世界で一番しょうもない女になりたい令嬢は、何でも屋に依頼する
柊 一葉
第1話 そうだ、しょうもない女になろう
エマ・カルドーネ、十七歳。
由緒正しい血筋を持て余した、カルドーネ公爵家のひとり娘だ。
今日は美しく飾り立てられ、この国のどデカイ王城で催されるお茶会にやってきている。
婚約者との二ヶ月に一度のお茶会だ。薔薇が咲き乱れる庭園で、すでに30分は待たされている。
なんでも、あのデブ……じゃなかった、婚約者であらせられるこの国の第三王子様が汗をかきすぎてお着替えをしてから来られるらしい。
剣の鍛錬でもしていたのかと思いきや、城の中を歩いただけで汗だくだとか。
いや、もう来んでいい。ひとりでお茶して帰るわ。
第三王子との婚約は、五年前に決まった。12歳のときの一目惚れされ、有無を言わさず婚約者にされたのだ。
王子は、私の薄紫の髪がいたく気に入ったらしい。
あぁ、残念ながら王子が来てしまったわ。
私に向かって右手を上げて登場した第三王子は、お腹だるだる、顎もだるだる、鼻は脂ぎっていてテカっている。
見事なまでの七三分けで、茶色の髪がぺったりと頭部のカーブに張り付いているのももはや見慣れてしまったわ。
これでまだ18歳とか、神様が手抜きしたとしか思えない。
はっきり言う。
この婚約は地獄。
相手の見た目うんぬんの話ではない。
いつだって第三王子は、ひたすら食べて飲んで、口の中に物がいっぱい詰まった状態でひたすら自慢話をなさるだけ。
私はそれをひたすら聞く。
返事なんてものは「はい」「ええ」「まぁ、素晴らしいですわ」の三種の神器があればいい。
しかも態度が国王陛下よりデカイ。第一でも第二でもなく第三王子なのに、自分が一番偉いと思っている。
気に入らない奴がいたらすぐに難癖をつけ、暴力も平気でふるう。
こんな男を生涯の伴侶として生きていくなど、絶望以外の何があるのか。早く来い私の寿命、とさえ思うときがある。
でも私の家は、王命に逆らえない。だって、由緒正しいだけの家だもの。貴族の頂点である公爵家のはずなのに、権力がまるでない。金がないわけではないのに没落感がすさまじい。
まぁ本来ならこんな私が王子様の婚約者になってしまったら、あちこちから不満が噴出しそうなのに、残念ながら第三王子のやばさは周知の事実でみんな私に優しい。
生け贄と呼ばれていることも知っている。
そんなこんなで、今日も退屈なお茶会を終え、馬車で1時間かけて邸に到着した。
帰ってきた私をうやうやしく、というより可哀想に思って優しく接してくれる使用人たち。曖昧な笑みを浮かべ、すぐに自分の部屋に戻る。
ところが、鏡台の前を通り過ぎたとき見慣れた姿にふと目が止まった。
薄紫の髪を美しく結い上げ、白い豪華なドレスを纏った令嬢。漆黒の瞳は宝石に例えられるほど澄んでいる、らしい。
「誰なの、この女は」
私の心の声がポツリと漏れた。
すべては第三王子の婚約者にふさわしくあるために。好きで髪を伸ばしているわけでもないし、食べたい物を我慢して体型を必死に維持して。
毎日毎日とにかく勉強に刺繍にダンス。どこだよここ、と愚痴らずにはいられない異国の語学なんて発狂しそうなほどうんざりしている。
あんなクズ男のために私のすべては構成されている……。
こんな生活をもう五年間も。
ーーブチッ
この日、私はキレた。
そうよ。
あんなクズにふさわしい女は、こんな風に清楚可憐で努力家の令嬢なんかじゃない。
もっとどうしようもない女であるはずだわ。
閃いてしまった私は、足早に衣装室へと駆け込んだ。
男が決して欲しがらない、しょうもない女になろう。
衣装室の中から地味な薄緑色のワンピースを引っ張り出して、私はひとり頷いた。
「世界で一番しょうもない女になってみせるわ!」
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