第10話 焦り

「一体どうしたというんだ。撫子はあんなに功を焦るようなやつではないだろうに」


心底理解できない様子で蘇芳は言った。その様子を見て、クララはうぷぷと笑い出す。


「やり手のおにーさんでも女の子の気持ちまではわからないもんなんすねー。あの子も焦るはずっす。おにーさんの役に立ちたいのに、役に立ててないんすから」


クララも気付いていたそれを指摘した。撫子がここでした事といえば、一階の罠を停止させたくらいだ。


「いやしかし、荷物を持たせていたし、その荷物が重要だから守ってほしいと言ったし、そういう仕事だとわかっているはずじゃ」

「でも、あの子途中からまったく喋っていなかったじゃないすか。おにーさんも、荷物が大事なら持ってるあの子にも声かけてやりゃあいいのに」


あ、と蘇芳は自分のしたことに気付く。

確かに途中から撫子は会話に参加しなかった。それは彼女がカタカナ語が苦手だからだ。カタカナ語をはさみ、仕事の話をされれば割り込めない。

わからない事があってもやもやしたまま撫子は二人の後をついて歩く。自分の仕事が大事なことはわかっているが、蘇芳が注意を向けないため自分は大した事はしていないのだと気付く。そのうちに焦りだす。役に立ちたいと思ってしまう。

こんなゆるいダンジョンなら先に進む方が役に立てるのではないか、と彼女は考えたのだろう。


「そうか。荷物が大事なら声をかければよかったんだ。ついこのダンジョンにツッコミどころが多くて撫子を忘れていた」


蘇芳は反省した。改善点ばかり目に入り、撫子を見なかった。急に外国に来て、幼い彼女は不安だったはずだ。しかしそれに文句を言う彼女ではないので、役に立つ方向で動き出す。

すぐ追いかけようとする蘇芳の羽織を、クララは掴んで止めた。


「まぁまぁ。頭冷やしましょーって。今追いかけてもお互い気持ちの整理ついてないし。このダンジョンはツッコミどころ多いくらいだし大丈夫っしょ」

「……そうだな」


謝るのならお互いにどこが悪いかを理解してからの方がいい。案内役が止めるくらいなので、このフロアもとくに恐ろしい罠はないのだろう。


「しかしあの子も真面目っすね。従者だからって役に立ちたいとか考えるんだから」

「仕方ないんだ。撫子には負い目がある」

「負い目?」

「あの子が故郷で殺されそうになったから、俺は撫子を連れここまで逃げてきたんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る