#17

トイレの洗面所に映る顔を見ると薄っすら隈が見える

睡眠は十分にとれているのに

三十過ぎると出てくる抜けない疲れのサインかもしれない

自覚のない過労やストレスなら厄介だろうが暫くは気にしないのが最善だろう


鏡の端で用を足す男の後姿が目に付いた


流れ出る水を両手にへばりつけ

頬の火照り具合を確かめていると

激しい水声が左から響き始めた


「妹が結婚するんでよ」

隣の洗面台に立つ男が話しかけてきた

分厚い鋼のような身体を白いシャツで覆い

年齢は自分より少し上に見え幸せに満ちた表情は

アルコールで赤みがかっている

「でも残念ですよ、ふざけた奴なら一発殴れたんですけどね」


まるで父親のようなセリフ、幼い頃に父親を亡くし

兄として時には父親の代わりも兼ね妹と暮らしてきた

彼の家庭環境がそんな風に垣間見れた


「すいません急に話しかけて」

その一言を残して彼は席に戻った


妹が結婚か、アイツも俺もしていてもおかしくない歳になった

少し前の俺を見たらなんて言われるだろう、一発ぶん殴られるかな


「そんなんだから逃げられるんだ」

説教された記憶なんてないけど想像してみた

どんなに願っても叶わない現実と進むしかない現実

昼白色が照らす白さを後にしてニューヨークが待っている男の席に戻った


空気中に含まれる水分量は時刻が1時を過ぎても減ることはなく

べたつく風が吹いてもほろ酔い加減にはちょうどよかった


明朝は早い時間に打合せが入っている前田は

後ろ髪を引かれながらホテルに戻った

異今都の前を通るとこの時間には珍しく明かりがついている

奥の席には人がいて男性のようだ

さっきの店のトイレで話しかけられた男に似ていた


飲食店のトイレで初対面の男との立ち話を思い出す

あれは随分と希有な体験だったな


自宅前に着いたとき生温い突風が通り過ぎた


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