籠の鳥

ここまでで、相当、ふるいにかけたと思うが、それでもついてきてる感心な奴に、私の信徒の一人を紹介しておいてやろう。もっとも、こいつは別に話の本筋には絡んでこんので、覚えておく必要はない。単にこれから起こることのきっかけになったというだけのことだ。




で、私の信徒の一人、市内の公立中学校に通う、見た目も振る舞いも<典型的な今時の女子中学生>という碧空寺由紀嘉へきくうじゆきかは、<籠の鳥>だった。


父親の愛人の子として生まれ、しかも本妻との間には子ができなかったことから、愛人に対して多額の手切れ金を支払う代わりに娘だけを引き取り、本妻が生んだ子として出生届けを出されたのだが、まあ、そんなことをされて喜ぶ本妻もそうはいないだろう。


そうなると当然のように碧空寺由紀嘉は、戸籍上は実母となった本妻に蔑ろにされ、それが原因となって人間として生きていた当時の私をイジメたりしてくれたのだ。


が、私がクォ=ヨ=ムイとしての自我に目覚めたことで立場は逆転。今では私を崇める信徒の一人となっている。


そんな碧空寺由紀嘉は、現在、家を出て私の家に間借りして住んでいる。本来の自宅には私が作った<影>を置いて。


「~♪」


そして今日は、久しぶりの外出ということで浮かれていた。


というのも、迂闊に出歩いて自宅に置いてきた<影>の行動と矛盾が生じてはいろいろと面倒なことになりかねなかったのだが、この日は<影>を今の家に寄越してそれと入れ替わる形で出掛けたのだ。


最近、父親がやけに<影>を連れてあちこち出歩くことが多く、<影>一人だけで出掛けるのもままならなかったというのもある。


敢えて<心>を持たせていないことで非常に従順で決して逆らうことをしない<碧空寺由紀嘉の影>は、父親にとって実に理想的な娘だったために大変気に入られたようだ。


この点からも、碧空寺由紀嘉の父親にとって必要だったのは<娘>ではなく、自分の思い通りになる<人形>だったのだというのがよく分かる。


心もない、碧空寺由紀嘉の姿をしただけの<影>をそうやって愛しんでいるんだからな。自分の本当の娘ではないことすら気付かずに。


しっかりと普段から娘のことを見ていれば実は娘ではないことも分かるだろうにな。


そんなだから娘に愛想を尽かされて捨てられるのだ。


碧空寺由紀嘉にしてもそんな父親の<籠の鳥>をしているよりは今の暮らしの方がずっと人間らしくいられる。


とは言え、たまには息抜きもしたいのだろう。誰に気兼ねすることもなく一人で存分に楽しみたいので、誰も誘わずに出掛けたということだ。


一応、私にだけは、


「ショッピングに行ってきます」


と声を掛けて。


その姿は、親の顔色を窺い、周囲の空気を読んではみ出さないことばかりを考え、常に誰かとつるんでいなければ不安で不安で仕方なかった頃に比べれば、まったく別人だっただろう。


自分で考えて自分で判断し自分で決断することができているのだから。


服も、誰かの価値基準に頼ったそれでなく、ただ自分の好きに選ぶことができていた。


ただまあ、その趣味は少々一般的なそれとはズレていて、いささか残念な感じだったかもしれないが。他人が見ると。


『何故それを選ぶ? ネタか? ネタの為なのか!?』


とツッコまずにはいられないようなデザインのTシャツを選んでいたりするからな。


ちなみにその資金は、<影>が父親からもらった小遣いである。心を持たない影は当然のごとく欲もないので貰っても使わないのだ。だから本当の娘である碧空寺由紀嘉が使うのは当然だろう。


さらに詳しく触れるなら、現在の小遣い額は月に十万円。自分にとって理想的な娘でいてくれてることに気を良くした父親がそれまでの額から一気に十倍に増やしたのだ。


実にいい加減なものである。


<甘やかし>というやつは、結局、親の側がいい気分になりたい楽をしたいからすることだというのがよく分かるな。


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