第9話 なんちゃって痴話喧嘩
ある夏の日、街であいつを見かけた。
同じ大学の友人を連れて歩いていた。それはそれは楽しげに……
「おまえっ!どういうつもりだよ!!」
周囲の反応も気にせず詰め寄る俺。
あいつは俺の顔を見た瞬間、目を見開き「やばい!」っていう顔をした。
そりゃそうだ。
言い逃れできない状況で、捕まったんだからな!!
怒りで肩が震えてくる。
それと同時に、悔しさもこみ上げた。
なんでだ。
なんで……!
「俺、何回も言ったよな!?好きだって!!なのになんで……!」
胸ぐらを掴み上げたつもりなのに、俺の腕は力なく下がっていく。
これじゃあ、こいつに縋ってるみたいだ。
情けない。
「落ち着けって、悪気はなかったんだから。たまたまだよ、偶然、仕方なく」
「仕方なく!?」
必死すぎる俺の態度に、陽一の困惑が見てとれた。
が、この裏切りを前にして落ち着いてなどいられない。
「なんでだよ……!ヒカルやケントが『気持ち悪ぃ』って言っても、おまえだけは言ってくれたじゃないか!『俺も好きだけど』って!だから、いつかおまえとって、そう思ってたのに」
「落ち着け、悪かった!俺が悪かったからごめん」
陽一は俺の行動を責めもせず、心から申し訳なさそうな顔をした。
やめてくれ。同情なのか?
すぐに謝られると、余計につらくなる。
おまえにとっての俺の価値って、こんなに軽かったのかって思い知らされるようだ。
怒りと悲しみが混ざり合い、俺は感情のままに訴えかける。
「はぁぁぁ!?謝ればいいって思ってんのかよ!なんだよそれ!」
夕方の大通り。歩道で揉める俺たちは、ビジネスマンや学生の注目の的だった。
陽一は、ふぅっと息を吐き、眉根を寄せた。
「慎吾。俺が悪かった。場所を変えよう。あの店に入るか?」
ざわざわとし始めるギャラリー。痴話喧嘩とでも思ってるのか、ニヤニヤして眺める女子高生もいた。
さすがにこのまま晒し者になるのはごめんだ。
ぐっと歯を食いしばり、陽一のポロシャツから手を離す。
「あの~、俺バイトあるから帰っていい?」
陽一の半歩後ろで困った顔をしているのは、共通の友人でもあるアキトだ。
「悪いな」
「いや、なんかごめんね?悪気はなかったんだけれど、軽率だったよ」
俺に文句を言うでもなく、爽やかな笑顔を見せて去っていった。アキトは本当にいいやつだ。
残った俺たちは、沈黙する。
ギャラリーも次々と解散し、やがて歩道には俺たち二人になった。
先に沈黙を破ったのは、陽一だった。
「ごめん。今からでも約束守るから」
「いいよ、もう。1日に2回も……無理させるのは嫌だし」
「無理とかじゃないよ」
俺は気まずさから目を伏せていたが、ついには降伏した。
やはり、裏切られても好きなものは好きだ。これを逃したら、後悔するだろう。
意を決して、陽一を見つめた。
「一緒に行ってくれる?」
陽一は苦笑する。その心の中は、「どんだけ好きなんだよ」って思ってるはずだ。
でも間違ってはいない。
事実、そうなんだから。
「ごめんな。1日に2回もタピオカ……」
「いいよ。一緒に行こうなって言っときながら、フライングしたの俺だし。おごるよ」
「陽一……!一生ついていくから」
「いや、ついて来なくていい」
その日、人気店で持ち帰りしたタピオカミルクティーはうまかった。
帰り道、寮までの暗がりを二人で歩いた。
「おまえ、就職決まったって?」
「あぁ。おまえとアキトと同じ会社」
「マジかよ。中学からずっと一緒じゃないかよ」
「三角関係だね」
「やめろ(笑)」
俺たちの腐れ縁は、まだまだ続く……
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