第12話 砂の都に日は落ちて 前編


私以外誰もいない夕暮れ時のダイナー。

時計と冷蔵庫の音だけが空間を彩る。

私はボックス席に突っ伏してニックの帰りを待っていた。


「そろそろかな……」


ニックが喜ぶと思ってマカロニチーズだって作っておいた。

だから冷めないうちに帰ってきてほしい。


「いや……それは少し違うか」


結局のところ、私は一秒でも早くニックに会いたいだけだ。

一人でいるのが寂しいだけだ。

白状します。

私はニックがいないと寂しいです、大いに認めます。

こんな気持ちになったのはいつ以来だろうか。

もう十代の頃のようにはしゃぐことは無いと思っていたのに……。

そんな事を考えていると、聞きなれたエンジン音が耳に入ってきた。


「きた……!」


私は飛び起き店から駆け出る。

まるで飼い主が帰って来た時の犬みたいだな、と自分で思った。

なんかくやしい。

そういうのはニックの方が似合ってると思うから。

でも、これがありのままの私なんだろうな。

青い車が近づいてくる。


「あれ……?」


なんか変だ。

かなり変だ。

右のサイドミラーは見当たらないし、車が近づいてくるに従って傷やヘコミが明らかになっていく。

さらに……


「あれ?助手席に座ってるのって……」


間違いない。先日匿ってほしいと相談に来た少年だ。

おい、そこは私の指定席だぞ。

そして極めつけに


「ガスマスク男!?」


荷台に座っているのは噂のガスマスクだ。


「ニック……」


また何かやりやがったな。

私は怒り、呆れ、困惑、嫉妬、等々様々な感情が頭の中で駆け回り、手足の力が抜けていった。





オアシスは世界の縮図と言っても過言ではない。

何不自由なく生活が送れる者がいる一方で、今日の命をつなぐだけでもギリギリな者もいる。ゴミを集めて日銭を稼ぐ者もいれば、有り金を全て博打につぎ込むような者もいる。

博打と言えば、オアシスではカードが盛んだった。

テキサスホールデムをはじめとしたポーカーやブラックジャック等のトランプゲーム。

他には……


「赤の5」

「赤の3」

「よらピ、スキップ!」

「うぐ……」


残り一枚だというのにヨランダはキャメルに手番を飛ばされてしまった。

手中のカードが泣いている。


「手札チェンジ、ヨランダ」

「どうかいかないで……」


今度はイーライに手札を交換されてしまう。

一気に枚数が5枚に増えた。

そのうえ


「よらピ、ド4!」

「なんでまた私なの……?」

「順番隣だったから」

「絶対に許さない」


キャメルからドロー4を食らう。

いつもの余裕は何処へ行ったのか、ヨランダはひたすら損な役回りを続けていた。

ひょっとしたら普段とのギャップが面白くて意図的に狙い撃ちにされているのかもしれない。


「……ワイルド青」


ややキレ気味にヨランダはカードを切る。

イーライは青を持っていないので、山札からカードを引く。


「パス」

「青7二連打!あたしの勝ち!」

「はぁ……」


キャメルがこの勝負を制した。

ヨランダは力なくカードを伏せる。


「じゃあ二人はあたしに奢ってね」

「まぁいいけど……そもそもこれって3人でやるゲームなの……?」

「楽しけりゃ全然OKじゃん!よらピも可愛かったしさ~」

「……メルと付き合いを持ったこと、今少し後悔してる」

「ひどくない!?」

「冗談だって」

「知ってるけど!ほら、行こう?」

「ん、ほらイーライも早く」

「……」

「イーライ?」


イーライは言葉には応じず、じーっと一点を見つめている。

空調の室外機やダクトが目に留まったようだ。


「ふーん……」


赤い瞳が細められる。


「イーライ、何してるの」

「世の理を探究してんだよ」

「なにそれ」

「ポレはポマエらとは頭のつくりが違うので……」

「あっそ」


そこそこ付き合いは長いものの、ヨランダはいまだにイーライの事がよくわからなかった。

だからといって、別に困ることもないのだが。





「……というわけで、二人には色々と助けて貰ったんだ」


私はニックの話を頭の中で整理する。

鹿を狩り行った先で以前のバイカー集団と鉢合わせして、それを片付けた時にこのガスマスクと居合わせて戦闘になって、誤解が解けたから行動を共にしていたら今度はバイカー集団の逆襲に合って、これを協力して撃退したと。


「ひとまず話はわかったけど……」


もうめちゃくちゃだよ。

ニックはトラブルを引き寄せる呪いにでもかかっているのだろうか。


「……で、あなたが噂の“ファイバー”さん?」

「そうだな、巷の噂にはだいぶ尾ひれがついているようだが」

「あなたの目的は何?」

「話す必要があるか?」

「どうしてニックに近づいたの」

「どうしても何も、それが一番安全だったからだ」

「他にもたいした見返りも期待できないのにこの子を助けたり、色々と損得だけじゃ片付けられないと思うんだけど」


私は以前追い返した少年の方をちらりと見る。

彼はアントンと名乗っていた。

そういやニックは銃を渡したのだろうか。


「先行投資のようなものさ。俺は何も金品が欲しいわけじゃないんでね」

「へぇ」

「俺は自分の生きがいを得ること以外に興味はない、金はそのための手段の一つに過ぎないんだよ」

「具体的には?」

「銃だ、法律が機能しなくなった今でこそ撃てる銃もある」


こいつもメルみたいなタイプなのか……。

まぁ、ただ生きることだけが目的となりがちなこのご時世において、何か趣味を持つのはいい事だと思うけど。

そんな事を考えていると


「そうだ……ここは飲食店だろう」

「そうですけど」

「飲み物と日持ちのする食べ物はあるか?良ければ出してくれ」


ファイバーからオーダーが入った。

当然ながら仕事はきっちりこなす。


「保存食ならペミカンなんていかがでしょうか、粉砕したバイソンの干し肉にクランベリーを混ぜ込んで固めたものです」

「1ポンドほどいただこう」

「ありがとうございます、水筒をお持ちであればお水を足しておきますよ」

「悪いね」

「いえいえ」


お客様には一応の敬意を払う、それが誰であっても。





その後、長居をするのも良くないとファイバーはアントンを連れて店を出ていった。

ニックは今日の礼としてアントンには例のガバメントを、ファイバーには12ゲージを渡した。しかし、ファイバーはニックの右腕の事について触れると受け取りを拒み、そのまま店を後にした。


「まぁ、なんだかんだ言って二人のおかげで助かったんだから、あまり彼らを悪く言わないでくれ……」

「……」


私とニック、それにシャルの3人はマカロニチーズを温めなおして口にする。

せっかくのニックの好物だというのに、雰囲気はよろしくない。

主に悪くしているのは私だが。


「これで二度目だよ、ニック」

「はい……」

「今回はシャルも一緒だったんだよ」

「ええ……」

「それに、私と約束した直後だよね」

「……」


ニックはどんどん声が小さくなる。

私だけ怒っていても意味がないので


「何か言いたいことがあるなら言ってね」


ニックにも弁明の機会を与える。

すると


「怒らないで聞いてほしいんだけど」

「うん」

「仕方なかったところも多いんだ……」

「へぇ、具体的には?」

「シャルロッタと鹿を仕留めた後に俺が車の所に戻ると、前のバイカー連中が居たんだ」

「なるほど」

「それで、一旦距離を置こうとしたら向こうにバレちゃって…」

「うん」

「逃げてたら連中のアジトを見つけちゃって」

「……うん」

「中をのぞいたら……前に“仕事”の標的だった奴がいて、あとはさっきの話に続くんだけど」

「ええと、ちょっと待って」


何故にのぞいた?

逃げろよ。

まずは逃げろよ。


「ちょっと軽率なんじゃない?」

「そこは反省してます……」


萎縮するニックを見て、私は少し罪悪感に苛まれる。

ニックにはこのような、やや落ち着きのない面がある事は前から知っていた。

知っていて付き合っている。

だからあまり責めるのもかわいそうなのだが。


「本当に気を付けてね、ニックの身に何かあったらと思うと……」


ずるい言い方だと自分でも思う。

だけど私はニックが傷つく事が一番嫌だ。


「わかった……本当にごめん」


心底申し訳なさそうにニックが応える。

恐らく悪気のない彼自身が一番つらいだろう。


「「「……」」」


晩御飯中にあるまじき重苦しい空気になってしまった。

重ねて言うが、主に私のせいだ。

話にもひと段落ついたことだし雰囲気を変えたいが、適切な話題が思い浮かばない。

そんなとき


「ラケルさん、“ぞうちくこうじ”はいつおわりますか?」


突然妙なことを聞いてきた。


「増築?昨日の間に終わったけど……」

「そうなんですか?けさはものおとがうるさくて、いちどめがさめてしまいました」

「えぇ……?」


今日は店が休みだったから、そんなにうるさい事はやってないはずだけど。

今日はたしか、平日と間違えて飛び起きて、コーヒーを入れていたニックにじゃれついて、顔を洗って歯を磨いて……

そこまで考えて


「あ」


シャルの言う“物音”が何なのかを理解した。

そうだ、ニックを部屋に連れ込んで……


ささっ……!


私が振り向くとニックは下手な口笛を吹く。

おまえがじたばた暴れるからだぞ。


「いったいあれは、なんだったんでしょう」

「裏の鶏じゃないかな!」

「いつもはおとなしいです」

「今朝は気が立ってたんだよ!きっと!!」


私は強引に取り繕った。

ニックさん、あなたはあとで耳攻めの刑に処します。





食後シャルがシャワーへ行ったので、キッチンは私とニックのふたりきり。

私が皿洗いをはじめると、ニックがこっちによってきて


「なんか俺にできる事はないか?」


そう聞いてくる。

なんだか健気でかわいい。

そんなニックに私は


「隣にいてほしいな」

「それだけ?」

「これも大事なお仕事です」

「うん、まぁ……そうかも」


ニックは少し不服そうだった。

でも彼は私の隣にやってきて、こちらをじっと眺めると突然


「この時のために俺は生きてきたのかもしれない」

「はぇ!?」


やけにスケールの大きいことを言い出した。

いきなりどうした!?


「なんていうか、好きな人と生活している事をすごく実感して」

「あぁ~」

「急に嬉しくなっちゃったというか……」

「私もあるよ、そういう時」


というか最近そんなことばっかりな気がする。

ニックも私と同じなんだな。

そんな事を考えていると


「情緒が乱れてきた、ごめんラケル」

「え?」


私は振り返る間もなく後ろからニックに抱きしめられる。

思わず作業の手が止まる。

普段、ニックから“こういう”アクションを起こすことはあまりないものだから面食らった。


「ニック!?」

「ラケル……少し甘えてもいいかな」


甘える。

ニックが私に。

逆ではなく。

大概そういう時はニックが何かしらのストレスを抱えている時だ。


「約束破って本当にごめん」

「あ、うん……」

「心配かけて本当にごめん」

「その話はさっき終わったし……ニックだけの責任じゃないんだから、もう大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないよ」


ニックはさらに強く私を抱きしめる。

首筋のあたりに彼の吐息を感じた。


「俺が前にブギーマンだって話した時のこと、覚えてるか?」

「うん」


忘れるはずがない。

あの夜の事をたぶん私は一生忘れない。


「俺はあのとき“ブギーマンの仕事はダイナーのために嫌々やっていた”みたいなことを言ったと思う」

「そうだね」

「もしかしたら嫌々じゃなかったのかもしれない」

「え……?」

「今日、バイカー連中に囲まれた時、俺はマスクを被ってブギーマンになったんだ。自分を見失わないように心がけた、最初は上手くやれたよ」

「……」

「でもファイバーと鉢合わせして戦っていると抑えが効かなくなってきた」


首筋に感じる呼吸が荒くなる。


「殺し合いを楽しいと感じたんだ」

「そっか……」

「うん。だから俺はラケルが思っているような優しい人じゃないんだと思う」

「ん……?」


ちょっと待って。

話が段々と妙な方向に進んでないか……?


「とりあえずニックの話はわかったよ」

「いきなりごめん」

「いや、いいけど……」

「俺のこと嫌いになったか?」

「はぁ?」


今、その一言で頭には来た。

え、なに?そんな簡単に嫌いになるようなかんじに思われてたの?

私は強引に振り返ると、手が濡れているのも構わずニックの顔の両サイドをホールドする。


「“それぐらいのこと”で嫌いになると思われていたのは心外だなぁ……」

「えっと……ラケル?」

「前に言ったよね、私はもうとっくにニックがいないとダメだって」


私はニックの両頬を押し潰すように力を強めると、背伸びをしながら体重をかけて視線の高さを無理やり揃える。


「忘れちゃったの?」

「いや……」

「私は地獄にだってついていくからね」

「……」


しばらく見つめ合っていたが、突然我に返った。

やばい。

今のは流石にやりすぎた。

とりあえずニックを開放してからタオルで手を拭いて、改めてニックの方を見ると


「えぇと……じゃあ、ニックの話に対する私の答えを言わせてもらうね」


ちゃんとした形で。


「まず嫌いになったか、なりません。なるわけないでしょ」

「そっか……」

「うん、より詳細な理由を説明するなら“そこまで異常なことだと思っていない”から」


実のところ、殺し合いを楽しいと感じる感性を私はあまり異常なものと考えていない。


「“頭と体をフル活用してしのぎを削ること”を楽しいと感じるのはわりと自然だと思うな」

「そうか……?」

「だって平和な時代から武道や格闘技は盛んに行われていたでしょ?」

「人が死ぬんだぞ」

「結果としてはそうだけど、それはこのご時世珍しいことじゃない」


コロッセオで人が獣に食い殺される様子を見て喜ぶのとはまた違う。

ニックはどちらかといえば、獣と戦う当事者だ。

だから、戦っている最中に気分が高揚するのは自然な事だと思った。

……実を言うと私個人はスプラッター映画とかも嫌いではないのだが。


「というわけで、ニックは引き続き私を甘やかしましょう」


結局はいつも、そこにいきつくのだ。





夜、私はまたしてもニックを部屋に連れ込んだ。

もうシャルにバレてもいいかなと思っている。

何よりニックとの関係は以前のようなビジネスパートナーではないのだから、あまり距離を置いているのも彼にかわいそうだし。

……訂正。

主に私がそうしたいからです。


「ラケル、まだ起きてるか?」

「起きてるよ」

「俺、明日はオアシスに行くよ」

「月曜日だもんね」

「そこでブギーマンを辞めたいと言ってくる」


シングルベットに大人二人はかなり狭い。

だからニックはこちらに背を向けたまま話していた。

こっちを向いてはくれないらしい。


「そっか」

「もう俺は自分一人の体じゃないから」

「気を使わせちゃったかな」

「俺だってラケルが悲しんでいる所を見たくない」


これ以上怒られるのも嫌だし、とニックは小声で付け加える。

それを聞いて私は少し笑ってしまった。


「現実的な問題は色々あるけど……それでも商人としての仕事は無くならない」

「ニックの仕事がなくなってもチリコンカンくらいなら食べさせてあげられるよ」

「それは申し訳ないなぁ……」

「危ない仕事やるよりよっぽどいいよ」


私は内心ニックに危険な仕事をやってほしくない。

その仕事には行商なども一部含まれている。

普通にそういった仕事をしているだけで、ゴロツキ共に襲われたりするような世の中だ。

正直ずっとここにいてほしい。


「行商のほうも、そろそろ根本的な見直しが必要だな」

「ホントだよ、明日帰って来れる保証なんてないんだから」


ブラックアウトがあろうがなかろうが、人はある日突然死ぬかもしれない。

でも、今はその確率が高すぎる。

近しい知り合いで死人が居ないのが不思議なぐらいだ。

ニックはもう帰って来ないかもしれない。

この背中はもう二度と見られなくなるかもしれないんだ。

冷静に考えればすごくあたりまえの事なのに、私はそれに耐えられなくなってきた。

耐えられなくなって、私は後ろからニックに思いきり抱きついた。


「ぐえ!」

「私に背中を向けて寝るとか、ちょっと無防備なんじゃない?」

「そっち向いとけば良かったか」

「それでも襲うけど」


冗談めかして言ったけど、私は色々と本気だ。

足を絡めて動けないようにしてから、さらに強く抱きつく。


「明日帰って来れる保証がないなら、出し惜しみなんてしないから」

「うぐぐぐ……」


そして彼のうなじに軽くキスをする。

するとニックはビクンと震えてみせた。

本当にかわいい。

愛しい。

もう止まれなかった。


「ら、ラケ……あひ!?」

「……」


耳たぶを甘嚙みする。

あぁ……もうダメだ。


「いつまでそっちを向いてるのかな?」


ニックはもう何も言えない。


「顔見せてよ」


私はニックを引き倒し、上にのしかかる。

彼は顔を真っ赤にして、目には涙を浮かべていた。


「重いぞラケル……」

「重いのはイヤ?」

「嫌じゃないけど……くるしい」

「じゃあ、分けてあげようか」

「え……ちょっと待」


待たない。

有無を言わさず私はニックの唇を奪う。


「「……」」


彼が悶えていたのは最初の数秒だけだった。

ニック、私はまだまだこんなものじゃないよ。

今夜はあなたの、ひとつの息も逃さない。





翌朝、鳥の声で間を覚ますと、隣には女の子のように両手で顔を隠すニックが居た。

指の間からこちらを見ている。


「おはようニック、いい目覚めだね」

「俺はこの後仕事に行くんだぞ?少しは加減してくれ……」

「おかげでぐっすり寝れたでしょ」

「失神してたんだよ」


ニックも調子が戻ってきたみたい。

私は寝室を出ると、朝のルーチンワークをはじめた。

するとニックもベッドから出て朝食を作る準備をはじめる。


「作ってくれるの?」

「簡単なやつくらいなら」

「キッチンに立つ男はモテるぞ~」

「ラケルにだけモテればいいよ」

「ふへっ……」


変な笑いが出てしまった。

なにはともあれ開店準備をしなければ。





それからふたりで朝食を食べて、他愛ない話をした。

幸せな時間だった。

でも幸せな時間は続かない。


「じゃあ、行ってくる」


ニックがダイナーを出る。


「うん、いってらっしゃい」


私が見送る。

私が彼にしてあげられる事は多くない。

それでも、私はニックと一緒にいたい。


(私も変ったなぁ……)


自分でも思う。

でも、これもまた悪くないと思う。

エンジン音が遠ざかり、青い車が小さくなっていく。

私は店に取り残される。

なんてことはない、一日が始まっただけ。

私は今日も店を開ける。





オアシスの外周部、荷台を牽引しゆっくりと走るジープを囲むように、集団は街の中心へとつづく通りを進んでいた。

街の入口まで数百メートルというところで、治安部隊がそれを止める。


「ここで止まれ」


集団は大人しく従う。

ジープの助手席からリーダーと思しき男が降りてきた。


「なんだい」

「検問だ、荷物の中身を見せてもらうぞ」


治安部隊は了解もとらず、荷台にかけられた布をめくる。

すると、中には果物が所狭しと並んでいた。


「検問はもっと先じゃないのか」

「不審な者がいれば、俺達は独自の判断で行動できる」

「あらら……」


リーダーは肩を竦める。


「見ての通り果物を売りたいだけだ、通してくれないか」

「まだ調べるべき所はある」


治安部隊の一人はジープの運転席を覗き込むと


「降りてこい、女」


そう促す。

彼女は大人しく従った。


「近頃はこの辺も物騒だからなぁ……ボディーチェックをしないといけない」

「おいおい……ここは自衛のための火器持ち込みすら禁止なのか?」

「時と場合による」

「んな横暴な」


治安部隊員達は無言でリーダーの男に銃を向ける。

そして女の手首を両側から掴むとその場から連れ去ろうとした。


「はぁ……まさかこれほどとはな……」

「不満か?」

「失望したね。でも、まぁいいか」


男は両手をあげたまま深呼吸をする。

そして一言。


「予定変更だ」


男が両手を下げたと思うと四発の銃声が響き、治安部隊員達は地に伏した。

彼の手には白煙を上げるPx4ストームが。

その場に居た誰もが、彼の動きを目で追えなかった。

男は銃をホルスターにおさめると上着を脱ぎ捨てる。

彼の上半身はタクティカルベストで覆われていた。


「予想外のイベントがあったが作戦に変わりはない、やってやろうぜ」


集団のリーダー、レックスは開戦を告げた。





「おい、今の銃声はなんだ」

「またどっかのバカがケンカでもおっぱじめてやがんだろ」


治安部隊のC班の者達は休憩室でくつろいでいた。

何かしらの事件などが起きなければ、彼らの仕事は警備の巡回だけだ。

それを面倒に思ったのか、彼らはシフト中だというのにトランプに興じていた。

そんな時


ドン!ドン!


すぐ近くで銃声が鳴る。

部屋には緊張が走った。

治安部隊員達は顔を見合わせると自分の銃を持ち、ドアの近くにゆっくりと近寄った。

そして互いに目配せをして合図を送る。

次の瞬間


ドン!


ドアの正面に立っていた部隊員の頭が撃ち抜かれた。

間髪入れずにドアが蹴破られ、Cx4ストームカービンを携えたレックスが姿を現した。

すぐ近くに立っていた者がダウンする。

レックスはまず目についた2人を一発ずつで仕留める。


「うわぁあ!!」


部隊員の一人がレックスの右からモスバーグを発砲する。

だがレックスはより速く銃口を逸らすと、その勢いのままピポッドターンの要領で振り返り、背後の敵を胴、頭の二発キルで屠った。

そしてモスバーグ持ちを肩で突き飛ばすと追い撃ちを叩き込み、最後にドアでダウンさせた者の頭を撃ち抜いた。


「フー……」


約5秒、レックスが6人を殺害するのに要した時間だ。


「クリア」


レックスは無線に告げる。

その時、彼の背後には様子を見に新たな部隊員が現れたが。


ボヒュッ……


頭を狙撃され倒れる。

無線から女の声で


『オールクリア』


それを聞き、レックスはにやけながら


「今のも込みだ」


軽口で返した。

少し離れたところから見ていたシェルターの仲間たちは呆気にとられる。


「今のをやれっていうのか……?」

「まさか、これは日頃の練習のたまものさ。すぐには出来ない」


しかし、とレックスは続ける。


「学ぶことのできるポイントはあったはずだ、後から解説するが……今日はお前たちに色々と戦い方を教えてやるよ」


レックスは楽しそうだ。

酒を飲んでいる時も楽しそうだったが、今日の彼は最高にギラついていた。


「久しぶりに仲間たちと本気で戦える……今日はいい日だ」


獣の王者は止まらない。

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