここで、ニックが


「そうなるとより一層作戦を練る必要があるぞ。こっちの頭数は限られてるのに、向こうの規模は不明と来てる。」


額を抑えて考え込む。

しかし、そんな彼とは対照的に


「なら、聞けばいいんじゃない?」


軽い調子でヨランダは言った。


「聞くって……誰に?」

「本人に」

「そんな事できるかよ、真正面から行って教えてもらうのか?」

「裏にいるじゃない」

「……あ」


ヨランダが何を言っているのか理解した。

なるほど、彼らを“しばく”わけね。


「マジか……気が進まないな」

「じゃあ、変わってもらったら?」


そんな事言ったって、自分から拷問を引き受ける人なんて…。

すると


「ニック、この店にモンスターエナジーはあるか?」


ファイバーが急にそんな事を言う。


「何色の?」

「何色でもいいが……あればピンクがいい」

「ピンクは1本しかない。高いぞ」

「じゃあ、奢ってくれ」


そう言うと、ファイバーは席を立つ。

まさか……。


「とっておきを試してくる」


そう言うと、カウンターに置かれたモンスターエナジーを取り、裏口から出ていった。





店の裏手では縛られた男4人がぶっ倒れていた。


「ほれ、起きろ」


ファイバーは男たちの肌に、キンキンに冷えたモンエナを貼り付け目を覚まさせる。

そして、表のテラスから持ってきた椅子に座ると


「あぁ……うまい」


モンエナを一口煽った。


「お前たちも飲むか?」


男たちにも聞いてみるが、彼らはファイバーを睨んだままろくなリアクションを取らない。


「そうか……うまいんだがなぁ」


ファイバーはニヤニヤ笑ってもう一口。

そして一息つくと、いよいよ本題に入る。


「お前たち……ここがどこだかわかるか?そう、ダイナーだ。お前たちがブギーマンにぶちのめされた、あのダイナーだ。」


男たちは相変わらずファイバーを睨んだまま行動を起こさない。


「俺はまぁ、彼の友達みたいなものなんだが……聞いた話によると戦争を吹っかけた自覚がないみたいなんだよな。まぁ、お前たちからしたら、ふざけんなって感じかもしれないが」


ファイバーは核心へと迫る。


「てなことで申し訳ないんだが、何処の誰だか教えてもらえんかね。もし、お前たちが本当に被害者だったのであれば、俺から謝るように言っておく」


あたかも自分は敵では無い、というような口ぶりで話すことで、連中が口を滑らせる事をファイバーは少しだけ期待した。

しかし


「ハハハ……何を言い出すかと思えば」

「この状態で話すと思ったのかよ」


男たちはそこまでバカではなかった。

まぁ、そうだろう。

こうなれば致し方無い。


「優しく言っているうちに応えて欲しいものだな……俺はブギーマンほど暴力的ではないが、同時に優しくもない」

「知った事か」

「お前たちが大人しく話してくれれば、ここで乾杯して全て収まるんだ。悪い話じゃないだろう?」

「アホらしい。じゃあ、大人しく話さなかったらどうなるんだ?」


男のうちの1人が煽るように言った。

するとファイバーはイサカM37を持ち出し


ドン!


ストックを勢い良く男の股の間に叩きつける。

そして一言


「玉が円盤になる」





その後、ファイバーは出て行ってから10分もしないで帰ってきた。


「終わったぞ」

「マジか、何をやったんだ?」

「内緒だ」


気になるけど、知らない方が良さそうだなぁ……。

そういえば


「何か“汚れる”ような事はあった?」

「肥料がタダで手に入ったぞ」

「いらない」


即答。

そんなもの使った食材なんて食べたくないし、提供もできんわ。

まぁ、冗談はさておき……


「得られた情報は?」

「必要な事はあらかた。予想通り、連中を率いているのはPMCだ。数は30人ほど……しかしながら現地で暴徒が相当数加勢していたり、既に死亡、無力化された者がいたりと増減しているらしいので、正確な数はわからないそうだ」

「死んだうちのなんぼかはあたしらが殺ったよ」

「おおふ……勇ましいことで。他には?」

「“戦争”の動機としては以前俺たちが戦った麻薬工場の件も一枚嚙んでいるらしい。また、本来納入予定だったリローディングキットがブギーマンに強奪された、とも言っていたな」

「……俺のせいじゃねぇか」

「別にニック1人のせいではないと思うよ」


ニック個人の意思というよりオアシスの仕事と言う側面が強いし、そもそも彼のやっている事は粛清だ。

まぁ、ここら辺は突き詰めると“どっちが先に殴った”になっちゃうからキリがないんだけど。

しかし、全体的な流れはわかった。


「戦争屋相手に戦争挑むのか。正直キツいな」


オアシスの奪還はそう簡単にさせてはもらえなさそうだ。

作戦は詳細に詰めておかなくては。

ニックは自分の仕事用のカバンからオアシスの地図を取り出して、テーブルに置く。


「こっちは少人数だから、固まって来られるとひとたまりもないぞ。」

「あぁ、まず第一に敵の戦力を分断する必要がある」

「陽動作戦か」

「そうなるな」


ニックとファイバーは神妙な面持ちで地図を眺める。


「次に脅威となるのが、やはりタレットだろう」

「だな。ヨランダとメルはどのあたりでタレットに狙われたんだ?」

「この辺りね」

「よりによって入口かよ」

「その上ジープで牽引しているようだったから、移動ができるはず」

「厄介だな……」


ニックはタレットが目撃された付近に消しゴムを置く。

そして少しの間呆然と地図を眺めていたが


「あれ、待てよ。タレットの電源ってどこから取ってるんだ?」


新しい疑問が浮かんだ。


「車のシガーソケットとか、そこら辺のコンセントじゃないの?」


私は何となく口にしたが


「いや……あれだけの重量を動かすサーボモータは相当なトルクが出るはずだ。だから一般的な家庭用のコンセントだとパワー不足でそもそも動かないはずだし、車のバッテリーなら一瞬で使い切ってしまうはず」

「そうなのか」


タレットについてはさすがのファイバーも専門外のようで、ニックの話に興味深そうに食いつく。


「昔、商社勤めの時に機械部品を取り扱った事があるんだ。サーボモータってのは凄くデリケートで高価な製品で、工場に使われるような大きい奴は購入前に必ず詳細な仕様を直接出向いて確認しないといけなかったんだよ」

「……ということは」

「あのタレットは大規模な電力供給拠点の近くじゃないと使えない事になる」

「オアシス内に条件を満たす場所はいくつある?」


ニックはカバンから次々とアイテムを出していき、地図へと置いていく。


「まずは言わずもがな、街の心臓発電所だ。次に作った電力を街の周囲へと送る大型送電設備……占拠される事件が起きた所だな」

「他には?」

「ここから先は推測になってきちゃうけど……街の入り口付近に設置出来たということは4ブロックごとに設置されている変電設備でもいけるはずだ」

「それは全部でいくつある?」

「5つ」


ニックは地図上にピンを刺す。


「ここより小規模になると、家庭コンセントとほとんど変わらない」

「なるほど」

「その上、それだけの電力を供給できるコードも限られてくる。事前工場が伴っていないということは外部から持ち込んでいるはずだから、いくら長くても50m……それ以上になると製品の傾向として100mになる。つまり気軽に移動はできなくなる。」


範囲が絞られてきた。

ニックはコンパスでピンを中心とした円を描く


「この円のどこかにタレットはあるはずだ」

「後は射程距離を計算に入れるという事か」

「そうだな。M2の射程距離はわかるか?」

「有効射程限界はわからないが、870ヤード(800m)先の目標を捉えたという話は聞いたことがある」

「なるほどね」


しかし、そうなるとオアシスの大部分が埋まってしまう。


「タレットの位置が確定するまでは安全地帯にいた方が無難だな…」

「で、タレットを見つけたらどうするの?」

「そうだな、近寄らない……ってわけにはいかないよな」

「イーライがそこにとらわれていた場合、何としても近づかなければいけなくなるわね」

「ヨランダはオアシスの奪還よりもイーライの救出がメインだから、そうなるよね……」


うーん、どうしたものか。

私たちが悩んでいると、アントンが


「ファイバーさんの銃を使えばよくないですか?」


ひとつ提案をしてきた。


「イサカか?でもアレはショットガンだろ」

「いえ、滑腔砲の方です」

「滑腔砲……?」

「IWS2000、でしたよねファイバーさん」

「え、ファイバーお前そんなの持ってたのか!?」


驚愕するニック。

それに対してファイバーは


「ヨランダに差し押さえられているがな……しかし、いい機会だ。ヨランダ、俺と取引をしないか?」


ファイバーは立ち上がるとヨランダの前へと赴き


「イーライを助ける代わりに俺の銃を返して貰おう」


最早選択肢のないトレードを持ちかけた。


「はぁ……もっと高く売りたかったんだけど、タイミングをミスったわね」

「ヨラぴはギャンブルの才能ないからね」

「メル」


渋々従うヨランダ。

これで、もはや彼女がファイバーを留めておく力はなくなった。

だが、まだ問題はあるようで……。


「実は弾がないんだ」

「「は?」」


この流れで何を言ってるんだお前。

ニックとハモってしまったぞ。


「正確には未完成だ。完成させるためにはオアシス内の工房に行く必要がある。」

「マジかよ……じゃあ尚更陽動が重要になるな。何か戦闘以外で連中の目を集める方法は……」

「有人で行う場合、危なくなったらすぐに撤退できる方法である必要があるな」

「無人の破壊工作には限度があるし、時間もかかる……ってなると車か。俺が街の周りをグルグルしてくるか?」

「それだと無視されて終わりね」

「だよなぁ……」


すると、メルが


「じゃあ車を盗むってのは?グランドセフトオート!」

「アリだな!」

「アリだが……ジープを盗むのなんて自殺行為だぞ」

「うーん、他に車とか持ってないのかな……」


ここで、私は襲撃連中の言葉を思い出す。

オアシスは俺たちのモノ……。

あ、それじゃあ


「元々オアシスに車はなかったの?ちゃんと動くやつで」

「ファルコナーの車が数台、動態保存されてたはず……あ!」

「それを盗んだら、怒って追っかけてくるんじゃない?」

「ありそうな話だ。しかし、首長の車を奪うという事それ自体が難しいように思えるのだが……」


ファイバーの考えはもっともだ。

しかし


「その点については大丈夫だ、俺に考えがある」


ニックには秘策があるらしい。


「そうなのか」

「あぁ、治安部隊とかも知らない方法だから、敵にバレる心配はない」

「へぇ、凄いじゃない。流石ブギーマン」

「ただ一つ致命的な問題があって、誰か1人しかたどり着けないんだ」


それは……マズくない?

その一人の責任があまりにも重たすぎる。


「だから、コレは俺がやろうと思う。言いだしっぺだしな」

「いや待て……これまでの作戦はほとんどお前が立案したものだろう。その立案者がいないと現場は混乱するぞ?」

「って言っても他にいるか?お前は工房に行くから論外だし、あとは皆車の運転、オアシスの地理感、戦闘技術のどれかが欠けている。俺しかいないだろ」

「いるだろ、1人」


そう言ってファイバーはアントンに視線を向ける。


「アントン!?確かに運転は上手いし、オアシスの事もよく知っているけど……」

「彼は殺される寸前だった俺の命を救った。お前が思っているほど弱くはない」

「いや……でもなぁ」


渋るニック。

そこに


「私もニックと同意見ね」


ヨランダが賛同した。


「いくらなんでも責任が重すぎる。そんな役目をよく知らない男の子に任せる気にはなれない」


なんともドライな意見。

しかし、彼女はアントンの事をよく知らないし、そう思うのも無理はない。


「第一、 そこまでの道のりもニックしか知らないんでしょ?ぶっつけ本番だなんて」

「やりますよ」


ヨランダが最後まで話し終える前に、アントンが遮った。


「俺は運転しか能がありませんから。そのかわり、運転なら誰にも負けません。ニックさんにも」

「そうか……」


アントンの様子を見て、ニックの考えは次第に変わってきた。


「まぁ、悔しいけど確かに上手いんだよな、アントンは」

「そうだな。ヨランダ、彼の腕前はレーサー並だ。信じていいぞ」


ファイバーもフォローする。

しかし


「違いますよ、ファイバーさん」


他ならぬアントンがこれを否定した。

彼はグラスについだルートビアを一気に煽ると言い放つ。


「俺はレーサーです」


彼は再び、ハンドルを握る。





ひとまず作戦の流れは決まった。

次はそれを決行するために必要なモノをそろえなくては。


「みんな厚着しろよ!着込んでおけば小口径の弾なら多少マシになる!」


そう言うと、ニックは物置から古着をたくさん持ってきて、広げたブルーシートの上におろす。


「好きなの選んでくれ」

「いらない」

「あたしもいいかな~」


ヨランダとメルにバッサリと切り捨てられる。

かわいそうに。

でも、まぁいらないよね。


「ブギーマンの仕事道具か。他には何がある?」


ファイバーがニックに尋ねる。


「救急医療用品、工具類、ルーペ、フラッシュライト……」

「まるで、ちいさなホームセンターだな」

「だろ?」

「でも、それだけじゃ足りない」

「そうだな、何がいる?」

「銃だ、ありったけの銃だ」


ファイバーの言葉を受けて、ニックはニヤリと笑った。


「その台詞を待っていた」





「それじゃあビジネスの時間だ!みんな準備はいいか?」


ニックは視線を集めるように手を叩くと、声を発した。

やけにテンションが高いような。


「デカい奴に小さい奴、正確や奴に気まぐれな奴、色々な銃がそろってる。何か希望はあるか?」

「コンパクトで火力の出る奴が欲しい」


ファイバーは手始めにサブアームをオーダーした。

ニックは頷くとケースを1つ開け、中身を取り出す。


「イングラムMAC11マシンピストルだ。口径は」

「9×17mm、使用弾薬は.380ACP」

「その通り、釈迦に説法だな。これは初期の民間仕様で、簡単にフルオート仕様に改造できる。そのうえシンプルな機構だから、整備性は抜群だ」

「いいな」

「だろ?他にはどんなのが欲しい?」

「セミオートライフルだ、正確な奴」

「任せろ」


ニックは大きなバッグを開き、誇らしげに中身を見せる。


「コレは凄いぜ、SCR-16ライフルだ」

「AR-15系か」

「その通り。ケツに16がついてるライフルは大概AR-15のクローンと言っていい……M16って言われた方が知ってる人も多そうだしな」

「そうだな。で、肝心の銃の方は」

「あぁ、そうだった。他のAR-15クローンと同様、使用弾薬は.223レミントン、俗に言う5.56mmNATO弾だな。ただ、他と大きく違うのはグリップと一体型の木製固定ストックを採用してるって所だ。おかげでガタは少ない」

「そいつはありがたい」

「そして、こいつの一番のポイントはレシーバーの材質に超々ジュラルミンが採用されているってことだ。宇宙船や航空機に使うような金属だから、元の設計の完成度とあいまって、信頼性はバッチリだな」

「至れり尽くせりじゃないか」

「まったくだよ、自分で使いたいくらいさ」


ニックの振る舞いは妙に芝居がかっていて、まるで映画の登場人物みたい。

なんだか凄く楽しそう。

私は銃に詳しくないうえに、そこまで興味もなかったので、会話に加われなかった。

……ちょっと妬ける。


「はいはい!あたしも!あたしもなんか欲しい!」


ここでメルが自己主張。

既に2本持ちしているのに、まだ増やすつもりなのか……。


「そうだな……メルは既に大きいのを二つ持っているから、こんなのはどうだ?」


ニックが取り出した銃、それは今までとは打って変わって


「グレポン?」

「そう!M79グレネードランチャーだ。サンプガン(Thump-Gun)って名前の方が有名かもな」

「はえ~これまた古そう」

「まぁ、軍の払い下げだな。口径は元の40mmから37mmにダウンサイジングされていて、軍用の榴弾なんかは撃てなくなっている。その代わりに発煙弾や騒音弾なんかが使えるぞ」

「弾はあるの?」

「まぁ、今回使う分くらいは」

「じゃあそれ貰うね」


メルは早速ランチャーを手に取ると構える。


「意外と軽いね」

「単発式だからな。その分作りは頑丈だ」

「あと革ベルトみたいなの、ある?」

「スリングか?あるぜ、好きなの選びな」

「あざす!」


メルがスリングを物色している間、ニックはファイバーと話していたが、ある時ふと視線をこちらに向けると


「そうだ、ラケルの銃も選ぶか」


突然話を振ってきた。


「私?」

「うん、ウィンチェスターだけだと何かとだろ」

「私、あの銃気に入ってるんだけど」


あのウィンチェスターは何かと思い出深い。

正直に言って使い易い銃ではないが……。


「にしたってアレ1本はキツいぞ……ほら、どんなのがいい?」

「うーん……じゃあ反動が軽いやつ」


ニックは私を戦闘要員としてカウントしていないだろうから、敵に与えるダメージを重視するよりは、“事故”要素を極力減らした方が良い気がする。


「反動が軽いやつ……それならこういうのはどうだ?」


ニックが取り出した銃、それはまるで長い銃身のハンドガンにストックを取り付けたような風貌だった。


「出た」


ファイバーがぼそりと言う。

銃器技師の彼がこの反応ということは、コレは有名なのか、はたまたいわくつきなのか……。


「アーマライトAR-7だ。いや……厳密にはアーマライト製じゃなかったかも」

「そういう細かい所はいいよ」

「そうだな、ごめん。……で、AR-7は.22LR弾を使用するセミオートライフルで、ライフルの基礎を覚えるにはもってこいのモデルなんだ」

「誕生日にはじめての銃としてコレを貰ったという男子は多いぞ」


ファイバーが付け足す。

さっきの『出た』はそういう意味なのね。


「定番なんだね」

「そうだな。映画やゲームじゃあんまり見かけないから、知らない人も多いけど」

「で、使い方は?」

「至って普通だ、ラケルは何回か俺の銃も使ってるから、特に問題は無いと思うけど」

「ふーん」


私はライフルを手にとってみる。


「軽っ!」

「そう、コレ水に浮くんだよ」

「じゃあ洪水になっても安心だね」

「……?、そうだな」


今のはジョークだよ、ニック。

砂漠地帯のルート62が洪水になんてなるわけないじゃん。

まぁ、ともあれ


「じゃあ、これにするね」

「そうか、じゃあ後で分解の仕方を教えるよ」

「うん、ありがと」


とりあえず、私の銃も決まった。

これでニックの“ビジネス”もひとまずはお終いだ。

彼は商品を片付けながら、こんな事を口にする。


「こういうの一度やってみたかったんだよ!映画じゃお約束だろ?」

「武器商人から装備調達ってやつか」

「そうそう、ワクワクするだろ」

「確かにな……でも商人が殺されて、代金を踏み倒されるパターンも多くないか?」

「まぁな。でも、そんな事する奴はここにはいないだろ?」

「「「……」」」


ニックの言葉を受けて、全員の視線がヨランダに集まる。


「……なんで皆こっちを見るの」

「いや、なんとなく」

「むしろ、武器を奪うのはメルの十八番だと思うんだけど」

「あたし、騙し討ちはしないよ。正面からやるから」

「どっちもどっちだな」

「おじさんこそ漁り屋から沢山ぶんどって来たんじゃないの?」

「おじさん言うな。俺は主に賞金稼ぎを返り討ちにしていただけだ。まぁ、弾薬は貰っていくが」


あんたら皆同じ穴のムジナじゃい。





「それじゃあ作戦会議は一度お開きだな。みんな店の中で休んでてくれよ」

「そうさせて貰おう」

「じゃあ、あたし瓶コーラ貰っていい?」

「いいよ。今日は特別だからね」

「おっしゃ!“栓抜き”の出番だね」


会議が終わったので、しばらくの間は作戦前の自由時間。

みんなはそれぞれ思い思いの時間の潰し方をする。

“秘密兵器”の整備をするファイバー。

コーラで乾杯するメルとヨランダ。

地図と睨めっこしながらイメトレをするアントン。

シロークと寄り添うシャルロッタ。

そして


「しっかしバカでかい銃だな、これホントに使えるのか?」


ファイバーの様子を眺めるニック。


「当然だ。でなければ困る」

「最後に撃ったのは何時だ?」

「3年前」

「ウソだろ」

「マジだ」

「すげぇ不安になってきた……言っちゃなんだけど、それって」

「“欠陥兵器”の烙印を押された悲しき銃だ」

「あんたの銃を悪く言うのも申し訳ないけれど、やっぱり信頼性がな……」

「お前がそう考えるのも分かる。だが、俺はこの数年間、こいつを撃つためだけに全てをかけてきた。だから……」

「あぁ、あんたの腕が確かなのはよく分かってる。そうだな……信じるよ」

「ありがとう。必ず期待には応えてみせるさ」


ニックはファイバーとの話を終えると、私の方へとやって来る。


「ラケルはどうする?自由時間」

「寝る」

「やっぱり」


もちろん寝る。

大事な事の前には睡眠が欠かせない。

あと、今日は凄く疲れたから一回寝たい。


「じゃあ、俺はここでマップを詰めてようかな」


ダメです。

私は有無を言わさずニックの腕を掴むと


「はい、1名様ご案内」


当たり前のように部屋へと連れて行った。





「俺も同伴なのね」

「ニックだって今日は色々大変だったでしょ。一度休まないと」

「まぁ、確かにそうだな」


私はニックを言いくるめると、そのままベッドに連れていく。

やっぱりシングルベッドに大人2人は狭い。

でも、私はコレが気に入っている。

すぐ近くで向き合って互いの手を握って眠る。

いい年した大人2人が何をやってるんだって話だけど、誰にも迷惑をかけていないのだから別にいいのだよ。

忘れないように目覚ましをセットして……


「じゃあニック、おやすみなさい」

「うん、おやすみ。いい夢を」


ニックの声を聞き終える頃、私の意識は闇へと落ちていく。

大好きな人とこうして床につく。

それは、幸せな眠りだった。





……

………?

目を覚ますと、そこはアパートのベッドだった。

カーテンの隙間からは夕日が差込み、窓際のサボテンを照らしている。

すごく見慣れた光景。

ここは紛れもなく私の部屋だ。

それなのに、なんだか地に足がつかない感覚に囚われる。

あれ、私は今まで何をしていたんだっけ……。

頭がぼーっとして動かない。


「低血糖かな……」


なんだか幸せな夢を見ていた気がする。

内容は思い出せないけれど。

私はフラフラと洗面台へ向かい、鏡に映った自分を見つめた。


「相変わらずひどい顔」


目の下には大きなクマができていて、肌もカサカサ、毛穴は黒ずみ、髪の毛だって荒れ果てている。

そしてトドメに


「うわぁ、とうとう出てきたか」


髪の生え際からは、地毛の赤色が顔をのぞかせていた。

コレが嫌だから、2週間に一回は美容院に行っていたのに。

もう見るに堪えなくなって、私は洗面所を後にした。


「お腹すいたな」


だからといって料理はできない。

何故ならガスも電気も水道も止まってしまっている。

私はキッチンの引き出しを開けて、シリアルの箱を取り出す。


「あれ……?」


やけに重たい。

昨日食べた時はこんなんじゃなかったような……。

でも、私は深く考えず箱を開けた。

低血糖だったから。

すると


「キュキュキュッ!!」


元気なネズミさんがいらっしゃった。

流石に私は驚いて


「うぎゃあぁ!!?」


絶叫。

そして反射的に箱をぶん投げてしまった。

あろうことか、ベッドに。


「キュキュ~!」


ネズミさんも驚いたようで、どこかに隠れてしまう。


「はぁ……はぁ……」


しばらくの間、私は直近数秒間の出来事が理解できず、床に座り込んでいたが、シリアルをぶちまけたベッドにネズミが潜んでいるという事実が呑み込めてくると、気分は一気にどん底へと沈んでいった。

元々沈んでたけど、一層沈んだ。


「最っ悪……」


もう何もやる気が起きない。

私は壁にもたれかかると、そのままふて寝した。

しようとした。

でも、空腹のせいで眠れない。

まともな食料はさっきのシリアルで底を突いてしまったから、買いに行くなりしないといけない。

つまり、外に出ないといけない。


「コンビニ店員に会うのも嫌なんだけど」


こんなナリで人前に出るなんて、まっぴらごめん。

しかし、他に選択肢があるかと言えば


「“あの”シリアル拾って食うのはもっと嫌だしなぁ……」


私はひとつ大きなため息を吐き、クローゼットへと向かった。


「目立たない服……目立たない服……」


絶対に人目につきたくはないので、派手なものは避けないと。

そうやって格闘する事数分、タンスの底から黒色のパーカーが顔を見せた。

すっかり毛玉のついたプルオーバーなやつ。

確か中学高校くらいに着ていた服だ。


「はは……今の私にピッタリだね」


自嘲気味に笑って、袖を通す。

カビくさい。

ダニとかも心配。

でも、もうどうでもいい。

帰ってきたら捨てればいいや。


「財布と鍵と……それぐらいあればいいよね」


気休め程度に消臭ミストを自分に吹きかけ、ウェットティッシュで顔を拭く。

そして、外に出ようとした所で、貰い物のアメがあった事を思い出す。


「君に決めた」


私はグレープ味のロリポップを袋から取り出すと、口にくわえて部屋を後にした。



電気や水道が止まっていても、まだなんとか町は機能していた。

道行く人達もそれなりに見受けられる。

ただ、そういった人達は大概夫婦か男性で、私のように一人でうろつく女はいない。

まぁ、そりゃそうか。

おかげでさっきから視線が痛い。

あぁ、もうイライラする。

そんなに私が物珍しいか。


「やってられない……」


私はフードを目深にかぶると、路地裏へと逃げ込んだ。

コンビニに行くには遠回りになるし、表通りの方がよっぽど安全。

完全に目的と矛盾している。

でも、こういうのは理屈じゃない。

それに私は今空腹で低血糖だから、まともな判断ができる状態じゃなかった。

しばらく歩いた所で、私は無意識にゴミ置き場に視線が向いているという事に気が付いた。


「はは……なにやってんだか」


やってる事は野良犬と一緒。

そうか、私は野良犬だったのか。

……馬鹿じゃないの。

苛立ちに身を任せるように、小さくなったロリポップを噛み砕く。

そして、少しふやけたスティックを投げ捨てると、私はその場を後にした。



その後も人目を避けるように随分と遠回りしたが、最終的には目的地に到着した。

店内に客がいないことを外から確認して、ドアをくぐる。

店の陳列棚はほとんどが空っぽで、いかにも人気のなさそうなお菓子ぐらいしか残っていなかった。


「バナナチップス・オニオンサワークリーム味、コレっておいしいのかな……」


まぁ、この際味は二の次だ。

私はお腹の足しになりそうなものを手当たり次第にカゴに放り込むと、レジへと向かう。

しかし、そこに人はいなかった。


「レジをそのまんまにして席外すとか、不用心だな……」


まぁ、トイレにでも行っているのかもしれない。

私はしばらくの間、ロックバンドのライブポスターやチョコバーの広告を眺めて時間をつぶしていたが……


「流石におそくない?」


いくら待っても店員が現れる気配が見えないので、私は裏の事務所へとつづく廊下を覗き込んだ。

電気はついている。


「すいませーん、これ買いたいんですけど」


声をかけてみるも、反応はなし。

音楽でも聴いているのかな。

だとしたら、待っていても店員は来ない。

致し方なしに、私は事務所へと向かった。

廊下を進み、事務所の中を覗き込む。


「買いたい物あるんですけど、いいですか……」


だが、そこに人はいなかった。

人だったモノはあったが。


「え……?」


耳から血を流して机に突っ伏している“それ”は、服装からして間違いなくコンビニ店員のものだ。

誰かに殺された事は素人目でもわかった。

あまりにも予想外の光景に自分の目を疑う。


ガシャン!


動揺した私は、思わずカゴを落としてしまった。

だが、それすらも今の私は気がつかない。

頭の中が真っ白になり、ただその場に立ち尽くすことしか出来なかった。


「うそ……こんな事って」


人の死体だなんてはじめて見たものだから、私は完全にパニックだ。

でも、本当は真っ先にここから逃げるべきだった。

理由は当然、ここで殺人が起きたから。

まだ犯人が近くにいるかもしれない。

少し考えればわかることだけど、私はそんな事さえ気がつかなかった。

何故なら低血糖だったから。

そんな時


「おい」


突然背後から声が聞こえた。

全身の血液が凍る。

そんな私に構うことなく、声の主は私の肩を掴んで強引に振り向かせた。


「女か」


それは背の高い男だった。

私はフードを被っていたから、背後からは性別がわからなかったらしい。


「見たのか」

「あっ……えっと」

「まぁ、別にいいがな。今は警察だって動いちゃいねぇ」


言葉に詰まる私をよそに、彼は話を進める。

そして


「女が一匹釣れた」


後ろを振り返って声を発する。

すると、新たに男が2人姿を現した。


「へぇ……顔はまずまずって所だな」

「いいじゃねぇか、この際贅沢は言わねぇよ」


ふざけた事をのたまいながら、男のうちの1人がこちらに近づいてくる。

そして、恐怖に竦んで動けない私の両手首を掴んで壁に押しつけて来た。

流石に私も抵抗する。


「放してよ!」

「いいじゃねぇか。まぁ、死体の横でなんだけどな」

「死ね!!」


思い切り足を振り上げて男の股間を蹴り上げる。

そのまま悶える男を押しのけ逃げようとするが、別の男に腕を掴まれる。

もうこの際なりふり構っていられない。

私はパーカーを脱ぎ捨てるようにして再び男の手から脱すると、全速力でコンビニから逃げ出した。



それでもすぐに限界はやって来た。

もとより体力が違い過ぎるし、むこうは3人だ。

私はとうとう動けなくなり、ゴミ置き場の陰に転がり込んだ。


「はぁ……はぁ……」


ゴミの山に背をあずけ、酸素をむさぼるように呼吸をしながら、私はあたりを見まわした。

カラスが鳴いている。

車が放置されている。

新聞の切れ端が風に乗って宙を舞っている。

生ゴミとガスの臭いが鼻をつく。


「はは……ひどいところだな」


私はもうすぐ殺される、膝を抱えてうずくまる。


「女はこの辺りに隠れたはずだ」

「隠れられる場所なんてほとんどない、すぐ見つかるさ」


私はもうすぐ殺される、呼吸を止めてうずくまる。


「お前は左から回れ、俺はこっちから行く」

「逃げ場はないぜお嬢ちゃん、観念して出ておいでよ」


私はもうすぐ殺される、あるいはもっとひどい目に合わされる。

どう転んだって私が助かることはない。

なんでこんな事になったんだろう。

涙が止まらなくなってきた。

嫌だ、私は死にたくない。誰か!誰か助けてよ!

祈る。この際何でもいい、私をこの状況から助け出して!

そして


ダァン!!


祈りは通じた。

突如として響いた銃声。

私はゆっくりとゴミの山から音のした方を覗き込んだ。

そこには


「みっともないぜ、あんたら」


金髪の青年が、空に銃口を向け佇んでいた。

黒いスタジャン、紺のジーンズ。

彼が持っている銃は昔映画で見たことがあった。

未来から来た人造人間のヒーローが使っていたやつだ。

名前は確か、ウィンチェスター。


「誰だお前、いきなり出てきて」

「もしかして保安官様か?」

「少し違う……でも、あんたらにとっては似たようなモノさ」


彼は男達の問いを軽く流す。

そして


「まぁ、突然出てきて悪いんだが……ここらでお引き取り願おうか?」


どこか笑顔のままで言い放った。

しかし、男達が大人しく応じる訳は無い。


「何を言ってるんだお前、頭イカレてるのか?」

「3対1だぜ、数も数えられないのかよ」


当然の流れだ。

それに対して金髪の青年は


「0に何を掛けても0さ、あんたらこそ学校出たのか?」


鼻で笑って言い返した。

ここまでコケにされれば、流石に男達は黙っていなかった。


「テメェ!!」


一番近い男が上着の下から銃を抜こうとする。

しかし、それより速く青年は持っている銃で男の手元を殴って阻止すると、その流れのまま肘打ちを顎に入れた。

これを見て、他の2人も青年に襲い掛かる。

うち1人は青年の背後から殴り掛かった。


「うぉらッ!!」


しかし、腕を振り回すような大ぶりな動き、更にはご丁寧に声で事前通知までしてくれている。

青年は屈むようにして腕の下をくぐって躱すと、振り向きながら銃をスピンコックする。


ドッ!!


そして、1番遠い男の手元を撃つ。


「痛ッああ!!?」


彼は今まさに青年を撃とうとしていたが、指ごと銃をはじき飛ばされた。


「クソが……クソがよォ!!」


最後に残された男…先ほど青年を殴りそこなった男は、再度腕を振り上げ殴り掛かってくる。

すっかり感情的になっていて、動きは単純だった。

だから、対処も単純だ。

殴り掛かってくる勢いを利用して銃口で鼻を殴る。

いや、殴るというより青年はただ待っていただけだ。

そこに男が勝手に突っ込んできた。


「ふぅ……」


青年は緊張がほぐれたように一息つく。

そして彼が軽く身を引くと、男は膝から崩れ落ちた。

これで、この場の脅威は全て無力化された。

しかし、手を撃たれた男はまだ意識がある。


「テメェ……殺してやる……」


その男は撃たれた手をかばいながら、半身を引きずるようにして青年へとゆっくり近づいていく。


「今使ったのは狐狩り用の散弾だ、早急に手当をすれば命は助かる」

「黙れェ!!」

「でも……そのままにしておけば感染症で重大なダメージを負うことになる。もしかしたら鉛中毒って線もあるかもな」


青年はどこか芝居がかったような調子で淡々と話を続けた。


「せっかく拾った命を無駄にするのは賢くないと思うぜ?」

「ふざけんな……お前は絶対に殺してやる……!」

「そうか」


青年は仕方ないといった様子でスピンコックすると、銃口を男の頭に向けた。


「じゃあ、ここで死ぬか?」


歯を食いしばって血走った目をした男を、青年は冷たい瞳で睨む。

男は何も言えず、ただ睨む返すことしか出来なかった。

そして、しばらく緊迫した状態が続いたが、青年は不意に銃口を逸らすと


「なんてな」


笑って男に背を向けた。

青年はそのまま私の方へと歩いてくると


「はい」


自分が着ていたスタジャンを脱ぎ、私に差し出す。

でも、私は頭が回らなくて硬直していた。

すると彼は


「そんな恰好でいたら、風邪ひきますよ」


そう言ってスタジャンを私にかぶせてくる。

そして


「じゃあ、俺はこれで」


それだけ言うと背中を向けて去って行ってしまった。


「えっ……?」


放置された私はどうしていいか分からず、その場に座り込んだまま、離れていく青年の背中を眺めていた。

私はこのまま置いてけぼり?

それもそれで困るんだけど……。

だが、ある時青年は足を止めると、踵を返してこちらに戻ってきた。

そして、さっきまでの勇ましい様子とは全く違った雰囲気で


「あの、ここってどこですか……?」


よくわからない質問を投げかけてきた。

思わず私は


「……はぁ?」


命の恩人にタメ口を利いた。



聞くところによると、この青年は仕事でこの付近のホテルに滞在していたらしいのだが、うっかり迷子になってしまったという。

そして、そこまでの経緯がまた普通じゃなくて……


「仕事でホテルに缶詰になってたんですけど、気がついたら街中大変なことになってて……少しあたりを見て回ろうと部屋から出たときに、オートロックに締め出されて……」

「はぁ……」

「で、ホテルの人を探そうと思ったけど何処にも見当たらなくて、運よく車の鍵は持ってたので、念のため載せていた銃と荷物を持って……で、ホテルの人を探しに行こうとしてたんですよ」

「そしたら迷子になったと」

「お恥ずかしい事に」


そんな事ってある……?

青年は私を助けてくれた時とは打って変わって、何処か冴えない雰囲気を醸し出していた。

っていうか、たぶん年下だと思う。

……そんな事を話しながら歩いていると、彼が宿泊していたホテルの前に到着した。


「ここですね」

「ありがとうございます!……と言っても部屋には入れないんですけど」

「はぁ」

「それじゃあ、貴方の家まで送っていきますね」

「はい?」

「さっきみたいな事がまたあったら大変じゃないですか」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」


いつもの私なら断っているところだけど、今の私は色々疲れていたし、何より相手は命の恩人だから、だいぶガードが緩くなっていた。

私は青年の後に続いてホテルの駐車場に向かう。

そこには1台のピックアップトラックが止まっていた。


「どうぞ」

「失礼します」


促されて助手席に座る。

青年がエンジンをかけると、オーディオから馴染みのある曲が聞こえてきた。


「ダニエル・パウターですか」

「えぇ、ご存知で?」

「まぁ……」


有名だし。

Bad Dayなんて知らない人の方が少ないんじゃないかな。


「俺、ピアノロック好きなんですよ。例えばコールドプレイ……はどっちかというとオルタナか。あ、フィオナ・アップルとか、他には……」

「ジャックス・マネキンとか?」

「まさに!」


その後も音楽の話題で少し会話が弾んだ。

でも、そんな時間はすぐに終わる。

私のアパートは徒歩圏内だから、あっという間に到着した。

青年は入口の前に車を止めると


「俺、ニックっていいます。また何処かで」


笑顔で私を見送る姿勢をとった。

彼は最後までお礼を要求することはなかった。

このまま帰るのは申し訳ないけれど、だからといって今の私に何が出来ると言われると……

だから私は


「ラケルです。次はもっといい所で会いましょう」


今できる最大限の笑顔でそれに応える。

そして、私は車を降りた。

結局買い物はできなかったけれど、最早そんなのも些末事だ。

さっさと寝たい……。

そんな事を考えながら、一歩入口へと踏み出した。

その時


ドッ!!!


とんでもない爆音と爆風が襲い掛かって来たかと思うと、直後にアパートの窓ガラスが割れ、飛び散る。

そしてトドメにマンホールの蓋が勢い良く宙を舞い、放置車両に突き刺さった。

盗難防止のアラームが響く。


「……は?」


突然の出来事にしばらく私は思考停止していたが、次第に炎に包まれていくアパートと、そこから逃げていく住民を目にしていると、ようやく状況が呑み込めてきた。

これ、ガス爆発だ。


「そっかぁ、ガス爆発かぁ」


で、私の部屋は?

……当然、消し炭だ。


「噓でしょ」


どうして良いか分からずその場に立ち尽くす。

そして、すがりつくかのように、ゆっくりと後ろを振り返った。

そこには


「……」


何とも言えない表情で、こちらを見つめる青年、ニックがいた。

別れて1分しないで言うのもアレなんですけど……


「“次”が今でもいいですか……?」


今の私は、きっと捨てられた子犬のような目をしていると思う。



私がもう一度助手席に座るころ、ちょうどBad Dayは終わりを迎える所だった。


「えーっと……これからどうしましょう」

「おまかせします」

「アハハ……じゃあ給油がしたいので、ガソリンスタンド探しに協力してもらってもいいですか?」

「わたしにできることならなんでもやります」

「……無理はしないでくださいね」


そう言うとニックは車を走らせた。

ガソリンスタンド探しに協力するとは言ったものの、今の私は抜け殻同然だったから、彼もほとんど私には話しかけなかった。

ぐったりと助手席のドアに頭を預け、私は窓から外を眺める。

本当に世界は変わってしまった。

これから自分はどうしていけばいいのだろう……。

そういえば


「もし買い物に出かけなかったら私、ガス爆発で死んでたりするのかな」


シリアルをネズミに食べられなかったら。

あのままふて寝していたら。

もっと言うと、最短ルートでコンビニに向かってさっさと買い物していたら。

あの男たちに襲われず、まっすぐ帰れていたら。

そう考えると恐ろしくなってきた。

そしてイライラしてきた。

まるで、今日の災難が“不幸中の幸い”だったみたいで。

あんなにひどい目にあったのに。


「今日は本当に、“ひどい日”……」


疲れ果てた私は、次第にまぶたが重くなってきた。

よく知らない人の隣で寝るのはマズいとわかっているけれど、もうそれどころじゃない。

それに、たぶんこの人なら大丈夫、という謎の安心感があった。

だから


「少し寝ます。おやすみなさい……」


ほとんど無意識に口にすると、私は夢の世界へと落ちていった。





……

………?

ゆっくりと視界の霧が晴れていく。

ここは……私の部屋だ。

ダイナーの離れの一室。

視線を少し横に移すと、こちらに背を向けベッドに腰掛けるニックの姿があった。

ずっと隣にいたのに、なんだか凄くひさしぶりに会った気がして


「てい」

「うご」


私は彼の背中に軽く頭突きをする。

そして、そのまま猫のようにぐりぐりと擦り寄った。


「起きたのか」

「うん。なんか昔の夢を見てたみたい」

「昔?」

「ニックと出会った時の」

「あぁ……」


ニックはそれまで読んでいた書類から目を離すと、どこか当時を思い出すかのような素振りを見せる。


「あの時はホント、怖かったなぁ……」

「怖かった?」

「だって3対1だぞ?」

「その割には強気だったような気がするけど」

「アレもブギーマンと一緒だよ、演じてただけ」

「そもそも何で、私を助けようと思ったの?」


私はニックの膝を勝手に枕にして、彼に尋ねる。


「俺はあの時迷子だったから、誰かに道を聞こうと思ったんだ。そしたらゴミ置き場に人影が見えて……ぶっちゃけホームレスだと思った」

「ひどっ」

「でもその人は追われてた…だから、最初は関わらずに逃げようとも考えたんだ。でも」

「でも?」

「俺が見捨てたら、その人は死ぬんだと思うと……勝手に体が動いたというか」

「ふへっ……」

「どうしてそこで笑うんだよ」

「後先考えない所がやっぱりニックだなって」

「確かに……そうかもな」


ニックは若干不機嫌な様子で私の頭を撫でる。

この表情はわざとだと思うけど。


「おかげで私は今こうしてる」


私は身を起こして、今度はニックの後ろに回り込む。

そして、背中に抱きついた。


「やっぱり私はニックがいないとダメだね」

「その逆も、またしかり……だな」

「当然!だってニックは日常生活でドジばっかじゃん」

「返す言葉がない……でも、それを言うならダイナーの経営だって俺が助言しないと成り立たなかったぞ?」

「まぁね」


私はビジネスに関する知識がまるでなかったから、ダイナーを始めるにあたっては随分とニックのお世話になった。

何せ、開店当時は調理以外の仕事がほぼ全てニックの担当だったのだ。

そんな頃もあったなぁ……と昔を懐かしんでいると、ニックは再度書類に目を向ける。


「なに見てんの!」


私は彼の首に腕をまわすと、頭頂部に自分の顎を置いて、ぐりぐりと甘えてみせる。


「ハゲる!つむじからハゲる!!」

「ほれほれ、私を無視するな?」


今度は耳元へと移り、吐息をかける。


「わかったから!わかったから耳はヤメて!声が漏れる!」

「わかればよろしい」


ニックの肩に顎をのせ、一緒に書類を見る。


「これ、オアシスの地図?」

「そう、戦闘の時に注意するポイントとかを書き込んでる」

「そんなのわかるもんなんだね」

「まぁね」


ここで、私は前から聞きたかった事を聞くことにした。


「前から聞きたかったんだけどさ」

「ん?」

「どうしてニックは“戦える”の?商社勤めでしょ?」

「あぁ……それか」

「話したくない内容だったら無理に話してくれなくても…」

「いや、そういうわけじゃない……俺さ、州兵だったんだよ」


はじめて聞いたぞ、そんなの。

しかもニックの年齢と経歴的に、商社勤めが噓にならないか……?


「じゃあ商社勤めは?」

「そっちも勿論やってたよ。というか本業はそっち」

「州兵って副業で出来るようなものなの……?」

「州兵にはいくつか種類があるんだ。まぁ州によっても色々制度は違うんだけど……俺は俗に言う予備役だった」

「なにそれ」

「簡単に言うと補欠。有事の際には召集されるけど、普段は定期的に訓練と集会に出るだけで、業務を任されるわけじゃないんだ」

「そもそも何で州兵をやろうと思ったわけ?」

「俺はハイスクールを出た時点で、特にやりたいことがなかった。元々得意だった語学も、その頃にはみんな勉強するようになってきたから、そこまで強力な強みにはならなくなっていた」

「それで?」

「何か経歴に箔をつけようと考えたんだ」

「で、州兵?」

「そう。ただ、いざやってみると予備役なんて退役軍人か訳アリな人が大半で、正直に言って後悔した」

「うわぁ」

「でも、いい事もあった。そこで小さい商社を経営している退役軍人の人と出会ったんだ。ラケルみたいな赤毛の長髪だった」

「男の人でしょ?」

「うん、髭も凄かった。……で、俺は晴れて就職先を見つけて、ビジネススキルを身につけるに至ったわけさ」

「なるほどね……」

「だから、俺が戦える理由としては、予備役の州兵だったからって事」

「長年の疑問が解消されました」

「それは何より」


私はここで『俺……実はCIAなんだ』とかいう話になる事も覚悟したけれど、流石にそんな事はなかった。

映画の見過ぎか。


「専門の訓練をしたのは分かったけど、無理はしないでね」

「もちろん。死んだら意味がないからな」


今回の作戦は主にニックとファイバーの2名を主戦力として、揺動や遊撃にメルとヨランダやアントンを、また可能であれば現地で治安部隊の生き残りや、救出目標のイーライと合流してオアシスを奪還する流れになっている。

私は他のみんなのような技術は特に持っていないし、シャルは射撃だけなら上手だけど、対人戦闘に駆り出すのはあまりよろしくない。

だから、万が一ニックが途中でやられるような事があると、一気に総崩れになってしまう。

……まぁ、これだけ少人数なら誰がやられてもマズいけど。


「ラケルは俺から離れないようにしてくれればいいよ」

「絶対離れない」


ニックの首にいっそう強く抱きつく。


「今から!?」

「だめ?」

「ダメじゃないけど……」


ニックは少し参った様子で私の頬を撫でる。

私は猫かな?それなら……


「あむ」


ニックの人差し指を軽く咥える。


「ちょっ……ラケル!?」

「もごもご」

「その状態で喋らないでェ!」


へぇ、こういうのも弱いんだ。

味をしめた私は更なる追撃を開始する。


「それはヤバいって!ちょ……ア゛!!」

「……ふへっ」


私は言ったよ、もう我慢しないって。

だから、今夜も(寝不足にならない程度に)付き合ってもらうね。

そうやって私たちがアホな戯れをしていたころ


≪……プス≫


ドアの向こう側で丸くなったシロークは、ちょっと迷惑そうにくしゃみをした。

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